54億円――新日本プロレスの過去最高売上高は、2019年7月期の54億1600万円。その後、コロナ禍で苦戦を強いられたが、棚橋社長は100億円企業を目指すと語る。(雑誌『経済界』2024年8月号より)
棚橋弘至 新日本プロレス社長のプロフィール
日本を代表するプロレス団体「新日本プロレス」は、アントニオ猪木氏、坂口征二氏、藤波辰爾氏と、これまで3人のレスラー兼任社長が誕生している。そして、2023年12月、棚橋弘至氏が19年ぶりのレスラー兼任社長に就任した。棚橋氏はこれまで人気と実力の両面で新日本プロレスのみならず日本のプロレス界全体を牽引してきた。そんな棚橋氏のキャッチフレーズは“100年に一人の逸材”。稀代のスターレスラーは、社長としても成果を出し100年どころか1千年に一人の逸材を目指すと笑う。
―― プロレス団体「新日本プロレス」(新日本)の11代目社長に就任しました。棚橋さんと言えば、第56代IWGPヘビー級王者時代に、当時の連続最多防衛記録である“V11”を達成した大看板。経営手腕にも注目が集まります。
棚橋 僕のビジネスのベースは座学によるものではなく、自分自身がこれまで行ったプロモーションの経験によるものが大きいです。僕は1999年に新日本に入門しましたが、2000年代は本当に業績が厳しく、何とかプロレスを知ってもらおうと日本全国を駆け回りました。一般的な大会プロモーションは、その土地のプロレスファンに来てもらうことを意識しています。ですが、僕が好んで行った手法は、新聞や情報番組に出まくったり、駅前でサンドイッチマンをしたり、プロレスを知らない人にアプローチするやり方です。
スターはファンが作るものだからこそ面白い
―― 2012年、新日本はブシロードの傘下になりました。
棚橋 これは本当にうれしかったです。新日本としても、ポスターを張ったりラジオに出たりイベントをやったりとプロモーションは頑張っていました。ただ、それでもどこか限界を感じていた。それがブシロードの力を借りることで、例えばJR山手線のラッピング広告を実現できたり、秋葉原に新日本の企業看板を出せたり、ブシロードのゲームコンテンツとコラボしたり、リーチできるお客さんの絶対数が段違いに増えました。
これまでの経験から、プロレスのプロモーションは即効性が薄いことは分かっています。体感的に言えば、何か仕掛けを行ってから実際にプロレス会場に足を運んでくださるまで3年間くらいラグがある。ただ、それでもプロモーションに力を入れるようになってからファンの数は右肩上がりの増加を維持できているので、やり方に間違いはないと感じています。何より幸運だったのは、僕のビジュアルが良かったことですね(笑)。
―― 棚橋さんが看板レスラーなのは誰もが認めるところですが、今度は社長としてスターを育てる立場でもあります。どうすればスターは生まれるのですか。
棚橋 スターは作ろうと思って作れないのが面白いところです。われわれがいくら売り出そうとしても、ファンが認めるか、好きになるかは別の話。棚橋弘至というレスラーも、made byファンです。手前味噌ですけど、そうやって生まれたスターは長く愛されるというか、俺たちが作ったチャンピオン、ピープルズチャンピオンというかね。だから僕は社長としてもできるだけ会場に足を運びます。会場の空気を感じ、試合以外の時も含めてファンが誰を欲し、どの選手に支持が集まっているのか。それを感じたいのです。
試合を見せながらエネルギーを売っている
―― 経営者としてはスターが出てこないと厳しいはずです。最終的にはファンが作るとしても、スターが生まれる条件は何だと考えますか。
棚橋 まず、人に語りたくなるようなレスラーであること。順風満帆の人生は羨ましいですけど、他者から見た場合は面白くない。僕も若手時代に新日本からちょっと売り出された時期がありましたが、ものすごくブーイングされて(笑)。何でこんなに嫌われているんだと思いながら、それでも徐々にプロレスへの熱意が伝わって、だんだんと応援してもらえるようになった。こういう振り幅というか、物語性は重要です。
ただ、そうした個人の努力でどうにかなる要素以外に、時代に愛されることも必要です。戦後の日本人を勇気付けた力道山先生だったりとか、猪木・馬場時代に猪木さんがプロレスこそ最強だということで異種格闘技戦をやったりとか。僕がチャンピオンでV11を成し遂げた時は、東日本大震災がありました。11年2月に仙台で防衛戦をやって、そこから日本全国を巡業している時に震災がきた。大勢の方が被害を受け、日本中が心を痛めている中で、「この状況をお前が何とかしてみろよ」という試練として受け止めました。そんな姿は少なからずファンにも伝わったと思うのです。
ですから、スターが生まれる条件とは、個人の資質に加えて時代の要請にカチッとハマることも重要なのだと感じます。そもそもプロレスの原動力ってそういう部分じゃないでしょうか。僕自身のファンとしての原体験は、応援している選手が頑張っているから勉強を頑張ろう! という感じで、エネルギーをもらっていたことです。だからプロレス会場はパワースポットだと考えていますし、僕たちは試合を見せながらエネルギーを売っている企業です。
―― 経営者としては数字も求められます。目指す売上高規模は。
棚橋 いずれは100億円まで成長させたいと考えています。そのためには質の違う努力も必要です。世界最大のプロレス団体、WWEを例に見れば放映権収入が非常に大きい。新日本も「NJPW WORLD」という世界配信を手掛けていますが、特にアジア圏にビジネスチャンスを感じています。
僕は2000年代にレスラーとして新日本の人気復活を経験したので、今度は経営者として業績成長を実現できれば、それはもう100年どころか1千年現れない人材ですよね(笑)。それを目指して頑張ります。