インターネット金融の世界にガリバーとして君臨するSBI。当初は証券業からのスタートだったが、今では銀行、保険にも領域を広げ、それぞれの分野で急成長を続けている。それを可能としたのが、「企業生態系」なる概念だ。それがいかなるものなのか。創業から20年にわたりSBIを牽引してきた北尾吉孝社長に話を聞いた。 〔聞き手/関 慎夫、撮影/市川文雄〕
北尾吉孝・SBIホールディングス社長プロフィール
SBIグループの経営戦略
創業時に定めた2つの経営戦略
―― 2019年、SBIは設立20周年を迎えます。わずか55人で始めた会社が、今では6000人を超え、オンライン証券やインターネット専業銀行として圧倒的トップに立っています。なぜ、これだけの成長が可能だったのですか。
北尾 戦略が全てです。もし戦略が間違っていたら、羅針盤が壊れているのと同じで、正しい方向に進むことはできません。時流に乗り、正しい戦略を確実に具現化してきたことが、成長軌道に乗る上で大きな貢献をしたということです。
―― 20年前にどのような戦略を立てたのですか。
北尾 当時、2大潮流が起きていました。一つはインターネットでもう一つは金融規制緩和です。僕がまだソフトバンクにいる頃、インターネットの波がやってきました。その時にインターネットと金融の親和性の高さに気づいたのです。金融とはもともと情報産業です。そうであるならばインターネットと結びつくことで変革が起きると確信し、金融サービス事業への進出を決意しました。
インターネットの最大の武器は爆発的な価格破壊力です。ただし、そのためには手数料が自由化されていなければなりません。ちょうどそのタイミングで、橋本龍太郎内閣が日本版ビッグバンを打ち出したのです。
アメリカでは20年前、イギリスでも10年前に始まった株式売買委託手数料の完全自由化が、ようやく始まろうとしていた。つまりインターネット革命と規制緩和の2大潮流が同時に起きた。この潮流にうまく乗ろうと考えました。
その潮流に乗るためにはどのような体制をつくるべきなのか。インターネットが普及することで世の中がどう変化するかを考えた結果、情報を取得する手間暇やコストが大きく下がると予測しました。それまでは情報を収集するのに膨大な時間と費用が必要でした。
それがインターネットの普及によって誰もが費用をかけないで簡単に情報収集ができるようになれば、今までベンダー側にあった力が顧客側に移っていく。つまり消費者主権の時代になっていく。
ならば中心に据えるべき戦略は顧客中心主義です。何をすればお客さまが一番喜ぶかといえば、せっかく手数料が自由化されたのなら、できるだけ安くすることだと考えたのです。
一方、金融業の本質についてもあらためて考えました。金融業は、法律上、銀行、証券、保険などに分かれていますが、実際には自分の資産を、その時のリスクとリターンの大小によって、今は定期預金を増やそう、今度は株式投資を厚くしようというふうにポートフォリオを組み替えているにすぎません。
しかもインターネットによってお金の移動コストは劇的に下がる。そうなれば銀行や証券、保険の垣根がなくなり、お金を自由に行き来させることが可能になる。そこから、銀行、証券、保険などのサービスを全て手掛ける金融の企業生態系の発想が生まれました。
この顧客中心主義と金融の企業生態系の構築といった戦略が、ずばり当たったということです。
企業生態系がもたらす相互進化と相互シナジー
―― SBIの金融サービスは最初、証券業から始まりましたが、その時から銀行や保険など幅広い金融サービスを提供する生態系の構想を持っていたのですか。
北尾 ちょうどその頃、「複雑系の科学」がポピュラーになっていました。複雑系には2つの命題があって、一つは「全体は部分の総和以上である」、もう一つが「全体には部分にない新しい性質がある」というものです。
これを是とするなら、いろんな金融サービスを提供する会社をつくって生態系とすることで、1社の時とは違う強い性質を得ることができ、1+1を3や5にできると考えたのです。
そのためには、会社を次々に設立しなければなりません。それも短期間に。そこで会社を立ち上げたらすぐに収益化し、IPOで資金を得る。その資金で次の会社をつくる、ということを繰り返してきました。
