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「家電の王様」の地位から転落 メーカーが夢見るテレビの可能性

「世界の亀山モデル」を生産していたシャープ亀山第一工場

テレビはかつて、「家電の王様」と言われていた。家電メーカーにとって、テレビ事業は花形であり、ブランドの顔でもあった。しかし今では、課題事業の筆頭に位置づけられ、テレビの役割も大きく変わろうとしている。その変遷を追った。文=ジャーナリスト/大河原克行(雑誌『経済界』2025年11月号より)

テレビの販売台数はピークの5分の1に

「世界の亀山モデル」を生産していたシャープ亀山第一工場
「世界の亀山モデル」を生産していたシャープ亀山第一工場

 1950年代の日本の高度成長期に、白黒テレビは、冷蔵庫、洗濯機と並んで「三種の神器」と呼ばれ、庶民にとっては憧れの製品に位置づけられた。また、60年代のいざなぎ景気では、カラーテレビ、クーラー、カー(自動車)が「新・三種の神器」とされ、その頭文字から「3C」ともいわれた。日本が経済成長を遂げるなかで、テレビは豊かさの象徴であり、また、テレビ視聴という娯楽の広がりとともに、家庭に広く普及していったのである。

 お茶の間に1台だったテレビは、低価格化が進んだこともあり、1部屋1台の需要を創出したほか、ビデオデッキとの連携によって、視聴機会を拡大。さらに、白黒からカラーへ、ブラウン管から液晶、プラズマ、有機ELへと、表示技術が進化し、薄型化や大型化も進展。こうした技術発展もテレビの普及を後押しした。

 2011年7月の地上デジタル放送への完全移行時には、アナログテレビからの買い替えが進んだことで、国内のテレビ出荷台数は過去最大となる年間2519万台(10年)に達している。

 だが、その後、テレビの出荷台数は減少の一途を辿り、24年の出荷台数は449万台にとどまっている。コロナ禍の巣ごもり需要期においても、テレビの出荷台数は500万台を超えた水準に落ち着いていた。

 テレビの出荷台数が減少した要因には、スマホの普及やネット配信サービスの広がりを背景にした若者のテレビ離れが指摘されている。テレビが「家電の王様」と言われた時代は、すでに昔だ。

家電メーカーにとってテレビはブランドの象徴

 家電メーカーが、テレビ事業に注力してきた背景には、いくつかの理由がある。

 ひとつは、テレビの中核となるブラウン管や液晶、プラズマなどに、日本のメーカーの技術が活用でき、それが差別化になっていた点だ。

 ブラウン管は、ソニーやパナソニック、東芝、三菱電機などが自ら生産。液晶はシャープやパナソニック、日立などが自ら生産を行っていた経緯があり、画質の技術的進化だけでなく、耐久性やコスト競争力、安定供給力といった点でも優位性を発揮できた。日本の技術が生かされた部分ともいえるだろう。

 もうひとつの理由は、ブランド戦略としての位置づけだ。テレビは、家族が最も集まるお茶の間(リビング)の中心部に設置されることが多く、しかも注視する使い方をする家電である。ブランド名が自然と目に入る。日常的にブランドを意識させるという意味でも効果は絶大だ。これも、家電メーカー各社がテレビ事業に力を入れた大きな理由のひとつだった。

 しかし、「技術で勝っても、ビジネスで負ける」という日本企業の悪しき慣習は、テレビ事業も同じだ。

 その最たる例が液晶だ。

 液晶テレビをリードしたのが、「世界の亀山モデル」のキャッチフレーズで話題を集めたシャープだ。1998年に「2005年までに国内で販売するすべてのテレビを液晶化する」と宣言し、01年1月に、液晶テレビ「AQUOS」を市場投入。04年の三重県・亀山市の亀山工場の稼働に続き、06年には亀山第2工場を稼働させ、液晶パネルの増産体制を敷いた。さらに、09年は大阪府堺市に堺工場を新たに稼働。大型液晶パネルの生産を開始して、世界需要にも対応できる生産体制を整えた。

 だが、シャープのもくろみは、突然の逆風によって崩れた。08年のリーマンショックの影響を受け、世界的にテレビ需要が低迷。さらに円高/ウォン安の状況が、韓国メーカーの液晶テレビに大きな追い風となり、世界市場における価格競争力でも差をつけられる結果となったのだ。

 当時、シャープ幹部が、「技術で差をつけても、価格で負ける」と悔しそうに呟いていたことを思い出す。

 さらに、液晶はコモディティ化が進展し、技術的な差異化も難しくなってきた点も見逃せない。視野角や応答速度の改善、大型化や薄型化といった技術競争が中心となっていた時期には、自らパネルを開発、生産することで、商品にもいち早く反映でき、テレビの競争優位性につながっていた。AQUOSが高い評価を得ていたのも、液晶パネル開発での技術的優位性が発揮できたからだ。だが、技術競争が一段落したことで、自社生産のメリットが薄くなってきた。むしろ、稼働率が上がらない大型工場の存在は、シャープの経営の屋台骨を揺るがす結果となってしまったのである。

 結果として、シャープは、堺工場を閉鎖し、ソフトバンクとKDDIに売却してAIデータセンターへと転換するほか、亀山第一工場は車載パネル専用工場として活用し、亀山第二工場は、26年までに鴻海に売却することを発表している。

