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石破総理誕生で日本はどうなる? 石破 茂

石破茂 衆議院議員

石破茂 衆議院議員
石破茂 衆議院議員

自民、公明、立憲民主。日本政治の顔が変わった

 自民党の中で、〝政権交代〟が起こった。9月27日に投開票が行われた自民党総裁選を制したのは、長らく党内野党と呼ばれてきた石破茂氏。ようやく射止めた総裁の座だ。

 戦後の大半の期間で自民党が政権を担ってきた理由として、派閥間で擬似政権交代をすることで、その時々の国民の声に応えてきたからだという見方がある。しかし、その派閥は麻生派をのぞき解散した。自民党は新たなステージに入ったのである。 自民党だけではない。同じく9月には、自民党と連立を組む公明党、野党第一党の立憲民主党も、そろってトップが交代している。日本政治の顔が、がらりと変わった。

 本特集の取材は、9月30日から10月4日にかけて行った。石破総理は総理任命前の30日時点で衆議院解散を予告。また、来年夏には都議会議員選挙、参議院選挙も控える。これら選挙の結果も踏まえながら日本の政治は進んでいく。石破総理誕生で日本はどうなる。特集担当=本誌/和田一樹

世論の審判は10月27日。石破政権の行く末は

自民党の顔が変わった。裏金問題の騒動で派閥が事実上解消し、自民党の屋台骨が揺らぐ中で、新総裁となった石破茂氏。一方、野党も首相経験者の野田佳彦氏を新代表にし、政権交代の「ラストチャンス」へ臨戦態勢だ。長年、石破茂氏、野田佳彦氏を取材してきたジャーナリストの鈴木哲夫氏が政局を読む。

世論に近いが永田町では嫌われる

 自民党総裁選を控えた8月。懸命に20人の推薦人確保に奔走していた石破茂氏は私にこう言った。

 「世論は私を一番に支持してくれている。なのに永田町では推薦人集めに苦労するって、自民党って一体何なんだろう」

 石破氏を取材するようになってもう20年以上。彼がずっと悩み続けてきたのがまさにそこだった。

 首相になってほしいのは誰か?マスコミの世論調査では1位。ずっと国民的人気をキープしてきた。石破氏に何度も選挙応援に入ってもらった私の旧知の東北の自民党県連県議は石破氏の政治家像についてこう話した。

 「石破さんとの付き合いは何度も何度も来てもらった選挙応援。私たちは勝てる選挙は石破さんを応援に呼ばない。厳しい選挙の時にこそ人気の石破さんに声をかけた。石破さんは集まったのがたった数十人であっても必ず来てくれた。だからこそ石破さんは、厳しい選挙を通じて自民党への世論の逆風を誰よりも感じ、自民党がいま何をすべきか分かっている。それを東京に戻って口にするから永田町では『後ろから鉄砲を打つ』とか『反党的』などと言われて除け者になってきたが、じつは石破さんが一番世論に近い人だ」

 世論に近い、しかし逆に永田町では嫌われる。さらには仲間の面倒見がよくないなどといった人物評も加わり不人気で、過去の総裁選でも議員票を集めることができなかった。

 私が見続けてきたこれまで5度の総裁選への挑戦。中でも2012年と、18年の総裁選は石破氏に大きな傷を残した。

 12年は自民党の政権復帰の流れができていた。世論の人気も絶頂で絶対の自信を持っての出馬。ところが、1回目の投票で圧倒的に党員・党友票を得てトップだったのに、決選投票では議員票が逃げて安倍晋三氏に敗れてしまう。「石破は一度離党した」「面倒見が悪い」など議員票は安倍氏でまとまったのだ。永田町の力学に敗れた。本人を取材していて絶望感は相当大きいように見えた。

 18年はその安倍氏と再度一騎打ちの勝負。起死回生、前回の悔しさをぶつけたが、安倍氏を中心に政権基盤は強く完敗した。

 安倍氏が体調不良で退陣した20年は「出馬して、その勝敗によって、その先に自分の残る人生をどう生きるか考え直す節目」にしようと考えたと思う。敗れれば違う道を考える。まもなく65歳に手が届く。このまま政治家なのか、いや地方自治体の首長なのかなど。そして、敗れた。その後、石破氏は本当にさまざまな生き方を考えていると、私にも話をした。苦しんで熟慮していたのがこの頃だ。しかし、そんな一対一の取材の中で私は一貫して言った。

