東北電力の女川原子力発電所2号機(宮城県)が10月29日、再稼働した。2011年3月の東日本大震災で停止して以来、実に13年半ぶりだ。震災後に再稼働した原発はこれまで西日本ばかり。東日本では初めてで、これをきっかけに原発の「西高東低」を解消できるか。文=ジャーナリスト/小田切 隆(雑誌『経済界』2025年1月号より)
東日本大震災の震源地にもっとも距離の近い原発
女川2号機は10月29日午後、中央制御室で核分裂反応を抑える制御棒を引き抜く作業が行われ、原子炉が起動した。30日未明、核分裂が安定的に連続して起こる「臨界状態」に。そして、11月上旬に発電が始まる日程で作業が進められた。12月25日には営業運転を始める計画だ。
女川2号機の再稼働に対する関係者の期待は大きい。再稼働を前にした10月29日午前、武藤容治経産相は記者会見で「大きな節目となる」と指摘。「電力需要の増加が見込まれる中での、東日本における電力供給構造の脆弱性(の修正)や電気料金の東西格差(の解消)、脱炭素電源による経済成長機会の確保」という点を、その見方の背景として挙げた。
また、再稼働した後の30日午後には、宮城県の村井嘉浩知事が県庁で記者団の取材に応じた。
村井氏は東北電力の樋口康二郎社長に対し、「安全をとにかく最優先にした上で、しっかりと安定的なベースロード電源としての役割を果たしていただきたい」と伝えたとコメント。さらに、東北電力に対して「いかなる問題にも対応できるよう、しっかりとこれからも、気を引き締めて対応してもらいたい」と注文をつけた。
女川2号機の再稼働に向けては、新規制の基準にかなっているかの審査が長期にわたって行われた。
女川原発は東日本大震災の震源に最も近い原発だ。震災時、押し寄せた津波の直撃を受けることこそ逃れたものの、1メートルほど地盤沈下し、2号機は原子炉の建屋が浸水。冷却ポンプ室、熱交換器などが水没した。また、電気関係の機器や配管にもトラブルが起き、外部電源の系統の多くも送電線が倒壊したことにより使えなくなった。
一歩間違えば、東京電力福島第一原発のような大事故になった可能性もあるだけに、地域住民の不安は当然といえる。その不安を取り除くためにも、厳しく審査し、安全性を担保することは不可欠だったといえよう。
また、女川2号機は、福島第一原発と同じ「沸騰水型軽水炉(BWR)」と呼ばれるタイプの原発だ。このタイプの原発が震災後に再稼働もするのも初めてとなった。すでに再稼働している原発12基はいずれも、沸騰水型とは異なる「加圧水型軽水炉(PWR)」というタイプとなっている。
沸騰水型は直接、核燃料で水を熱し、そこで生まれる蒸気によってタービンを回して発電する仕組みとなっている。一方、加圧水型は核燃料に触れる水と、蒸気になる水を別の系統に分けている。
沸騰水型のほうが構造がシンプルというメリットがあるが、放射性物質が漏れないよう封じ込めるための格納容器の容積が小さく、加圧水型の10分の1程度にとどまる。福島第一原発のような事故が起きた場合、内部の圧力が高まると格納容器が壊れやすく、放射性物質が外に漏れ出るまでの時間が短いと指摘されている。
安全対策でかかった5700億円の工事費
こうしたことから、沸騰水型の女川2号機を再稼働させるかどうかの審査は、新規制の適合基準にかなうかを調べる項目や対策工事が多くなった。
東北電が規制に安全審査を申請したのは13年12月。合格したのは20年2月だ。その後、地元が再稼働に同意したのは同11月。耐震補強などの工事は24年5月に終わった。かなり長い時間をかけて再稼働にこぎつけたことが分かる。工事に関しては、東北電はこれまで約5700億円をかけて、「延長800メートル」「海面からの高さ約29メートル」の防潮堤をつくるといった対応をしている。
再稼働で期待されるのは、東北電の経営内容が良くなり、いずれ電力料金の値下げにつながる可能性があることだ。
現在、東北電が供給する電力のうち約7割は火力で賄われている。今回再稼働した女川2号機の出力は82万5千キロワット。およそ162万世帯分の電力を賄える計算だ。再稼働したことで、液化天然ガス(LNG)や石炭といった火力の燃料を25年度に年間約600億円削減することができるという。
