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「クルマの形をした鉄腕アトム」総合技術で開発に挑むアメリカの今

中国と、自動運転車開発の最先端を争うアメリカ。2024年10月にはテスラがドライバー不要の「サイバーキャブ」を発表し、各社の競争が過熱する。自動車業界、半導体業界、ソフトウェア業界などが一丸となって開発に取り組む同国の現状と、他国に勝る開発姿勢の秘密をひも解く。文=伊藤賢二(雑誌『経済界』2025年1月号巻頭特集「自動運転のその先」より)

技術、人材、社会的気運。すべて揃った米自動運転市場

 中国が政府主導で研究開発を強力に推進することで〝自動運転大国〟にのし上がる一方で、依然として自動運転の研究開発の最先端を行くのがアメリカである。

 アメリカの強みは自動運転に必要な技術がすべて自国に集まっていること。自動運転を行う最終製品である自動車はもちろんのこと、ニューラルプロセッサと呼ばれるAIに最適化された半導体、AIのソフトウェア、自動運転車の目となるレーザー、レーダーなどのセンサー類、無線通信技術、それらを開発する人材、そして技術的に熟成されていない自動運転車の存在を許容する社会等々、本当にないものがないのである。

 アメリカがコンピュータ、データサイエンス、通信などの技術力に長けているのは、軍事技術の高度化に必要ということで長年その研究に大きなリソースを割いてきたからだ。が、そのアメリカの技術をもってしても「レベル5」と呼ばれる完全自動運転車の実現への道のりは果てしなく遠い。そのため今はレベル5については将来技術として棚上げし、中国と同じく決まったエリア、安定した気象など限定された環境下で無人走行ができる「レベル4」の実用化をターゲットとしている。

 自動運転技術に携わるAI技術者の一人は、そんなアメリカの動向をブラフとみる。

 「アメリカは世界から優秀な人材を吸引することで発展してきた国です。レベル5はたしかに困難で、50年、あるいはもっと先の遠未来技術とみる向きもあります。しかし完全自動運転は人間の社会そのものを根本から変革する可能性を秘めている。実現は困難だができればすごいという分野ほど人材の吸引力の高いものはない。アメリカは世の中を変革することだけでなく、未来における自国の強さの維持という観点で、間違いなくレベル5をターゲットにしていると思います」

 自動運転技術は、すべて人間の操作で走らせる「レベル0」から、制限のない完全自動運転のレベル5までの6段階に定義されている。このうちドライバーを必要としない自動運転に相当するのがレベル4とレベル5だ。

 レベル4とレベル5はハンドルやブレーキ、アクセルペダルなどを装備する必要がなく、事故やトラブルが起こった時の責任をメーカーが負うという点は同じ。違いは先に述べたとおり、走行できるエリアや気象条件に制限があるかどうかだけである。

 「たったひとつのその違いは果てしなく大きいんです。エリアや気象条件が限定される場合、それは運行という視点で実用化を目指すことができますが、物理的に走行可能な道であればどこでも法令を守りながら安全に走ることができるレベル5はクルマが人間代わりになれなければ実現できない。これはクルマの形をした鉄腕アトムを作るようなもので、自動車という視点にこだわっていたら実現できない。技術力の高さに加え、自動車は国の基幹産業といったヒエラルキーにこだわらず、水平分業で開発に取り組む姿勢をみても、一番乗りを果たすのは結局アメリカなのではないかと思います」(日本メーカーの上級エンジニア)

テスラ「サイバーキャブ」に期待と不安入り混じる理由

 そのアメリカで2024年10月10日、電気自動車メーカーのテスラがAIを搭載し、ドライバー不要で走行できる自動運転車「サイバーキャブ」を発表した。予告価格は3万米ドル(約460万円@1ドル=153円)、発売時期は26年。

 イーロン・マスクCEOは2週間後の24年第3四半期決算説明会で「サイバーキャブにはハンドルも(アクセルやブレーキなどの)ペダルもない。クルマが自動的に走っている間、あなたは自分のやりたいことを何でもできる。私はこのクルマを当初は年間200万台、最終的には年間400万台作るつもりだ」と語った。

 3万ドルという価格はアメリカではコンパクトクラスのホンダ「シビック」にオプション装備を盛り付けたのと同等水準。名称はタクシーを表す「キャブ」だが、タクシーやカーシェアリングなどの旅客輸送事業者に限らず一般消費者でも購入可能な価格帯である。

 サイバーキャブ発表の翌日、テスラ株は9%の暴落を記録した。株価水準が元に戻ったのは第3四半期決算が発表され、業績が好調であることが明らかになった後のことだった。

 期待されているはずの低価格自動運転車の発表がなぜ株価にネガティブに作用したのか。理由のひとつはマスク氏の微妙な言い回しではないかと前出の日本メーカーのエンジニアは言う。

