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立命館大学発ベンチャー・PatentixのGeO2パワー半導体が創る新しい社会 衣斐豊祐 Patentix

衣斐豊祐 Patentix

立命館大学発ベンチャー・Patentixが研究開発を進めるGeO2半導体。衣斐豊祐社長は「これを産業化して将来的には新幹線への実装を、そして地球規模のエネルギーロスの問題を解決したい」と語る。世界から注目を集めるGeO2半導体とその技術は、長期低迷する日本の半導体産業復活の狼煙となるか。文=大澤義幸 Photo=川本聖哉(雑誌『経済界』2024年8月号より)【経済界GoldenPitch2023審査員特別賞受賞】

衣斐豊祐・Patentix社長のプロフィール

衣斐豊祐 Patentix
衣斐豊祐 Patentix社長
いび・とよすけ 1977年京都府生まれ。2000年京都大学工芸繊維大学繊維学部高分子学科卒業。岩谷国際特許事務所、佐川急便(SGホールディングス転籍)などで特許・商標業務に携わる。京都大学発ベンチャーのFLOSFIA、東京大学発ベンチャーのGaianixxなどを経て、22年12月立命館大学発ベンチャーのPatentix社長就任。同大学客員教授も務める。

高耐圧・高出力・高効率なGeO2半導体を研究開発

 新幹線、EV、ドローン、エアコン、冷蔵庫、パソコンなど、私たちが暮らす社会の至るところで電力変換や電源供給を制御しているパワー半導体(パワーデバイス)。

 通常、直流から交流、交流から直流に電力変換する際には電力損失(エネルギーロス)が発生しており、例えば風力や太陽光発電所での「発電」、変電所や変圧器・送電線を通じた家庭や工場への「輸送」、製品等の使用による「消費」までに5~10%の電力のロスがある。

 身近な例ではパソコンに電源供給するACアダプタが熱を持つことがあるが、この熱こそがロスであり、従来は冷却装置を付けるために製品の大型化が避けられなかった。

 もちろん半導体メーカーも製品の省エネ性能向上のために日夜奮闘しており、またベンチャーによる半導体材料の研究開発も盛んに行われている。近年は主流のSi(シリコン)に替わり、新幹線やEVのパワー半導体に省エネ効果の高いSiC(シリコンカーバイド)が使われるようになってきた。

 そうした中、昨年9月にパワー半導体の新材料としてGeO2(二酸化ゲルマニウム)を用い、SiC上へのr‐GeO2の製膜に世界で初めて成功したのが、立命館大学発ベンチャーのPatentix(本社・滋賀県草津市)だ。衣斐豊祐社長は次のように語る。

 「GeO2は環境に優しい省エネ材料です。バンドギャップ(禁制帯のエネルギー幅)が大きく、pn両型電動の半導体を作成でき、GeO2を使ったトランジスタやダイオードは高耐圧・高出力・高効率(低損失)という特性を備えます。他の材料では、ダイヤモンドやGa2O3(酸化ガリウム)等がありますが、ダイヤモンドはn型の、Ga2O3はp型の作製が困難であり、それぞれ実用化への壁があります」

 パワー半導体の性能(エネルギー損失低減性能)を示す「バリガ性能指数」を見ても、Siよりも省エネ効果の高いSiCと比較して、GeO2は約10倍の省エネ効果がある。またGeO2半導体は小型化、さらには基板製造や加工等のコスト低減も見込めるという。

 世界が注目する夢のような材料だが、特筆すべきはGeO2の製膜に成功した同社の技術力の高さだ。

 「製膜に際して、まず半導体膜を奇麗な単結晶にする必要がありますが、GeO2は真空状態でも揮発しやすく結晶成長が難しいという問題があります。そこで当社は霧状にした溶液を用いる従来のCVD法ではなく、独自開発したファントムSVD(局所的気相成長)法を使い、結晶成長による薄膜合成を可能にし、世界初の製膜に成功したのです」

 今後は大学との研究開発を進めながら、GeO2半導体製品として、6inch基板、4inch・2inchエピウエハ基板、パワーデバイス等の開発を急ぐ。結晶基盤や半導体膜の製膜、ウエハ加工は自社で行い、デバイス製造はファブレスで行う計画もある。これと並行して、ファントムSVD装置や表面加工装置の開発、新規機能膜の開発・改良サービス等も進める構えだ。

 狙うは、2035年に5兆3300億円規模に拡大すると予測されるSiC半導体市場。ここにGeO2半導体を社会実装していく。もっとも、狙うのは既存市場だけではない。

 「GeO2半導体の新規用途として超高耐高出力産業機器を展開していきます。既存技術では到達不可能な超高圧、高出力市場を創出し、超高出力レーザー、レーダー、モーター等に加え、宇宙用や耐放射線用パワーデバイスの開発も考えています」