脱炭素を進めることも期待できる。再稼働により温室効果ガスを年間300万トン削減することが可能という。一般家庭だとおよそ110万世帯分に当たり、宮城県全体の約105万世帯を上回る規模となる。
火力の燃料コスト削減で財務状態が良くなる東北電。もっとも、すぐには電気料金を値下げしない方向だという。
東北電の24年3月期の最終損益は、前年同期の1275億円の赤字から一転、2261億円の黒字となり、過去最高益を記録した。しかし、ロシアによるウクライナ侵攻の影響による燃料費高騰などで自己資本比率が低い状況が続いており、まずは財務基盤をたてなおすことが先決だと考えている。
また、すでに23年6月、再稼働を見越し、標準家庭の電気料金について月150円程度の負担軽減も行っている。東北電の利用者は、少し長期的なスパンで電気料金の値下げを待っていたほうがよさそうだ。
さて、今後焦点となるのは、いま西日本に集中している原発の再稼働を東日本にも広げ、「西高東低」の状態を解消できるかになる。
女川2号機より前に再稼働したのは、関西電力の高浜1~4号機(福井県)、大飯3、4号機(同)、美浜3号機(同)、四国電力の伊方3号機(愛媛県)、九州電力の川内1、2号機(鹿児島県)、玄海3、4号機(佐賀県)の合計12基。いずれも西日本の電力会社の原発だ。
原発再稼働は「電気料金の値下がり」というメリットを利用者に与え始めている。実際、関電や九電の標準的な家庭の電気料金は、東北電や東京電力より2割ほど安くなっている。
西日本では、さらに「先の取り組み」も進む。長期にわたり原発を重要な電源として使っていく態勢が整いつつあるのだ。
原子力規制委員会は10月16日、関電高浜1号機について、50年を超える運転に必要な施設の管理方針などを盛り込んだ「保安規定」の変更を全会一致で認可した。
電力会社は30年を超えて原発を運転したいとき、10年ごとに安全上重要な構造物に関し、劣化についての予測を踏まえた管理方針をつくり、規制委から認可を受けなければならない。今回の認可は、そのルールに沿ったものだ。
関電が管理方針を盛り込んだ保安規定を、規制委に申請したのは23年11月。具体的には60年運転した時点での劣化の状況を予想し、炉の中の部品を交換するといった対策を盛り込んだ。
高浜1号機は1974年に運転を始めた国内で最も長く稼働している原発で、11月14日で運転期間は50年となった。国内の原発で50年超の運転が認められるのは初めてだ。
東電福島第一原発の事故を受けて原子炉等規制法が改正され、原発の運転期間は原則40年、規制委が認めれば、1回限り、最長20年の延長が認められるようになった。高浜1号機は1975年に運転を始めた同2号機とともに、2016年、最長60年までの運転が認められている。
今後8年間で原発比率は4倍に
現在、国内で稼働している原発のうち、運転が始まって40年を超える原発は、高浜1、2号機のほか、関電美浜3号機、九電川内1号機の、合わせて4基。60年運転の先鞭を高浜1号機がつけた格好だ。ほかの運転40年超の原発も長期運転し、長きにわたって電源として使われていくため、電力会社はしっかり安全対策を行い、国民や規制委の信頼を勝ち得ていくことが求められる。
このように、西日本では関電をはじめとして原発の本格利用の議論や動きが着々と進む。果たして東日本でも同じように原発利用が進むのか。
東日本ではすでに東電柏崎刈羽7号機が審査に合格しているが、地元の同意を得られるめどはまだついていない。東日本で原発再稼働が進むのか、先行きは不透明なのが実情だ。
日本国内では今後、ますます原発の果たすべき役割が重要になってくる。
たとえば政府は「エネルギー基本計画」において、30年度時点の電力構成における原子力の割合を20~22%にまで高めるとしている。しかし、22年度時点で原子力の比率はまだ5・5%にすぎない。8年程度でこの比率を4倍程度にまで引き上げる必要がある。
また、燃料費高騰にともなう火力発電のコスト高止まりに加え、生成人工知能(AI)の普及などを背景としたデータセンター急増と電力需要の高まりにより、大量で安価な電力供給がますます求められる。
そのためには原発を最大限利用することが重要になるが、カギを握るのは、東日本の原発をどれだけ多く再稼働させられるかだ。そのための方策を、官民挙げて真剣に考えていく必要がある。