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「給料では目立たなくていい」サイボウズの働き方改革の考え方

サイボウズ社長 青野慶久

「100人100通りの働き方」で知られるサイボウズは20年前から働き方改革に力を注いできた。しかし、2024年にはこの言葉を封印した。その背景に何があったのが。そして働くうえでの給料の位置づけをどのように考えているのか。青野慶久社長に聞いた。聞き手=関 慎夫(雑誌『経済界』2026年1月号より)

青野慶久 サイボウズのプロフィール

サイボウズ社長 青野慶久
サイボウズ社長 青野慶久
あおの・よしひさ 1971年愛媛県今治市生まれ。 94年大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現パナソニック)入社。97年愛媛県松山市でサイボウズを設立、取締役就任。 2005年4月社長に就任した。

「100人100通りの働き方」をやめた理由

―― サイボウズといえば社員の働き方の先進企業ですが、高市早苗首相が語った「働いて働いて働いて」や「ワークライフバランスを捨てる」という言葉をどう聞きましたか。

青野 高市首相なりの全力で職務に取り組むという決意表明なのでしょうが、「ワークライフバランスを捨てる」というのは少し違うかな、と思います。どうも首相はワークライフバランスとは、仕事と趣味・余暇のバランスと受け止めているようです。本来のワークライフバランスは「仕事と生活の調和」という意味です。過労死や長時間労働でうつになったりするのはその調和が取れていないということです。でも今のところ高市首相はとてもお元気のように思います。その意味でワークライフバランスは取れているのではないかと。もっともこの発言がワークライフバランスとは何かを考えるきっかけになればいいとは思っています。

―― 多くの経営者が、社員の働き方に対する考え方がばらばらで、対応するのは難しいと語っています。

青野 本当に多様化しています。その分マネジメントは大変です。でも多様な個性を生かすようにマネジメントできれば、手間をかける以上のリターンが取れると思っています。その意味でマネジメントはコストではなく、投資であるという考え方でやっています。

―― 人的資源経営が広まったことで、コストではなく投資という考え方は一般化しました。しかしサイボウズでは以前から、働き方改革を進めてきました。

青野 サイボウズは1997年設立ですが、それからしばらくは今でいうブラック企業でした。社員はみな午後10時頃まで残業していました。成長するにはそれしかないと信じていました。ところがその結果、2005年には離職率が28%まで上がってしまった。その時に社員が辞めない会社にしなければと思い、社員のわがままを聞いてみようと思ったのがきっかけです。そうしたところ、予想以上にリターンが大きく、離職率も大きく下がった。だから続けてくることができました。

―― リターンとは、社員が辞めなくなり採用コストが下がって全体の収益が改善したという意味ですか。

青野 採用コストもありますが、それ以上に社員一人一人のリターンが大きくなりました。例えば副業を認めたところ、副業先でサイボウズ製品を導入してくれた、あるいは副業先の人脈を持って帰ってくれた、そんなケースが相次ぎました。これだけのリターンがあるのだから、これはコストではなく投資です。

―― そこから生まれたのがサイボウズの代名詞ともなっていた「100人100通りの働き方」だと思うのですが、2024年にこの言葉を使わなくしています。なぜですか。

青野 05年以降、社員の多様な個性に合わせた働き方を模索し、職種の選び方などいろいろな制度をつくってきました。その頃を知っているメンバーは、サイボウズがこうした制度を導入したのが、社員の個性とチームの生産性を両立するためだということを分かっています。ところが最近入ってきた社員の中には、サイボウズで働けば、いろんなわがままを聞いてくれるんだ、と受け止めている人もいる。ある意味、100人100通りの働き方の弊害が出てきたので見直すことにしたわけです。

 それに代わる言葉は「100人100通りのマッチング」です。社員の希望はできるだけ叶えたい。でも社員のわがままがあるのと同じように、チームには生産性を上げたいというわがままがある。その2つのわがままがマッチングできるのであれば認めましょうということです。そうなれば社員にもチームにもリターンがある。それを社員に周知するために、言葉を変えました。

―― 呼び方を変えて1年がたちました。何が変わりましたか。

青野 マネージャーの姿勢には変化を感じています。マネージャーはこれまで100人100通りの働き方に向き合っていました。でもその結果、社員から上がってくるわがままを実現することばかり考えるようになってしまっていた。でも言葉を変えたことで、マネージャーもチームのためにわがままを言わなければいけないことを明確にしました。自分のチームをどのようにしたいか、どうやって生産性を高めるか、そのためにメンバーにはこういう仕事をしてほしい、そのためにはこんな働き方が望ましい、ということを伝えてもらう。このマネージャー側のわがままと、メンバー側のわがままを両立するところを探していく。その認識はかなり高まったと感じています。

―― サイボウズで働けば、わがままが通ると思ってきた社員にとっては、労働条件の改悪と映るかもしれません。影響は出ていませんか。

青野 24年度の離職率は上がりました。過去10年、おおむね5%を切っていたのですが、それが6・9%になりました。増えたのには100人100通りの働き方を変えた影響もあると思います。でも25年度は恐らく5%を切りますから定常状態に戻ると考えています。

初任給40万円にはタッチしていない

―― 給料をどう考えていますか。

青野 給与の基本方針は市場性を考慮するということです。チームへの貢献度に加え、世の中の一般的な金額を見ながらつけますよ、ということです。Aさんのスキルと実績なら市場価値はどのくらいになるか。それに見合った給料を払う。ですから給料の高い低いでは目立たない会社でいいと考えています。

 ただし、今の時代、新卒採用が厳しくなっています。そこでサイボウズでも27年の新卒の採用からは、ビジネス系職種で月額40万円、想定ボーナスを含めて年収540万円、エンジニアに対してはさらに高くすることにしています。

―― 青野さんの大号令のもと、給料アップを決めたのですか。

青野 僕は関与していません。人事本部ですべて決めています。僕が言ったのはオープンなところで議論してほしいということだけです。当初人事本部は40万円までは考えていなかったようです。ところが各本部からもっと攻めてほしいと言われ、この金額に落ち着きました。僕はそれを横目で眺めていました。

 100人100通りのマッチングにしてもそうです。最初マネージャーから改善を求める声が人事本部に上がってきて、そこからいろんな意見を聞いてまとめました。僕はほぼ議論に参加していない。

―― 100人100通りの働き方は青野さんが決めたことです。創業者の決めたことを創業者以外の人たちが変えたのですか。

青野 サイボウズには「理念を石碑に刻むな」という言葉があります。企業理念であってもアップデートしていく。それが社員に共有されているということだと思います。