(雑誌『経済界』2025年11月号より)
袰川咲栄 やんかわ商店のプロフィール

テレビ番組制作の現場は、常に「変化」とともに歩んできました。地上波しかなかった時代から、BS・CSの多チャンネル化、そして今やネット配信やSNSの時代へ。けれども、変化のスピードがここまで速くなると、私たち制作会社の立ち位置も、これまで以上に問われているのを実感します。
まず直面するのは、「会社経営」と「番組制作」という2つの難しさです。多くのクリエーターは「良い番組をつくりたい」という情熱で走っていますので帰属意識が低いです。一方、会社としては組織を持つ以上、社員が安心して働ける環境を整えることも欠かせません。デジタル化された制作環境は便利ですが、誰かの「帰る場所」にはなりません。だからこそ私たちは、制作会社にリビングのような暖かさを持たせ、帰属意識を育てようと努めています。
人材育成そのものも、大きな課題です。アシスタントディレクターからディレクター、そして演出家へと成長するプロセスは、外からは見えにくいものです。しかし、番組の本当の「編集権」、つまりどこを切り取り、何を視聴者に伝えるのかを決めるのは演出家です。今、その担い手が業界全体で不足しています。理由は単純で、過酷な労働環境や低賃金に耐えられず、多くの若者が辞めてしまうからです。かつては「テレビは修行の場」と言われ、廊下で寝泊まりすることも当たり前でした。けれども、今の若者は違います。週休二日や働き方改革を無視しては、人はついてきません。だからこそ私たちは、労務管理を整え、教育体制を充実させ、演出家を計画的に育てる仕組みをつくっています。
一方で、テレビ局と制作会社の関係は依然として歪なままです。日本では番組の著作権や版権は局が持ち、制作会社には残りません。アメリカや韓国のように制作会社自身が権利を持ち、タレントやスタッフとともに作品を武器に世界へ発信する仕組みがないのです。その結果、日本のドラマやバラエティは国際競争で後れを取りました。局の庇護の下にいる限り、私たちはいつまで経っても「下請け」でしかなく、自ら挑戦することが難しいのが現状です。
けれども、悲観してばかりはいられません。環境の変化はいつも新しい働き方や技術革新をもたらしてきました。家庭用カメラがテレビに使われたときも「革命」でしたし、今のデジタル化やAI編集も同じく大きな転換点です。効率化は脅威であると同時に、表現を広げるチャンスでもあります。
私たちが大切にしているのは、「番組制作は情報を届ける仕事ではなく、人生に彩りを加え豊かにする仕事だ」という視点です。視聴率や再生回数に追われて本質を見失ってしまえば、どれだけ効率的につくっても意味がありません。
テレビは「オワコン」と言われることもありますが、実際には人々は「見たい時に選ぶ」文化を手に入れただけです。むしろ動画プラットフォームの拡大で仕事は増えており、視聴者も目が肥え、公共の電波で放映できるレベルのテレビ番組制作の技術力は価値を増しています。
これからの課題は、そのスキルを持った人材をどう持続的に育てていくかです。変化を恐れるのではなく、しなやかに受け止めて次の可能性へと橋をかけること。それが、今の私たち制作会社に託された大切な使命だと思っています。

