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「大国」だけのものじゃない宇宙を目指す次の主役たち 井上榛香 宇宙ライター

井上榛香(提供画像)

かつて宇宙開発といえば、アメリカやロシアといった「宇宙大国」が、国家の威信をかけて臨む事業だった。しかし、宇宙ライターの井上榛香氏は、現代の宇宙開発は「宇宙大国だけのものではなくなった」と語る。世界の宇宙ビジネスの現状をひも解いた。(雑誌『経済界』2025年8月号より)

井上榛香 宇宙ライターのプロフィール

井上榛香(提供画像)
井上榛香 宇宙ライター(提供画像)
いのうえ・はるか 1994年、福岡県生まれ。小惑星探査機「はやぶさ」の活躍を知り、宇宙開発に関心を持つ。学生時代はウクライナ・キーウに留学し、国際法を専攻。現在は宇宙開発や宇宙ビジネスを専門に、取材・執筆活動を行う。

大阪・関西万博に見る 宇宙へ乗り出す国々の姿

 1970年に開催された大阪万博では、アポロ計画で宇宙飛行士が持ち帰った「月の石」を一目見ようと米国館に長い行列ができたという。私(=筆者)が生まれる以前の出来事だが、当時の盛り上がりをテレビや本で知り、「万博といえば宇宙」というイメージを抱いた。そして、宇宙開発を専門に取材・執筆活動をしている私は、今年20年ぶりに日本で開催された万博を取材する機会を得た。

 取材をしてみて驚いたのは、米国館だけでなく、多くのパビリオンで宇宙に関わる展示があったことだ。インド館は月面無人探査機の模型、サウジアラビア館は同国の宇宙飛行士が使用した宇宙服のヘルメットの展示、アラブ首長国連邦(UAE)館は宇宙探査の取り組みの紹介などがあった。宇宙開発は、宇宙大国だけのものではなくなり、多くの国へ門戸が開かれたことを実感した。さらに今回の万博の目玉の一つは、中国館に展示されている2024年に人類史上初めて採取に成功した「月の裏側の砂」だった。米国もまだ成し遂げていない偉業をアピールしようとしているのである。中国館には長蛇の列ができており、私は見学できないままだった。ぜひ日を改めて万博に月の裏側の砂を見に行きたいと思っている。

 そんな中国は、1950年代後半にロケットの開発を始め、70年に衛星の打ち上げを初めて成功させた。文化大革命が終息し、80年代に入ると、先端技術の獲得を目指す「国家ハイテク研究発展計画(通称863計画)」が始まった。航空宇宙技術は重点分野の一つに位置付けられ、有人宇宙飛行の実現と宇宙ステーションの建設を行うことが決まった。99年に宇宙船「神舟」の打ち上げが始まり、中国は着々と実績を重ねていく。2003年には楊利偉宇宙飛行士を乗せた神舟5号の打ち上げおよび帰還に成功。同国初の有人宇宙飛行を実現させた。そして、11年と16年に宇宙ステーションの試験機を打ち上げ、ついに22年には宇宙ステーションを完成させた。

 さらに中国は、並行して月探査を行う「嫦娥計画」を03年に開始。13年に打ち上げられた探査機「嫦娥3号」は、米国とロシアに次いで3カ国目となる月面着陸に成功した。その後も中国の勢いは衰えることなく、16年には、月面に研究拠点を建設する構想を発表した。米国やロシアの過去の取り組みをなぞっているかのように見えていた中国だったが、ついに米国を追い越すことが現実味を帯びてきたのだ。

 こうした状況のなか、米国では第1次ドナルド・トランプ政権下の17年、当時のマイク・ペンス副大統領は、米国がスプートニクショックのときのように後れを取っていることを説明し、米国が再び宇宙分野でリーダーシップを取ることを宣言。アポロ計画ぶりとなる有人月面着陸や火星以遠に宇宙飛行士を送ることを目指す「アルテミス計画」の実施につながった。アルテミス計画に向けて、日本のispaceのように科学実験装置や物資を着陸船に積載して月面へと輸送する月面輸送ビジネスや現地での生活を見据えたビジネスが世界中で登場している。