しかも株式を新規公開するだけでなく、必要に応じて市場から買い戻しました。今では連結子会社が209社、持分法適用会社が36社となり、グループ会社は計245社の巨大グループとなっています。(18年9月末時点)
生態系の特徴は、それを構成するそれぞれの会社が相互進化し、相互にシナジーを与え合うことです。しかも同じ金融業に属しているため、お客さまは株を売った資金を銀行口座に置いて、マーケットの状況を見て別の株を買う、ということがシームレスでできる。これが我々の強みであり、インターネット金融で圧倒的な存在となった理由です。
インターネットの世界ではどんなビジネスでも「Winner takes all」です。なぜなら圧倒的に多くのお客さまを獲得した場合、次の顧客獲得コストが大幅に下がっていく。そしてお客さま1人当たりの商品開発コストも大幅に下がっていく。コスト効率性の高い体質になるため、2番手以下は勝負になりません。
北尾吉孝・SBIホールディングス社長が中国古典に学び経営に活かしたこと
その代わり生態系が出来上がるまでは、顧客中心主義に基づき、徹底的に安さにこだわりました。イー・トレード証券(SBI証券の前身)が営業を開始した時、手数料をオンライン証券の中で最も安くしましたが、周囲からは、「事業が始まったばかりなのにそんなに安くしては大赤字になる」と反対されました。
それでも僕は「構わない。僕が責任を持つ」と手数料を引き下げた。その背景には、ヘーゲルの「量質転化の法則」がありました。量を増やせば質が改善し、質が改善すれば量が増えていくという法則です。証券に当てはめれば、手数料を安くすれば多くの顧客が集まる。そうなると顧客満足度を高めるために、商品の品揃えを充実させる必要があるし、ダウンしないようにサーバーの数を増やすなどシステムも強化しなければなりません。同時にコンプライアンスも強化する。
こうして量が増えるためにサービスの質がどんどん高まっていきました。量質転化の法則がそのまま当てはまったのです。そして質が良くなれば、今度は量が伸びていくという好循環につながった。
毛沢東も「矛盾論」で、「量の蓄積が質を規定する」と書いていますが、これも同じ。僕は昔から古典を学んでいたので、そういう知識を持っていた。それを実践した結果、オンライン証券でトップに立つことができたのです。
SBIグループの今後の展開と北尾吉孝社長が描く未来
金融を核とした新たなビジネスを開拓
―― 最初に立てた2つの戦略が正しかったことで、SBIはインターネット金融の世界で他を圧する存在になりました。その結果、銀行業などは後発だったにもかかわらず、瞬く間にトップに立ち、保険も後発ですが、大きく業績を伸ばしています。
北尾 生態系ができ、相互進化と相互シナジーが生まれた今、もはや我々に勝てるところはないでしょう。事実、どの数字を見ても圧倒的になっています。
もう一つ生態系で重要なのは、単に多様な金融サービスを持つというだけでなく、証券、銀行、保険といったコア事業をどう強くするか。例えば証券なら、投資信託の情報を提供するモーニングスターがあり、SBIリクイディティ・マーケットでFXのOTC(店頭取引)マーケットを提供し、SBIジャパンネクスト証券で証券取引のPTS(私設取引)マーケットもつくる。
このようにSBI証券の周りにいろんな会社をつくり、シナジーを生むと同時に証券事業をサポートする。コア事業のそれぞれにサポート機能を有する生態系があり、それが融合して大きな生態系を形成しているのです。グループ内にいくつもの事業を持つことで、さらなる相互進化と相互シナジーが可能になるのです。
そしてさらに、金融サービスには金融サービスの生態系があり、アセットマネジメントにも、バイオ事業にもそれぞれ生態系がある。それが有機的につながるところが、SBIの強みです。
―― 税引き前利益1000億円、時価総額1兆円の目標を立てていますが、そこは通過点に過ぎないと思います。その先には何がありますか。
北尾 僕が目指しているのは、「金融を核に金融を超える」「日本のSBIから世界のSBIへ」の2つです。
「金融を核に金融を超える」とは何かというと、例えば家を買う時には、家のローン、火災保険、家財保険などの金融絡みのニーズも多くあります。これまでSBIは、そうしたニーズに応えてきました。
でもお客さまが必要とするのはそれだけではありません。不動産の物件情報から始まって、物件の周囲の公園や学校、病院などの情報も必要です。我々がこのような家を買おうという行為から派生してくる様々なニーズ全てをインターネットで提供できたとしたら、お客さまはうれしいのではないでしょうか。
