来るべき自動運転社会に向け、各国の競争が加速している。かつて自動車大国としての地位を築いた日本は、この競争に勝てるのか。また、日本以上に社会実装の進む中国、米国の現状はどうか。自動車ジャーナリストの川端由美氏が解説する。(雑誌『経済界』2025年1月号巻頭特集「自動運転のその先」より)
法整備、技術面も課題多し日本メーカーの現状は
「Pick me up!」と呼べば、自動でマイカーがやってくる! 自動運転と聞くと、映画『ナイトライダー』に出てくるそんなシーンを想像するのではないだろうか。実のところ、未来は映画のワンシーンのように一足飛びにやってくるのではない。日々、じわじわと技術開発が進んでいて、ふと気づくと、遠い未来のテクノロジーだと思っていたものが、当たり前のように生活に入り込んでいるものなのだ。
むしろ、自動運転を実現するために解決すべき課題としては、社会の枠組みや法整備といった社会受容性の未整備の方が重要だ。日本では、2018年に内閣官房から「自動運転に係る制度整備大綱」が発行されており、これまでにも数多くの実証試験が行われてきた。特に、20年に内閣府が発行した交通安全白書では、自動運転を含む未来の交通の変化について議論が行われるなど、社会全体での意識改革も進みつつある。
さらに、日本版ライドシェアも解禁されたことをきっかけに、モビリティサービスへの意識も高まりつつある。高齢化社会が進むにつれて、高齢者の免許返納などが進み、なおかつ、地方の交通の担い手が不足している。具体的には、地方の公共交通が維持できなくなっており、またタクシー運転手の供給不足も深刻だ。同時に、ライドシェアのコストを圧迫する要因がドライバーの人件費高であり、またドライバーの人手不足も深刻な課題である。その観点から、将来的には、モビリティサービスの分野に自動運転の技術を導入することにより、人手不足の解消とコストダウンの両方を実現しようとする動きがある。政府は「デジタル田園都市国家構想戦略」において、25年に約50カ所、27年に約100カ所での自動運転サービスの導入を目標として掲げている。
自動車メーカーが8社も存在する日本では、各社が凌ぎを削って開発をしている。10月に発表されたばかりのホットな話題だが、トヨタとNTTは、AIや次世代通信などを活用した運転支援の技術開発で提携する。投資額は、両社で30年までに実に5千億円規模となる。高度ドライバー支援システム(ADAS)と呼ばれる予防安全の分野やインフラ整備なども含めた包括的なもので、自動運転技術単体ではないものの、将来的な自動運転の技術開発にもつながる重要な礎だ。この取り組みには、NTTが開発中の次世代通信基盤「IOWN」や、AIの活用も含まれている。
技術的なことをつらつらと並べても分かりにくいのだが、具体的には、クルマが自動で事故を避けてくれるというものだ。要するに、クルマ側が車載されるカメラなどのセンサー類からデータを取得し、通信技術とAIを活用して、それらのデータをリアルタイムに分析し、事故の可能性があると判断すると、自動でハンドルを切ったり、ブレーキをかけたりして、事故を避ける。さらに、日本が苦手な標準化についても取り組むとしており、28年の実用化を目指す。
自動運転の実用化に積極的なのは、ホンダも同様だ。24年5月に開催された記者会見では、30年度までに電動化およびソフト領域への投資を10兆円にすると発表した。22年に発表した5兆円と比べると、実に2倍に増額したのだ。このうち、2兆円をソフトへ投資する。このほかにも、ホンダはソニーと協業で、ソニー・ホンダモビリティを設立し、自動運転の技術開発も進めている。また、AI開発の米スタートアップ企業であるHelm.aiに投資をしている。Helm.aiは、一般的な自動運転技術と異なり、教師データを必要としない「教師なし学習」のAI開発を進めている。ホンダは21年のシリーズBから出資参加する唯一の自動車メーカーであり、シリーズCラウンドでも追加投資をしている。もう一つ、ホンダモビリティソリューションズなる子会社も設立しており、都市部での自動運転モビリティサービス(MaaS)にも積極的だ。車両開発でも積極的な姿勢を見せており、21年にはレベル3の自動運転車として、ホンダ「レジェンド」を市販した。
24年7月の決算発表で営業利益が同99・2%減の10億円として、大きな話題になった日産だが、自動運転技術では世界基準の開発力を維持している。すでに市販車に搭載される「プロパイロット」の延長線上にある自動運転は、13年11月から自動車専用道路での公道実証実験を重ねている。24年2月には、実証実験から一歩進んで、27年をめどに自動運転モビリティサービスを日本国内で事業化していくロードマップを発表している。