 なお、第2次トランプ政権に移行してからは、中国より先に米国の宇宙飛行士を再び月に送り、さらには火星に人類を送り込むという目標のもと、優先順位の低い研究開発を削減したい意向が顕著に表れている。

宇宙でも存在感増す中国 スタートアップも躍進

 中国の存在感は、宇宙ビジネスの文脈においても増している。そもそも中国で、民間企業による宇宙ビジネス参入が解禁されたのは14年のことだ。以来、中国では民間による宇宙ビジネス参入や宇宙スタートアップの創業が相次ぎ、22年時点ですでに430社を超える宇宙企業が存在する。ここで特に目立っている中国のロケット企業を3社紹介したい。

 iSpace(星际荣耀、※月面探査のispaceは「s」が小文字、ロケット打ち上げのiSpaceは「S」が大文字)は19年、中国の民間企業として初めてペイロードの軌道投入を成功させた。同社はこれまでに小型ロケットを7回打ち上げ、そのうちの3回は成功している。

 iSpaceに次いで20年に軌道投入を成功させたGalactic Energy(星河动力)は、これまでに小型ロケットを20回打ち上げ、そのうち19回成功させている。23年には同国の民間企業としては初となる洋上からの打ち上げを成功させた。洋上からの発射は、発射地点の選択肢が広がり、軌道投入の柔軟性が増すという利点がある。

 続いて、清華大学発ベンチャーのLandSpace(藍箭航天)は、世界で初めて液体酸素とメタンを燃料とするロケットを打ち上げ、軌道投入を成功させた。メタン燃料はエンジンを痛めにくく再使用性に優れているほか、従来の液体水素に比べて扱いやすい、ケロシンよりも燃焼効率が良い等の利点があり、次世代のロケット燃料として注目されている。世界ではSpaceXやBlue Origin、日本においても複数のロケットベンチャーがメタン燃料を使用するロケットの開発に挑戦している。そのようななか、LandSpaceは世界に先駆けてメタン燃料を使用したロケットの開発に成功したのだ。

 24年、世界のロケット打ち上げは過去最多の259回を記録したが、中国は民間企業の躍進もあり、米国の141回に次ぐ68回の打ち上げを実施した。もはや中国のロケット企業は、宇宙ビジネスを語るうえで無視できない存在となった。さらに、中国政府と国有企業が南部の海南島に民間向けのスペースポート(発射場)を整備した。いち民間企業がスペースポートを建設する場所を確保することは簡単ではなく、多額の費用もかかるため、新興企業にとっては大きな負担となる。しかし、政府が中心となってスペースポートを整備し、民間に解放することで、企業の成長を促し、打ち上げ機会の増加を図ることができるというわけだ。

 こうしたスペースポートの民間解放は米国や欧州などでも行われている。宇宙ビジネスの基盤であるロケットの打ち上げが増えていくことで、通信やリモートセンシングなど多様な衛星の打ち上げにつながり、その先の衛星利用ビジネスも進むだろう。

 宇宙ビジネスの熱は世界各地に波及している。アジア・太平洋地域では、インド、オーストラリア、韓国、シンガポールが宇宙ビジネスに注力している様子がうかがえる。特にインドでは、衛星ベンチャーや小型ロケットの開発企業が頭角を現している。さらに、19年時点で宇宙関連企業は11社だったのが24年には400社にまで増加したという。

 日本においても宇宙戦略基金や中小企業イノベーション創出推進事業(SBIRフェーズ3)など、政府による本格的な宇宙ビジネス支援が始まり、宇宙ビジネスに参入するには絶好のタイミングと言える。

 宇宙ビジネスと一言で言っても、ロケット開発、スペースポート、衛星、有人宇宙飛行など多岐にわたり、さまざまな業種と接点を持つ。自社のビジネスと掛け合わせることで、新たに宇宙分野への参入を検討する余地があるのではないだろうか。ぜひ考えてみていただきたい。(談)