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〝真水〟をおいしく飲むために圧倒的なウィルと行動力を 宗森耕二 大丸松坂屋百貨店

宗森耕二 大丸松坂屋

大丸松坂屋百貨店の社長が14歳若返った。新社長の宗森耕二氏は百貨店一筋の49歳(取材時)。食品部門を中心に経験を積んできた。百貨店業界はコロナで一時苦しい状況に立たされたが、足元ではインバウンドなど客足が戻ってきている。宗森氏はどんな大丸松坂屋百貨店を作っていくのか。聞き手=和田一樹 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2024年11月号より)

宗森耕二 大丸松坂屋百貨店社長のプロフィール

宗森耕二 大丸松坂屋
宗森耕二 大丸松坂屋百貨店社長
むねもり・こうじ 1974年、神奈川県出身。98年、明治大学商学部卒業後、大丸入社。大丸東京店、京都店で営業マネジャー・部長を経て、2019年松坂屋上野店長。20年から執行役員 大丸大阪・梅田店長事務管掌等を経て24年3月から現職。

現場、現場、現場。顧客のマインドに寄り添う

―― 3月、大丸松坂屋百貨店の社長に就任しました。1998年の大丸入社以来、百貨店事業一筋です。

宗森 学生時代から新宿のデパ地下でアルバイトをしていましたから、まさに百貨店一筋です。母親が料理好きで、子どもの頃から食事を大事に感じながら育ったこともあって、ずっと食品セクションに関わってきました。

 特に印象深いのは2012年の大丸東京店の増床です。先立って数年前から新店準備室が立ち上がっていて、そこで食品売り場すべてのリーシングプランを考えました。増床に際して、大丸東京店の食品フロアは面積が1・4倍となり、出店ブランド数も大幅に増加。今でも行列の絶えないお菓子屋さんを誘致したり、既存店舗の新商品を一緒に考えたり、非常に濃い時間を過ごしました。

―― ここ数年、百貨店業界はインバウンドや外商の好調が続きます。

宗森 この好調は、われわれの努力によるものと、意図的ではない外部環境の変化によるものが混ざっています。そこを勘違いしてしまうことと、それによって大切なお客さまを失うことは避けなければいけません。

 また、好調な状態が続いていることで、「真水の旨み」を忘れてしまうことも怖いんです。われわれの業界には真水という言い方があって、インバウンドの一部は真水ではなく、そこに乗っかってくるもの。それを除いた部分が真水なわけですが、その真水をどうやっておいしく飲むかの経験を積まなくてはいけない。それがない中で、今は非常においしい水を飲んでいる。おいしいのは間違いないですよ。でも、同時に危険でもある。

―― 真水の旨みを忘れないためには、どんな変化が必要ですか。

宗森 現場、現場、現場。とにかく現場です。より顧客視点で、より人間の心理を大事にした「マインド思考」を徹底していきたい。その対極にあるのはオペレーション思考で、それも大切ですが、より人間味あふれる組織にするのが真水の旨みを知るためには重要です。そして、それを実行するのが僕の仕事です。

 この商売は、何が売れるのか正解が見つかりにくい。いろんなお客さまがいて、多彩な評価軸があって、天気や気温などの外部環境の変数も多いです。これは正解がないから仕方がないと言って逃げているわけではなく、その中で正解を追い求めることが大事だということです。そして、そのためにはもっとお客さまのマインドに寄り添う必要があります。

―― 社員にはどんなことを求めていますか。

宗森 「圧倒的なウィルと行動力を一緒に発揮していきましょう」これは社長に就任してから社内向けメッセージで強調してきました。お客さまに向き合うには自分の意志、つまりウィルが大事です。また、意志を持つだけではなく、まずは動いてみることも欠かせない。ちょっと動くためにものすごい理屈を作って時間をかけるのではなく、とにかく一歩踏み出す。これらを圧倒的なウィルと行動力という言葉に込めました。

―― 圧倒的なウィルと行動力が発揮されたケースは生まれていますか。

宗森 すごく良い事例が松坂屋上野店でありました。紙幣の切り替えに合わせて「ありがとう諭吉セール」という企画を実施し、1万円の食品や服を販売しました。企画の中で100万円する純金製の「壱万円札」を販売したのですが、これが驚くほど売れたんです。話だけ聞くとすごく単純な企画に感じるかもしれません。たしかに純金製のお札を造るだけならどこの店舗でもできます。でも、実際にやったのは上野店だけ。僕も最初に聞いた時は、「本当に純金でお札を造るとは……」とびっくりしました(笑)。

 挑戦する裏には失敗するリスクがあって、それでも関係者を説得して巻き込んで、みんなのウィルを行動に移していった。そしてそこにお客さまが共感して喜んでくれた。理想的なサイクルです。僕は全役員がいる前で素晴らしい事例だと褒めましたし、発案した社員には直接チャットをしました。

自分自身が圧倒的行動力を

―― 宗森さんがつくりたいのは、そうした組織なのですね。

宗森 口で言うのは簡単ですけど、社員の行動力を育て組織風土をつくっていくことに計画的に取り組むのは非常に難しい。先ほどのマインド思考とオペレーション思考の話にもつながりますが、計画に落とし込む発想の時点で、すでにオペレーション思考が始まっています。総花的に計画を立てて、段取りで組織を動かすのとは全く違う次元で、どうやって組織の行動を変容させていくか試行錯誤しているところです。

―― 何かヒントはつかめましたか。

宗森 今日明日で実現できる話ではなく、時間がかかると思います。それでも僕自身が率先して、圧倒的な行動力を発揮することで組織に影響を与えていきたい。例えば、半年に1度ずつ、全国の店舗を順番に回って社員と対話し、現場の課題を吸い上げる機会を設け、その課題を本気ですべて解決しようと思って、真剣にメモを取っています。

 大丸心斎橋店はインバウンドが活況で、現場の担当者は語学力が堪能なだけでなく、商品知識や販売スキルも求められるようになっています。心斎橋店に行った時に、「インバウンドに対応した人材の育成について社長はどう考えていますか」と聞かれて、即答できなかったことがありました。ここで人事にスルーパスしてはいけないと思うんです。もちろん人事にも伝えます。でも、それで終わりではなくて、実際に僕も現場を見に行ってみる。もし進捗が芳しくないようであれば、自分で状況を細かく確認する。ここまでやるのが、圧倒的な行動力です。

 いやいや、そんな現場の話ではなくてもっと他のことをしてくれという声もあるかもしれません。そう言われたら、「これがメインの仕事です」にすればいい。それだけの話です。どこにコアコンピタンスを置くかを決めるのが経営であって、今僕が挑戦している仕事は、そういうことなんです。