陸上男子400メートルリレー快挙の理由―バトンパスの技術革新
金12個、銀8個、銅21個。
リオデジャネイロ五輪の戦果は、4年後の東京五輪に向け、はずみをつけるものだった。
その中で、多くの関係者に「あのメダルが一番価値がある」と言わしめたのが、陸上男子400メートルリレーの銀メダルだ。
決勝で叩き出した37秒60はアジア記録。国別ではジャマイカ、米国に次ぐ世界歴代3位だった。
オリンピックでの陸上トラック種目での銀は、1928年アムステルダム五輪の人見絹枝(800メートル)にまで遡らなければならない。止まっていた時計を動かしただけでも快挙の名に値する。
大仕事をやってのけた4人とは一走・山縣亮太、二走・飯塚翔太、三走・桐生祥秀、アンカー・ケンブリッジ飛鳥。
この4人の自己ベスト(レース前)は山縣10秒05、飯塚10秒22、桐生10秒01、ケンブリッジ10秒10。9秒台はひとりもいない。
これが金メダルのジャマイカだとこうなる。
一走アサファ・パウエル9秒72、二走ヨハン・ブレーク9秒69、三走ニッケル・アシュミード9秒90、アンカー・ウサイン・ボルト9秒58。
3番目にゴールしたが、のちに失格となった米国も4人全員が9秒台だ。
一走マイク・ロジャース9秒85、二走ジャスティン・ガトリン9秒74、三走タイソン・ゲイ9秒69、アンカー・トレイボン・ブロメル9秒84。
「日本の五輪史上最強」と呼ばれた今回のチームだが、それでも「ジャマイカ、米国に勝つのは難しい。銅メダルなら万々歳」(日本陸連関係者)というのが多くの関係者の見立てだった。
日本はこの種目、8年前の北京大会でも銅メダルを獲っている。
しかし、あの時は米国や英国をはじめ有力チームが続々と失格するなど、運にも恵まれた。「選挙で言えば“繰り上げ当選”」と苦笑を浮かべる者もいた。
今回は実力で表彰台に――。それが選手やコーチ陣の目標だった。
銀メダル獲得の背景に、バトンパスの技術革新があったことは広く知られている。
バトンをもらう選手が掌を下に向け、渡す選手が下から上にねじ込む「アンダーハンドパス」は、今や日本のお家芸といっていい。
日本陸連の苅部俊二オリンピック強化コーチは「今までよりも人と人の距離を広げた」と語っていた。
陸上男子400メートルリレー快挙の理由―三走の能力向上
苅部によると2パターン用意していたのだという。
一走はスタートのうまい選手、二走は走力のある選手、三走はコーナリングの巧みな選手、四走は走力に加えて勝負強い選手――というのが400メートルリレーのセオリーだが、刈部に言わせると、そう単純なものではないらしい。
「キーマンをひとりあげるとすれば三走の桐生でした」
そう前置きして、刈部は振り返った。
「三走は非常にテクニックがいるんです。コーナーを走らなければいけませんから。遠心力によって(外に)振られてはいけない。
バトンを受け取るのも難しい。二走は(バトンゾーンに)やってきて、そのまま渡そうとする。
ちょっと出遅れるとバトンを受け取るタイミングを間違えてしまう。逆にそれを警戒して早く出過ぎてもダメ。二走のスピードに対応できる選手じゃなければ三走は務まらないんです」
桐生が飯塚からバトンを受け取った時、ジャマイカの三走アシュミードは既にバトンを受け取って走り出していた。
ところが桐生がアンカーのケンブリッジにバトンを渡した時、まだアシュミードはアンカーのボルトにバトンを渡していなかった。
横目でボルトがケンブリッジの姿をちらっと追うシーンは、このレースのハイライトである。
もし400メートルリレーが直進するだけのレースなら、恐らく持ちタイムどおりの結果になるだろう。
しかしトラックレースである以上、コーナリングがあり、バトンパスは曲線上で行われる。そこに日本がつけ込む余地があるのだ。
――東京で日本が金メダルを獲るには?
そう質すと、苅部は「やはり三走がキーマン。ここを担当する選手の能力を、どれだけ引き上げることができるか」を条件にあげた。
言うまでもなく五輪史上、トラック種目で表彰台の真ん中に立った日本人選手はひとりもいない。
苅部の話を聞いていて、歴史が変わる瞬間が確実に近づいていることを強く感じた。
(文中敬称略)
(にのみや・せいじゅん)1960年愛媛県生まれ。スポーツ紙、流通紙記者を経て、スポーツジャーナリストとして独立。『勝者の思考法』『スポーツ名勝負物語』『天才たちのプロ野球』『プロ野球の職人たち』『プロ野球「衝撃の昭和史」』など著書多数。HP「スポーツコミュニケーションズ」が連日更新中。最新刊は『広島カープ最強のベストナイン』。
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