マーケティング人材のニーズが高まるとともに、注目を集めるのがCMO(最高マーケティング責任者)と呼ばれるポジションだ。CMOは、経営戦略に基づいたマーケティング戦略を策定し、顧客体験の向上を主導する。特に、デジタル化が加速し、市場・顧客の動向も激しく移り変わる今、マーケティング戦略をもとに各部署を動かす権限を持つCMOが、会社の成長を牽引する存在になっている。欧米などでは近年、CMO以上に経営者に近い役割を担い、より事業成長に直接コミットするCGO(Chief Growth Officer:最高事業成長責任者)ポジションを設置する企業も増えている。しかし時代の潮流は変わっても、顧客と会社の関係性を俯瞰する、マーケティングスキルを持つ人材の必要性が増していくことに変わりはない。そうしたマーケティング人材の採用トレンドについて、エグゼクティブ層のヘッドハンターとして活動する渡辺紀子氏に聞いた。聞き手=小林千華(雑誌『経済界』2025年6月号より)
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マーケターは会社の顔になる
―― まずはハイドリック・アンド・ストラグルズについて教えてください。
渡辺 ヘッドハンティングサービスでは世界五大ファームのひとつ。1992年に日本に進出して以来、いわゆるCⅹOといったエグゼクティブ層を中心に、企業とのマッチングを手掛けています。
私も日系企業代表として、経営者・CⅹO人材のスカウトを実現させてきました。候補者となる方にメールを打ったり、時には手紙を書いたりしてコンタクトを取り、長いお付き合いの中でキャリア構築をサポートしています。
―― 渡辺さんから見て、企業のマーケティング人材へのニーズはどう変化していると感じますか。
渡辺 日本でも近年、ニーズは増しています。そうした傾向が強まってきたのは、森岡毅さん(刀CEO)のUSJでの実績が注目され始めた頃からなので、ここ10数年くらいでしょうか。
CMO的なポジションを置く企業も特にB2Cの業種、コンシューマーインサイトを重視したりブランディング強化が求められたりするような企業で増えていると思います。
それこそ森岡さんの著書などの影響で、P&G流のマーケティングや人材育成が注目されるようになってから、P&Gをはじめとする外資系企業出身者を自社に呼び込む流れが起きました。キリンビールで「本麒麟」を手掛けた副社長の山形光晴さんも、2015年にP&Gからキリンへ移っていますし、資生堂が魚谷雅彦さん主導でマーケティング改革を開始し、外資系から人材を多く採用したのも14年頃からです。
―― マーケターに企業が求めるのは、どんな資質なのでしょう。
渡辺 資質ももちろんですが、成功体験の有無が重視されますね。実際にマーケティングが強い企業で経験を積んで、優れた実績を残した人材。山形さんもアサヒビール社長の松山一雄さんもP&Gでの実績がありますし、サントリーで「伊右衛門」ブランドを育てたチームの人々も、今は各所で活躍している人が多いと聞きます。
―― 企業側は、優秀な人材を手放したがらないのではないですか。
渡辺 それもあるでしょうが、企業としてもOBが外で活躍することを必ずしもマイナスには捉えない傾向が出てきています。人材の流動性というか、リクルート出身起業家が「元リク」として各所で名を挙げているのと同じように、自社の卒業生が外でも活躍する「生態系」ができることを喜ぶ企業も増えています。
―― マーケティング人材が他に身に付けておくべきことはありますか。
渡辺 マーケターに限った話ではないですが、デジタルには強い方がいいです。今はSNSなどで消費者の声を集めたり情報発信したりする機会も多いですし、分析のツールも日々進化しています。そうした進化に対応できることがこれからのマーケターの必須条件です。
CMOの必須スキルは人を動かすリーダーシップ
―― マーケターからCMO、経営層へのキャリアを目指していくには何が必要でしょうか。
渡辺 CMOは他のCⅹOと比較しても、よりビジョナリーであることが求められるポジションです。例えばアサヒが「スマドリ」を唱えて、社内だけでなくアルコール業界全体に新しい流れをつくった。このように自社の方針を決め、社内外に流れを生み出すのがCMOの仕事です。それに沿って消費者を含む多くの人を動かすのですから、強いリーダーシップが必要になります。
会社によって違いはありますが、基本的にマーケターは、自分でブランドの経営責任を負わないといけないんです。商品ひとつ出すにも、ただコンセプトを考えたり、売るための施策を考えたりするだけではなく、自分でPLを隅々まで読み込んで、生産ラインやサプライチェーンのことまで把握しないといけない。つまりは事業の全貌が見えていないといけません。その意味では経営者と同じ資質が求められます。
ですからB2Bなど、消費者に対するマーケティングを重視することが少ない企業でも、マーケティングスキルは重宝されます。経営企画などで、社内全体を俯瞰して判断できる人材を求めている企業が、結果的にマーケティング人材とマッチングすることもよくありますね。
それに直接消費者と接する業種ではないからこそ、消費者目線を理解・想像できる人材が入ることで一気に伸びるケースもあります。
―― ヘッドハンターとしての経験から、マーケティング人材の採用に悩む企業経営者にメッセージをお願いします。
渡辺 CMOや優秀なマーケターの存在は、「自分もこの人と働きたい」と思う人を惹きつける効果が高いです。マーケターは実績が分かりやすいので、会社の顔として、社内外から見て象徴的な存在になりやすい。著名なマーケターのヒット創出エピソードを聞いて、「私もこの人と一緒に働きたい」と考える人も多いはずです。経営者の方々には、ぜひそうした面からも、自社でのマーケティング人材の必要性について考えてみていただきたいです。