シリコンバレーで起業し、企業と投資家に関する豊富な情報を武器に活躍するハックジャパンCEOの戸村光氏。本連載では、資金調達、資本提携/協業、買収といったさまざまな事例を取り上げ、その背後にあるマネーの動きと企業戦略を、同氏が独自の視点で分析していく。(『経済界』2020年9月号より加筆・転載)
今回は6月30日に東証マザーズに上場した日本のデザイン界を牽引しているGoodpatchの土屋尚史社長に話を聞いた。日本がこの先、世界で挑戦するにはどう変わらなくてはいけないか。デザインに対する海外との認識の誤差はどこから生じるのか。土屋社長と筆者のサンフランシスコでの経験をもとに執筆する。
「デザイン」に対する日本企業のズレ
デザイン会社とデザイナーの本質
土屋社長が起業したきっかけは、サンフランシスコ在住の頃に参加したスタートアップのピッチイベントだった。起業家のピッチを見て驚いたことは「デザインのクオリティの高さ」だった。
「なぜベータ版の段階にもかかわらず、デザインのクオリティがこれほど高いのだろう?」という疑問を持ち、この体験により、日本において「デザインは差別化につながる」という認識を持った。それがGoodpatch創業につながった。
デザイナーの本質は「ユーザーの求めているコアな課題」と「起業家のビジョンと目指す方向性」の2つをつなぐことだという。サンフランシスコでは、起業する際に創業メンバーにデザイナーがいないというのは、ほぼあり得ないそうだ。
本質をしっかりと理解しているデザイナーが起業当初からファウンダーの中にいるということが、かなり重要な要素となってくる。起業当初は資金不足からデザイナーを雇わない起業家が多いが、そこであえてリスクを取ることによって差別化につながり、良い結果につながると土屋社長は語る。
ユーザーエクスペリエンスを考えずに、好きなものを作るデザイナーは「デザイナー」ではないと土屋社長は語る。
デザイン会社には「(1)なにかしらの課題を解決するか?」「(2)新たな価値を生み出すことができるか?」という2つの役割がある。良いサービスを開発している会社の実績を聞き、それを掘り下げていくと「なぜそのサービスを展開しているのか?」「それによってどういう課題を解決しているのか?」といった本質が見えてくる。逆にこれが明確でない場合、あまり考えていない会社である可能性があるので要注意だそうだ。
また、情報発信に積極的かどうかも1つの判断基準となる。情報発信しているということは自信があるということなので、良い会社と判断する一つの材料になり得るという。
優秀なデザイナーを日本が輩出できない理由
Goodpatchは東京とドイツを拠点にグローバルなデザイナー、顧客を抱えている。その経験をもとに日本が優秀なデザイナーを輩出できない理由は主に2つあると土屋社長は言う。
まず、日本の美大ではビジネスを一切教えないため、ビジネス感覚を持たないデザイナーがたくさん生まれてしまうこと。2つ目の理由は、美大に入学するほとんどの学生は単純に絵を描くのが好きだったり、物を作るのが好きというモチベーションであるため、経済にあまり興味がない。悪いことではないのだが、海外のデザイナーのようにビジネス感覚を持ち、取引先として対等に付き合えるデザイナーが生まれにくいのである。
そうした状況の中、日本で優秀なデザイナーを雇うにはどうするべきかを土屋社長に尋ねた。
まず、プロダクトを作る段階でデザイナーを任命する会社には優秀なデザイナーは来ないそうだ。
なぜなら、デザイナーの本質は「ユーザーの課題と起業家の方向性をつなぐ」ことであり、プロダクトを考える初期の段階からファウンダーとしてデザイナーが組織に在籍している必要がある。そのため、優秀なデザイナーを雇いたいのであれば、初期の段階からファウンダーとして参画してもらう形でオファーすることが必要不可欠になってくると土屋社長は語る。
グローバルで挑戦する企業ほど「①コーポレートブランディング」「②採用」という2つに力を入れるべきであると土屋社長は語る。その中でも特に重要なのは「採用」である。
コーポレートブランディングもこの「採用」のためにあるようなものだ。思想を統一することによって、企業のカルチャーにフィットしない人を見極めることができる。「入社の前に『この企業はこういう価値観です』というのを伝えることがとても重要になってくる」と土屋社長は説明する。
Goodpatchを復活させた2つの価値観
土屋社長自身、組織崩壊させてしまったエピソードはベンチャー界隈では有名な話である。
創業当時、ファイナンス、マーケティング、セールス、PR、デザインなどの領域間の相互理解ができていないことで組織崩壊が起きたと語る。
そこで2つの価値観を導入したところ、お互いに尊敬して信頼し、共同する組織に生まれ変わったという。
その2つとは「①自分の知らない領域に関して好奇心を忘れるな」「②新たな価値は自分の領域を超えたところにある」という価値観である。また、「Go Beyond/領域を超えよう」という言葉をコアバリューのひとつに定めたのも、組織運営が円滑に進んだ要因の1つになったようだ。
グローバル市場で勝つためにデザイナーの活躍は不可欠
「デザイン思考」「UI/UXデザイン」は、今や大企業にも知れわたった流行り言葉で、自社のデザインを刷新しなければいけないと危機感を持つ企業幹部も多い。しかし、次なる一手をなかなか打ち出せない理由は、デザインの本質を理解して実践に落とし込めるデザイナーが日本には極めて少ないからだ。
日本のプロダクトが今後世界で挑戦するために、デザイナーの活躍は必要不可欠だ。グローバルなデザイナーを育成し、世界で戦えるクリエーティブを生み出すGoodpatchの挑戦から目が離せない。
戸村 光(とむら・ひかる)──1994年生まれ。大阪府出身。高校卒業後の2013年に渡米し、14年スタートアップ企業とインターンシップ希望の留学生をつなぐ「シリバレシップ」というサービスを開始し、hackjpn(ハックジャパン)を起業。その後、未上場企業の資金調達、M&A、投資家の評価といった情報を会員向けに提供する「datavase.io」をリリース。一般向けには公開されていない企業や投資家に関する豊富なデータを保有し、独自の分析に活用している。