これを僕は「ネットワーク価値」と呼んでいます。おそらくこれからのお客さまはこういうものに反応していくと思います。
お客さまの求める価値には段階があって、最初は価格です。値段の安いものに飛びついた。しかし価格訴求の時代を経て、次に到来したのが価値訴求です。価格だけでなく、そのものの本源的な価値があるかどうかが選択の理由になった。
これを僕はセブン-イレブンの創業者、鈴木敏文さんから教わりました。鈴木さんは僕に「北尾さん、これからは価値訴求です。いいものであればお客さまは買います」と仰っていました。
しかしインターネットの時代になると、そこからさらに進んでネットワーク価値が重要になってきます。ある行為から派生する全ての需要に対し、サービスを一元的に提供していく。これが金融を核にしながら金融を超えるための第一歩です。
―― その場合、不動産業にも手を出すということですか。
北尾 そういう可能性もあるかもしれません。これからはブロックチェーンの時代です。不動産の登記はすべてブロックチェーンでなされるようになる。
だから我々はそういう領域にどんどん投資をしていきます。オンライン化が遅れている不動産業界では、今でも街の店舗が物件を斡旋しているケースが多い。いずれ近い将来、これをオンライン上でやることが普通になる。そこにビジネスチャンスがある。
―― ブロックチェーンの話が出ましたが、SBIはブロックチェーンやフィンテックでも業界をリードしています。取り組むようになったきっかけは何ですか。
北尾 僕は技術の信奉者で、新しい技術には常に関心を持っているし、投資を通じても技術を追いかけています。
また、証券会社の重要な法人営業の一つは、これから成長しそうな企業を追いかけ、株式を公開させることです。銀行の場合、取引相手の成長性は関係なく、土地など担保になるものがあって、融資した資金に利息を乗せ回収できればビジネスとして成り立ちます。ところが証券会社は、取引相手が成長し、株式を公開して初めて引受ビジネスになる。
これが両者の決定的な違いです。ですから、僕自身が証券会社出身ということもありますが、これから伸びていくだろうと思われたフィンテックやブロックチェーンには以前から強関心を持ち、投資もしてきました。 そして投資先企業の持つ高い技術を我々の生態系の中に組み入れ、その技術を使ってみる。そこで改良を加え、より便利に使えるようにする。
次にこの技術を拡散する。例えば現在はフィンテックを地域金融機関に拡散していこうとしています。このように、投資・導入・拡散のプロセスを持っていることも、我々の強みです。
SBIグループはこれからも「Strategic Business Innovator」として、革新的な技術に投資をし、金融分野を超え、戦略的な事業イノベーターとして新技術を様々な産業向けに拡散し、次世代の社会変革をもたらしていきます。
無限の可能性を秘めるブロックチェーン
―― もう一つの「世界のSBI」とはどんなイメージですか。
北尾 21世紀の中核的な領域、フィンテック、AI、ブロックチェーン、量子コンピュータなどのテクノロジーの分野に投資して、様々な技術を吸収する集合体になっていると思います。そしてそのテクノロジーで、革新的事業を次々と始める最先端の企業群になる。
さらにはアジアの成長、アフリカの成長を取り込んでいく。マクロエコノミーが高成長している地域に進出し、金融からスタートして様々な事業を拡大していくようになっているのではないでしょうか。その領域も、金融やバイオだけではなく、新しい事業を手掛けているかもしれません。
―― 既存事業と関連性があり、シナジーが期待できれば領域にはこだわらないということですか。
北尾 そうです。何でもやる。ブロックチェーンは今後様々な分野で利用されていきます。
例えばメーカーがサプライチェーンの中に導入すれば、どこかで洪水が起こったとしても、原料や部品の調達をどうするか、瞬時に解決策を見つけることができるようになります。ですから今後、ブロックチェーンを活用したサプライチェーンマネジメントが普及していくことは間違いありません。これを活用すれば、店頭で売られている魚が、どこで獲れ、どうやって流通してきたのかすぐにわかります。