 「世間の常識は永田町の非常識。だから世間側にいるからあなたは永田町で嫌われる。逆にそれは誇りではないのか。もう一度だけ総理総裁を目指すべきではないのか」

 石破氏に近い議員や、何より支援者もそう進言し続けた。

 21年の総裁選は新型コロナなどで政治が停滞混乱していた上に、党内力学も再選を阻まれた菅義偉氏、麻生太郎氏、安倍氏などキングメーカーがうごめき複雑で石破氏は出馬を見送ったが、5度目の今回、「本当に最後の挑戦」をした。そして勝利した。

 今回、決選投票で議員票を多く獲得したことは、これまでの石破氏の不人気とはまったく逆だった。なぜか。決選投票に残ったのが高市早苗氏だったが、どちらに投票するかというときに議員個々の独自の判断が影響した。

 「高市さんは保守、一方の立憲の代表になった野田(佳彦)さんは穏健派の保守。2人の論争を想像すると高市さんはますますタカ派的な色が強まって、逆に無党派の多くを占める穏健保守層は野田さんに流れて行く。そう考えると同じ保守の土俵で戦うなら石破さんが安全」(旧安倍派2回生)

 「われわれの選挙は1年後。1年先も踏ん張れる政権は誰かを考える。高市さんは外交などリスクもある。1年先も何とか水平飛行を保てる安定感は石破氏か」(来年改選、2期目を迎える参院全国区議員)

 さらに、岸田文雄前首相は実質的には旧岸田派の結束を保ったまま石破支持で動かし、議員票の上積みとなった。「岸田氏は強硬な保守の高市氏はノー。また石破氏が岸田氏と会い、経済政策など岸田政権を継承することを約束した」(石破氏推薦議員)からだ。

「全員非公認」と「再調査」政治改革はそこから

 さて、スタートした石破新政権。これまで支持の高かった世論は沸き、自民党への期待値も爆上がりするかと思いきや、何とまったく逆。

 国会の首班指名で首相に就任したのが10月1日。マスコミ各社は新政権発足と同時に1日から3日にかけて世論調査をした。すると、内閣支持率は読売新聞・日本テレビ・日経新聞がともに51%、毎日新聞・朝日新聞がともに46%。確かに、それまでの岸田内閣のそれに比べれば2倍以上も上がったが、過去と比較すると断然低いのだ。たとえば、読売新聞・日本テレビの場合は、過去の新政権発足時の内閣支持率で何と今回の石破内閣の51%は9位。

 総裁選で石破氏の推薦人になった中堅議員は「数字を一気に落としたのは総裁選に勝利してから首班指名されるまでの3日間」として続けた。

 「総裁になった9月27日の夜からすでに党内のいろんなところから圧力がかかり、党内基盤が弱い石破氏はそれらの意見をのまざるを得なかった。解散総選挙を早くやるということ、そして党役員や内閣人事。石破氏は総裁になったら結局自民党に巻かれるのかと逆に批判は何倍にもなって返ってきた」

 総裁選の最中、小泉進次郎候補などが早期の解散総選挙を公言していたのに対し、石破氏は「予算委員会などで国民の前で与野党にしっかり議論して主張を聞いてもらい、その上で解散し国民の審判を仰ぐのが正しい道」と言っていた。ところが変貌する。予算委など開かず10月9日解散、投開票27日と会見したのだ。

 早期解散を進言したのは森山裕幹事長と党事務方の幹部ら。「下手に国会を開くと裏金問題や裏金議員の公認問題を追及されて答弁に窮する。その前にやるべきと石破氏に強く迫った。党内基盤が弱い石破氏は支えてもらうしかないので受け入れた」(自民党ベテラン議員)という。国会議論を重視すると言ったあの言葉はどこへ行ったのか。

 また、内閣や党役員の人事。毎日新聞の調査では、内閣の顔ぶれを「評価する」はわずかに14%。論功行賞人事が目立った。中でも応援してもらった旧岸田派から官邸のナンバー2でもある官房長官に林芳正氏、当の政策を仕切る政調会長に小野寺五典を要職に起用。自民党閣僚経験者は言う。