もう一つ、日本を代表する自動運転のスタートアップ・ティアフォーについてもご紹介しておこう。シリーズBラウンドでの資金調達額は207億円に達し、累計資金調達額は381億円となっている。さらに、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「グリーンイノベーション基金事業」において254億円規模の研究開発プロジェクトにも採択されている。さらに直近では、24年10月に一般道における自動運転レベル4の認可を取得し、自動運転移動サービスの社会実装に向けて大きな一歩を踏み出した。相模原に続き、長野県塩尻市でもレベル4の認可を取得しているが、今回、「歩行者と一般車両が混在する環境下の一般道において、車両最大時速35キロメートルでの走行によるレベル4認可」は全国初だ。
世界をリードする中国。電動化を超え、知能化へ
4年ぶりに24年4月に開催された北京モーターショーでは、多くの人が中国の自動車産業の進化ぶりに目を見張った。中国ではすでに新車販売におけるEV/PHVの割合が38%と、電動化が浸透しており、次なる話題は知能化である。日本人として気になったのは、トヨタが中国の自動運転スタートアップ企業であるポニーaiと合弁で、自動運転車による商業運行を進めるとの発表だった。23年8月の段階で、ポニーaiとトヨタ自動車(中国)投資有限公司(TMCI)、広汽トヨタ自動車(GTMC)の3社で新会社を設立すると発表している。具体的には、GTMCが生産するトヨタ・ブランドのバッテリーEVをポニーaiに提供し、トヨタの知的運転支援システム「T-Pilot」とポニーaiの自動運転技術を搭載した自動運転タクシーを量産化する。投資額は10億元以上を見込む。
中国では、自動運転技術の開発競争が激化しており、EV大手のBYDはファーウェイの自動運転システムを採用したり、家電大手のシャオミが自動車分野に乗り込んできて、自動運転技術の開発に巨費を投じたりという動きがある。シャオミは、自動運転向け半導体を開発するスタートアップ企業のブラックセサミや、自動運転には欠かせないセンサーであるライダー開発のHesai Technologyなどに投資している。
グーグル傘下の新興がアメリカ市場を牽引
中国と並ぶ自動運転の二強となるのが、米国だ。アルファベット傘下の自動運転部門であるウェイモは、09年からサンフランシスコで活動しており、21年にはすでにカリフォルニア州において、完全自動運転のレベル4の商用運行の許可を得ている。23年8月には有償での旅客輸送を実施する認可も得ており、24年6月にはとうとう、サンフランシスコでレベル4の自動運転タクシー「ウェイモワン」のアプリをローンチしたのだ。その後、自動運転配車サービスを行う地域をサンフランシスコ半島とロサンゼルスのさらに多くの地域に拡大すると発表した。
もちろん、これまでの道のりは平坦ではなかった。サンフランシスコ、ロサンゼルス、フェニックスで毎週5万回以上の有料乗車を繰り返し行った結果、実に10年以上の年月を経ての社会実装となった。24時間サービスを提供しており、65マイル(約104km/h)までの最高速が認められている。トニー・ベネットの名曲『霧のサンフランシスコ』にも歌われる通り、実際にサンフランシスコは霧の日が多いのだが、そうした悪天候も克服した結果の24時間全天候での社会実装が可能になったのだ。
一方で、自動車メーカーも当然のごとく自動運転の開発には力を入れている。ゼネラルモーターズ(GM)は、米自動運転スタートアップのクルーズを傘下に収めて、自動運転技術の開発を進めてきた。いっときは、ホンダとGMが提携して、日本でもクルーズの自動運転技術を活用した無人タクシーを走らせると話題になったのだが、23年10月に米国での人身事故が発生したことで、カリフォルニア州自動車局が全面的に停止するよう命じたのだ。事故の内容は、クルーズの無人タクシーが他車のはねた歩行者をひくというものだった。これを受けて、ホンダ側は影響を精査するとし、GM側も自動運転専用車の開発を断念した。ところが24年5月、保安要員が運転席に常駐するという条件付きではあるが、自動運転車の運行を再開したのだ。これを受けて、GMはクルーズに8億5千万ドルもの追加投資を行った。米国内でのサービスエリア拡大を進めるウェイモに対して、クルーズはドバイや日本といった海外への技術の輸出を視野に入れている点が異なる。
実のところ、中国、米国が二強といった様相であるのに対して、日本はいくぶん慎重な対応をしているのが実情だ。また従来は、トヨタが完全自動運転にはそれほど積極的ではなかったこともあって、社会需要性の面でも、完全自動運転の浸透は難しいと考えられていた。しかしここにきて、にわかにトヨタがNTTと組んで大型投資を発表し、ティアフォーが一般道での完全自動運転の運行許可を得るなど、大きく動き出した印象だ。人身事故の影響もあって、一旦は自動運転技術の開発が足踏みになるかと危ぶまれた米国でも、州当局が迅速に対応策を打って、公道での商業運行を進めている。中国での完全自動運転の社会実装が急速に進みつつあり、米国や日本も開発を止めてしまうわけにはいかないからだ。そう、自動運転技術の開発は、今まさに劇的な競争の中にある。遠くない未来に、私たちの身近なところで無人で走るクルマに気軽に乗れる時代がやってくるのだろう。