 「ハンドルもペダルもなく、乗っている人は好きなことができるという表現はたしかにドラマチックですが、われわれ自動車業界関係者にとって、おそらく投資家も同じでしょうが、関心事は現状のレベル4をどれだけ超えられるかという一点。もしテスラがレベル4プラスの見通しをつけられているのであれば、マスク氏のキャラクターからして嬉々としてそのことをアピールしたことでしょう。現時点ではできないとは言っていませんが、正直〝うーん〟という感じでした」

 サイバーキャブの価格を安く設定できたのは、道路状況や他車の動きを認識するセンサーが従来の自動運転車に比べて大幅に簡素化されたことにある。レベル4自動運転車は通常、光学カメラ、ミリ波レーダー、レーザースキャナなど多様なセンサーを全身ハリネズミのように搭載する。そのため自動運転車はひと目でそれと分かるほどだ。それに対してテスラは光学レンズだけで自動運転を成立させようとしている。もしそれで完全に自動運転が機能するのであれば画期的なコスト削減技術になるが、現時点では光学カメラでは赤外線を使ったとしても天候や車線認識などを完璧にこなすことはできない。これもレベル4にとどまると世間から思われた理由である。

 もっとも、仮にレベル4だとしてもサイバーキャブは先進的ではある。すでにアメリカでは俗にロボタクシーと呼ばれる運転手なしのレベル4自動運転車の実証運用が始まっており、自動で走ること自体には大きな驚きはない。それらとの大きな違いは人間による遠隔監視を必要とせず、クルマに実装されたAIおよびクルマと常時接続されたデータセンターが運転に関するすべての判断を下すという点である。

 アメリカは製造物責任法がきわめて厳しく運用される国で、ひとたび何かが起これば即、巨額訴訟を起こされるリスクがある。そのアメリカで自動車メーカーが運転行為に起因する事故の責任をすべて負うレベル4自動運転から遠隔監視を外すというのは相当勇気のいることで、レベル5に向けて一歩踏み出すものと、テスラに期待する声も少なくない。

レベル5を見据えるアメリカ。日本も後れを取るな

 アメリカの自動運転技術のベンダーはテスラ以外にもアルファベット(旧グーグル)傘下のウェイモなど複数が存在する。が、中核技術を有しているのは自動車の製造会社だけではない。注目を集めている企業の代表例にエヌビディア、インテルなどがある。

 中でも注目度が高いのは自動運転機能の実装に必要な機能のうちセンシングと運転判断の部分を1パッケージにした「NVIDIA DRIVE」をリリースしているエヌビディアで、アメリカの自動車メーカーだけでなく中国のロボタクシーにも採用が拡大している。今後の需要拡大への期待から、株価は5年前の19年11月に比べて約25倍に膨れ上がった。

 ベンチャーセクターでも頭角を表すユニコーン企業が登場している。一例はライドシェア大手のウーバーの自動運転部門を買収し、トヨタグループとも提携するなど積極攻勢を仕掛けるオーロラ・イノベーション。現在テスト段階だが、一般車両を自動運転車に変えるパッケージ商品「Aurora Driver」のリリースを目指している。

 自動運転の実現に欠かせないAIの分野でもシリコンバレーのニューロやリコグニなどのユニコーンが登場している。ニューロはセブンイレブンやウーバーと提携し、物流の自動化を実現させるAIをリリース。リコグニはトヨタ、BMWと提携ずみで、AIのハードウェアとソフトウェアを統合したシステムオンチップの分野で両社の自動運転技術の高度化を支える。

 その一方で、GM子会社でホンダの提携先でもあったGMクルーズが自動運転車で事故を連発したことで事業縮小に追い込まれるなど、困難も依然としてある。

 「それでもアメリカは将来の大きな果実と成り得る完全自動運転の実用化について手を緩めることはないと思います。そもそも自動運転ブームの火付け役となったのはアメリカ国防高等研究計画局です。自動運転の目標を引き下げていつの間にか中国に負けるなどというリスクを冒すとは考えにくい。日本もレベル4の実用化で後れを取らないようにしつつも、レベル5を将来の夢物語ではなく必達目標に据えて研究に取り組まないと、またプラットフォームの主導権争いで後れを取ることになる」(前出の自動運転エンジニア)

 困難をきわめる自動運転だが、難問を解決するイノベーションはいつも唐突に起こる。ブレイクスルーを生かす体制を崩さないというアメリカの伝統は今も保たれている。