GeO2半導体の産業化はベンチャーとしての使命

衣斐豊祐 Patentix
衣斐豊祐 Patentix

 同社のミッションは、「GeO2半導体を使ってパワー半導体事業を進め、地球規模のエネルギーロスの問題を解決する」こと。産学連携の日本のベンチャーが日本発の高性能なパワー半導体で世界をリードする、というのは期待が膨らむ話だ。

 振り返ると1980年代の日本の半導体産業は世界シェアトップを走っていた。ところが、家電用に特化するあまりパソコン用の半導体製造に乗り遅れたこと、また86年締結の日米半導体協定の影響を受けるなどして、88年の50・3%をピークに衰退。90年代以降は海外企業の台頭もあり、現在は10%程度にまで落ち込んでいる(出所:経済産業省2021・3・24「第1回半導体・デジタル産業戦略検討会議」資料より)。

 「日本は半導体の技術開発は強くても、産業化が弱い。理由はベンチャーが育っていないから。リスクを取れない上場企業と違い、ベンチャーは新技術の社会実装が事業の目的となるので、成功を懸けて挑戦します。当社も何としてもGeO2半導体の産業化という成果を出したい」

 ベンチャー社長としての気概と覚悟が感じられる言葉だ。

 衣斐氏は岩谷国際特許事務所で特許・商標業務等を経験した後、佐川急便(後にSGホールディングスに転籍)「eコレクト」の知財責任者となる。SG社ではビジネスモデル特許取得に成功し代引決済金額1兆円超、宅配便の代引決済分野でシェア1位を獲得。その後は大学発ベンチャーを渡り歩き、京大発ベンチャー・FLOSFIAで知財部を創設し、特許出願300社以上、国内外特許100件を取得、大手企業からの出資や業務提携等にも尽力した。

 立命館大学からはGeO2の研究開発を行うPatentix起業のため、特許戦略のスペシャリストとして声がかかった。

 「ベンチャーの経営には特許戦略が不可欠なので、特許事務所の頃とは違ったやりがいがあります。ただ気を抜いたり休もうとすると墜落してしまうので、私自身も『戦力であり続ける』という緊張感を持って、楽しみながら仕事をしています」

 同社は22年に起業し、立命館ソーシャルインパクトファンド等から出資を受けている。1年足らずでGeO2の製膜にこぎ着けたのは稀な成功例だ。現在は今年9月のシリーズAに向けて資金調達中。会社には半導体膜や装置の研究開発を行う金子健太郎取締役co‐CTOや髙橋勲取締役co‐CTOをはじめ、約20人が在籍。優秀な研究者と研究開発拠点を同時に増やしていく意向だ。

 「研究開発を行うベンチャーは、分析結果の判断を一つ間違えると取り返しが付かなくなるので慎重を期しています。それでも研究者は世界初の技術を扱っているので、モチベーションを上げて仕事に臨み、最前線で成果を出してほしいですね」

「琵琶湖半導体構想」へ向け。広域企業連携を積極化

 同社は企業連携も積極化している。23年12月に半導体の分析評価を行うクオルテック(本社・大阪府堺市、山口友宏社長)、日電精密工業(本社・岐阜県大垣市、吉田圭二社長)と相次いで資本業務提携を締結。クオルテックとはGeO2半導体エピウエハ、GeO2半導体デバイスの研究開発を、日電精密工業とは半導体製造装置の開発・改良を共同で行う。

 「両社には将来的にファブ機能を担ってほしいと考えています。研究開発は成果を出すまでのスピード感も重要なので、オープンイノベーションで知恵を出し合い、技術的な課題を皆で解決していく場が必要です」

 そうした知恵を結集する場として同社が提案しているのが、「琵琶湖半導体構想」だ。先端半導体技術の集積地として、琵琶湖を中心とした広域地域で先端半導体材料の研究開発から製造までを一気通貫で行い、GeO2半導体エピウエハの早期供給を図る。GeO2半導体の産業化に向け、クオルテック、日電精密工業、滋賀県、京都府、草津市、滋賀銀行、みずほ銀行、東レリサーチセンター、日清紡マイクロデバイス、アイシンなどが支援・参加を表明。今年中にコンソーシアムを開く予定だ。

 「最終的にはGeO2の基板上にGeO2結晶膜を付ける。これが実現すれば最高性能のパワーデバイスができます。もっとも今はエピウエハをつくるのが先なので、そこに全力を傾けます」

 GeO2半導体の社会実装で、私たちの生活はより便利に、豊かになるに違いない。

立命館大学でGeO2の研究開発に取り組む意義

金子健太郎
金子健太郎 Patentix取締役co-CTO、立命館大学教授

GeO2 をはじめとする新しいパワー半導体材料は全て大学発のものです。大学の基礎研究の継続がインパクトのある新材料を生み出す原動力となりますが、スタートアップの強力なエンジンが社会実装(離陸)のためには必須です。GeO2半導体が社会実装された時、世の中がどれだけ便利になったか、次世代の人々とお話がしたいですね。持続可能な社会を創ることも大学が研究に取り組む意義だと考えています。(金子教授談)