 言い換えれば、シャープは、テレビ用液晶パネルは自社生産しないことを宣言したことになる。

 同じような「黒歴史」ともいえる動きは、パナソニックのプラズマテレビでも見られている。

 いまのテレビ事業の競争軸は、パネルではない。

 その体制づくりで先行したのがソニーである。ブラウン管では、トリニトロンによって圧倒的な優位性を発揮したソニーのテレビ事業は、液晶では、一時的には韓国サムスンと液晶パネル生産の合弁会社を設立したり、シャープの堺工場への出資を検討したりといったこともあったが、パネルは外部調達を基本としてきた。差別化点は、専用プロセッサを活用した画像信号処理技術やバックライト制御技術の採用、音響技術での差異化のほか、Android TV(現在はGoogle TV)をいち早く搭載し、ネットへの対応や操作性の向上につなげた点だ。

 パナソニックも、ここにきて同じ路線を歩み始めている。

 自社パネルの生産からはすでに撤退し、外部から調達。カスタムLSIも自社で設計はしているものの、自社生産は行っていない。また、AmazonのFire TVをOSとして採用。さらに、下位モデルについては、すでに海外のODM/OEMメーカーから調達し、自社の技術や生産ですべて賄う体制からはすでに脱却している。

 テレビメーカーにとって、もうひとつの大きな変化は、テレビ事業は、もはやコア事業ではなくなっているという点だ。

 例えば、パナソニックグループでは、テレビ事業を「課題事業」に位置づけている。

 成長が見通せず、ROIC(投資資本利益率)がWACC(加重平均資本コスト)を下回っているのが同社の課題事業の定義であり、テレビ事業を含む4つの事業が該当する。いずれも25年度中に方向づけを行い、26年度までに整理を完了する予定だ。

 課題事業に対しては、事業をカーブアウトする方法、事業全体を終息する方法、一部事業をカーブアウトしたり終息したりし、それに伴い商品ラインアップや地域戦略を見直す方法が考えられる。

 現時点では、テレビ事業の方向性について明確にはしていないが、国内テレビ事業や、台湾などの海外一部地域での事業は継続しながらも、世界戦略の見直しに乗り出すことが想定される。

 パナソニックホールディングスの楠見雄規グループCEOは「スマートライフ領域全体で見た場合、テレビは重要な商材になる。パナソニックのテレビを使っている方々は、パナソニックからの継続的なサポートを期待し、その信頼のもとで、さまざまな家電を購入してもらっている。家電全体としての強みを維持するためのツールとしてのテレビは必要である。パナソニックらしいテレビを届けながら、サービスを継続する必要性があると認識している」と語る。

 とはいえ、赤字のままではテレビ事業は維持できない。大胆な構造改革により、アセットライト化を進めて、事業を継続することになる。

 ソニーも、テレビ事業を「構造変革・変革」事業に位置づけている。

 ソニーの槙公雄社長兼CEOは、「テレビ事業は規模を膨らませることなく、収益水準を中心にしたオペレーションを行う。生産規模も追わず、事業所の再編も進め、変化に対するリスクコントロールをしっかりと行っていくことが基本戦略になる」と述べる。

 モノづくりについても、クリエーションシフトを打ち出すソニーらしく、シネマクリエーターの制作意図を再現することをテーマに開発を進めており、付加価値戦略を軸に展開していく。

 一方、シャープも、「テレビは、家のなかにある大きなディスプレーであり、テレビ事業をしっかりとやることが大切になる。だが、海外テレビ事業については、戦えるところと、戦えないところを見極めて、人員をシフトし、テレビの新たな用途や、ソリューションの開発に振りむける」(シャープの沖津雅浩社長CEO)と、構造改革を進める考えを示している。

 その一方で、日立グローバルライフソリューションズや、三菱電機は、テレビ事業からはすでに撤退。日立系列の地域専門店では、ソニーブランドのテレビを販売している。

 シャープが台湾の鴻海グループの資本傘下にあり、東芝のテレビ事業の流れを汲むTVS REGZAは中国ハイセンスグループの1社だ。純国産の大手テレビメーカーは、いまやソニーとパナソニックだけだといえる。

メーカーが模索する新たな時代のテレビ

 各社が模索しているのが、新たな時代のテレビである。

 博報堂メディア環境研究所のメディア総接触時間調査によると、25年のテレビへの接触時間は122・1分と過去最低になり、10年の172・8分からは約3割も減少している。それに対して、スマホへの接触時間は年々拡大しており、22年にテレビを抜いてから接触時間が最も長いメディアとなり、25年は165・1分に達している。

 また、テレビの利用時間のうち、リアルタイムでの視聴は40・2%であり、録画や見逃し視聴によるタイムシフトは23・8%、ネット配信は21・3%となる。さらに、テレビのネット接続率はすでに6割を超えているという結果も出ている。

 こうした変化に、テレビメーカーは危機感を募らせている。

 シャープは、2025年度のテレビ事業において、「エンタメおまかせAQUOS」を打ち出し、あらゆるエンターテイメントを楽しむためのデバイスとして、テレビを位置づけている。ネットブラウジングに最適化した機能や、ゲームをプレイしやすい機能を強化。さらに、次の進化として、大画面とAIを組み合わせて、自然な会話で相談しながら最適なエクササイズを行うといった活用を提案する考えだ。

 その一方で、TVS REGZAでは、リモコンを使用して、ネット配信などのコンテンツを楽しむ「前のめり」姿勢での視聴スタイルではなく、リラックスして、コンテンツに没入するというテレビ本来の視聴スタイルの回帰にこだわり、AIを活用してリラックスしながら視聴できる環境づくりに向けた新たな提案を進めている。

 テレビは変わらなくてはならないというのが各社に共通した見方だが、試行錯誤の姿は見られるものの、その答えはまだ出ていない。