このように、ブロックチェーンの用途は無限です。これを活用した新しいビジネスに対して我々は出資をし、やる気のある若い人に経営してもらう。そんなことを考えています。
SBIグループの遺伝子とベンチャースピリッツ
金融業に携わる人間としての「信・義・仁」
―― ブロックチェーンの実用化など、新しい動きが始まっています。その先頭に立ち続けるには何が必要ですか。
北尾 常に勉強し、変化の予兆を捉えることです。そのためには、自己否定、自己変革、自己進化が必要です。成功体験に満足したら終わりです。常にこのままでいいのかという問題意識を持ち、世の中がこう変わるから自分たちはこう変わるべきではないかと考える。これを不断なくやっていくところに繁栄があるのです。
ところが多くの企業は、1度成功体験を味わうと、そこにあぐらをかいて、変わっていかない。これでは環境が変わると同時に衰退が始まります。これを避けるためには自己否定、自己変革、自己進化しかありません。これは社員に対しても繰り返し伝えています。
ただし、企業は変わっていきますが、その一方で僕の遺伝子を企業経営の中に残していかなければならないとも考えています。どんな遺伝子が大事かというと、我々はベンチャースピリッツを持ち続けること。今では社員数6000人超の組織に成長しましたが、55人で創業した時と同じアントレプレナーシップをなくしてはなりません。
そのためにも成長分野で子会社をつくり続け、ベンチャー企業として経営していく。それがアントレプレナーシップを持ち続ける重要な要素です。
もう一つ失ってはならないのは、品格です。SBIを設立するに当たり、経営理念をつくりましたが、その最初にあるのが「正しい倫理的価値観を持つ」です。私自身、常に心掛けているのは、「信・義・仁」で物事を判断するということです。「信」は信頼、「義」は社会正義です。
物事を判断するときは、人の信頼、社会の信頼を裏切らないか、社会正義に照らして本当に正しいのか自問自答する。世の中では、製造業のデータ偽装が社会問題となっています。これは基本的な社会正義の欠如によるものです。
特に金融業に携わる者は、他の業種より一層高い自制心を持ち、高い倫理観を持つことが必要です。そして「仁」は、相手を思いやる気持ちです。お客さまのことを考え、ジョイントベンチャーの相手を思う。この「信・義・仁」を備えることが、正しい倫理的価値観を持つということです。
北尾吉孝社長が後継者に望むこと
―― 北尾さんは現在67歳です。そろそろ後継者を考える時期を迎えていますが、他にグループ全体を掌握できる人はいるのですか。
北尾 どこかでちゃんと現れますよ。明治の知の巨人・森信三先生の言葉に「人間は会うべき人に会うべきタイミングで必ず会う」というのがありますが、そういうものですし、SBIの中にも相応の人間が育っています。
残念ながら企業には寿命があります。学生時代に就職活動をしていた時に、絶対潰れないだろうと思われた企業でさえ倒産し、十数行あった都市銀行も、今では4つしか残っていない。命あるものは必ず消えるんです。
でも消えないものもある。それが「志」です。志は消えずに共有されていく。だから僕は、周りの人間たちに志を植え付けるようにしている。
僕が仮に経営の任から降りても、志を引き継ぎ、経営理念をきちんと守ってくれればそれでいい。それ以外のことは環境、情勢に合わせてドンドン変えていけばいい。ただし止まってはダメ。常に自己否定・自己変革、そして自己進化です。
もっとも僕自身は至って元気です。「功成り名を遂げて退くは天の命なり」という老子の言葉があるように、気力・体力・知力が充実していなければ経営者をやめなければなりません。でも今はその全てが充実しています。まだ私がやるべきことも残っています。
実は60歳を過ぎた頃、体にガタが来ていました。決算発表などでは2時間ほど喋り続けるため脳が酸欠状態になってしまい、くらくらする時があり、そろそろ年かなと痛感しました。
ところがバイオ事業を展開する中で「生命の根源物質」ともいわれるALAと出合い、ALAを飲むようになってから、そのようなことがなくなりました。健康診断はいつもまったく問題ないし、体のコンディションはほぼパーフェクトですから、当分、心配いりません(笑)。
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