 「決選投票で応援してもらったその代償は大きい。石破氏は岸田氏の金融資産課税や循環型の経済政策、投資など継承すると約束した。さらに、岸田氏のバックには財務省がいることから、石破氏の経済政策は岸田・財務省ラインに相当気を使い、支配されていくことになるだろう」

加えて森山幹事長の存在。

 「いま党内の話をまとめる策士は森山氏の右に出るものはいない。石破氏は自分の側近にそれをやれる人間はいないから森山氏を幹事長に決めていた。ところが、今回、総選挙を早くやるべきと迫ったのは森山氏。石破氏は逆らえない。政策面では岸田氏、党内政局は森山氏、『実質は岸田・森山政権』などと皮肉る声も出ている」(同)

 その後、石破首相は、総選挙で安倍派の幹部など裏金議員の一部を非公認とし、他の裏金議員について比例重複を認めないことを打ち出したが、世論批判をかわす単なる「やってる感」でしかない。自民党幹部は「政治決断をした」と自画自賛するが、他にも多額だったり使途不明だったりする議員も多い。裏金議員全員を非公認にすべきではないか。そして何より、再調査はスルーしたままで、裏金を誰が始め、どうやって、そして何に使ったのか、その解明はまだ行われていないのだ。「全員非公認」と「再調査」――。この2つがあって初めて政治改革と言える。

1993年の細川連立も政治改革がテーマだった

民主党政権後の野党の選挙協力の流れ
民主党政権後の野党の選挙協力の流れ

 一方野党。石破政権の誕生で世論を一気に持って行かれると警戒感を強めたが、石破氏が早期解散など前言を翻したことで、「言っていることが違う」「裏金問題への対処が結局は甘い」などと再び総選挙では攻勢に転じている。

 私は立憲民主党の代表選討論会の司会も務めたが、一貫して感じてきた党内の空気は、代表選はゴールではなく、本当のゴールはその先の総選挙ということだった。誰に投票するかの基準はそこにあった。

 前述したように、野田氏は無党派の中でも多くを占める穏健保守層を掴める、論戦も負けない、総選挙を考えたら――、そうした国会議員やサポーターなどの判断があった。立憲のベテラン議員がこう明かす。

 「裏金をきっかけに政権交代のチャンスはいましかない。野党にとってもラストチャンスだ。そのためには何が何でも野党の選挙協力で自民党と一対一の対決構図を作るしかない。じつは野田氏の名前は、昨年暮れ、水面下の維新の会や国民民主との接触の中で名前が挙がっていた。『野田さんなら(共闘を)考えてもいい』と。次第にそれが党内にも流れ、どんな手を使っても野党結集をという小沢(一郎総合選対本部長代行)さんや若手などが動いてきた」

 前代表の泉健太氏も、維新や国民民主と水面下で何度も話し合ってきていた。共産党についても、水面下で地域によっては共産・立憲のすみ分けができている。東京など4都県だ。野田代表周辺も「とにかく野田氏で維新・国民の屋台骨の関係、あとはしたたかに何でもアリの他党との協力しかない。政策は全部合わなくていい。1993年の8会派が一つになった細川連立のときも政治改革がテーマだったが、今回も『裏金・政治改革』の一点だけが合えばそれでいい」と話す。

 ただ、総選挙日程が早まり野党共闘の調整に十分な時間がなく、どこまで進むか本稿執筆の10月7日時点では不透明だ。

 いずれにしても、前出ベテランが言う通り、今回の総選挙は野党が政権交代に近づける「ラストチャンス」。私は、政権交代というのは、たとえ実現できなくともその空気を常につくっておくことが政党の責任だと思う。「失敗すると政権から転がり落ちる」という緊張感が重要なのだ。緊張感があってはじめて権力は国民を向く。逆に長期安定政権は国民を軽視する。過去を見れば分かるではないか。

 議論をすっ飛ばし早期総選挙に突入した石破首相だが、今後、「世論と正論の石破」に戻ることができるのか。そして、野党は千歳一遇のチャンスにどんな矜持を見せるか。世論は10月27日に審判する。