経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

トップにつけられた大きな差2位、3位企業「かく闘えり」

爲定一智 ニッカウヰスキー社長

今はトップ総取りの時代といわれる。シェアトップの企業と2位以下では、販売数量だけでなく利益でも大きな差がつく。国内の消費市場が縮小していくなか首位から〝ゲーム差〟が大きく開き、単独走を余儀なくされている2位や3位メーカーはどう活路を開いていくのか。文=経済ジャーナリスト/永井 隆(雑誌『経済界』2024年10月号より)

ニッカは海外を重視。目標は世界ベスト10

爲定一智 ニッカウヰスキー社長
爲定一智 ニッカウヰスキー社長

 「やはりボリュームには、こだわっていきたい。ただし、あくまでもプレミアム以上のウイスキーで、です」。今年7月に創業90周年を迎えたニッカウヰスキーの爲定一智社長は、話す。

 アサヒグループのニッカは、ウイスキーなど蒸溜酒の製造会社。2001年にアサヒビールと営業統合し、国内販売はアサヒが行っている。国内ウイスキー市場で2位。首位のサントリーとは大きく水をあけられてはいるが、3位のキリンディスティラリーとも距離がある。マラソンや駅伝に例えるなら2位の〝一人旅〟、いわゆる単独走がずっと続いている。こんなニッカとアサヒビールは創業90周年を機に、ウイスキー事業の強化に乗り出した。

 平均店頭価格が700ミリリットルで2千円以上の「プレミアムウイスキーカテゴリーで、(販売量において)グローバルトップ10を目指す」(松山一雄・アサヒビール社長)と、期限は設定していない目標を掲げた。期限付きではないのでコミットメント(必達目標)ではなく、あくまでスローガンと位置づけられよう。

 とはいえ、国内2位が創業から指定席のニッカにとっては、一つの転換点であるのは間違いない。ちなみに、現在ニッカは同カテゴリーの世界順位は40位から50位相当。

 トップ10入りの活路になるのは輸出。8月に入り為替相場は揺れているものの、大きな流れとしては円安基調だ。「そもそもウイスキー市場は日本よりも、海外が圧倒的に大きい。将来、海外比率を国内より高くしていく」(爲定社長)方針だ。

 ニッカの洋酒事業は、13年と比べて23年は約2倍の規模に成長。ただし、23年における海外比率は、1割未満に過ぎない。

 営業統合以来、製造はニッカ、販売はアサヒという体制が続いてきた。爲定社長は「この体制が長く続き、ニッカはお客さまとの距離が遠くなっていた」と言う。このため、昨年から海外販売はニッカが担う形に変えたのだ。製造専業ではなく、マーケ機能を持った。

 コロナ禍が一段落してから、訪日客(インバウンド)がわが国に押し寄せているが、「インバウンドは、海外でのニッカのブランディングを強化していく大きなチャンス」と爲定社長。訪日客は東京や京都ばかりでなく、札幌や小樽などの北海道でも多く見受けられる。彼らが余市蒸溜所を見学すれば、「ニッカそのものを、訪日客に深く理解してもらえる」(同)。また、7月には12月までの期間限定のコンセプトバーを、東京・表参道にオープン。訪日客との接点を設け、ブランドの訴求を進めている。さらに、ロンドンやパリ、ローマ、ニューヨークなどのバーでイベントを計画する。

5大産地以外にもライバルは続々と

 国内ウイスキー市場が、底を打ったのは08年。一方海外では、20年ほど前からシングルモルトウイスキー(同一蒸溜所のモルト原酒だけでつくられたウイスキー・値段は高い)が小さなムーブメントとなっていたが、販売量の大きい(モルト原酒とグレーン原酒を混ぜ合わせた)ブレンデッドウイスキーを含めて市場全体が本格的に拡大したのは2010年代に入ってから。中国やアフリカでの需要が急増した背景がある。

 ニッカやサントリーが権威ある世界的な品評会ISC(インターナショナル・スピリッツ・チャレンジ)で最高賞を何度も取るなど、いわゆる「ジャパニーズウイスキー」はウイスキー低迷期から評価されてきた。ウイスキー需要が高まると、一気にジャパニーズウイスキーの人気は高まった。この結果、ニッカもサントリーも「原酒不足」に陥り、「今も解消されていない」(松山アサヒビール社長)状態だ。

 ニッカは貯蔵庫の新設などに、今期は約60億円を投じ生産能力の増強を進めている。19年からコロナ禍だった21年までの間、既に約65億円を投じていて、19年からの累計の設備投資額は、125億円規模になる。もっとも、「トップ10入りするためには、今の4倍の投資が必要」(爲定社長)と、目標と現実とのギャップは今のところ大きい。

 世界の5大ウイスキーとの産地といえば、スコットランド、アイルランド、カナダ、アメリカ、日本を指すが、新たな動きは起きている。台湾の金車グループが06年から販売を始めたウイスキー「カバラン」は、複数の世界的なコンペティションで、いきなり高い評価を受けた。「ウイスキーは冷涼な地域でないとつくれない」とされていた常識を、あっさりと打ち破った。台湾は亜熱帯なだけに熟成は早く、一部の樽は縦置きにしてさらに早めている。

 筆者は5月、台湾宜蘭県にあるカバランの蒸溜所を訪ねたが、「カバランは世界1を目指す」と掲げてあった。シングルモルトしかつくっていないので、売上金額での世界一を目標としているのだろうが、半導体に次いでウイスキーでも台湾の存在感が高まる気配だ。

 「カバランの設備投資額は巨費。ニッカとは比べられないほどに」(ニッカ幹部)という声もある。

 さらに、インドや中国でもウイスキーは生産されていて、もう5大ウイスキーだけの時代とは違っている。

 ニッカが主に輸出をしていくのは、アメリカとフランスを中心とする欧州。中国に関しては、福島第一原発事故から中国が続けている輸入規制の対象県である千葉県にボトリング工場があるため、今のところは輸出ができない。

 創業者の竹鶴政孝は、日本だけではなくアジアにとって「ウイスキーの父」だろう。竹鶴はスコットランドに留学した後、寿屋(現在のサントリーホールディングス)に入社し、山崎蒸溜所を建設。アジアで初めて、ウイスキーをつくったのである。その後、寿屋のビール工場長を務めたが、退社してニッカを創業。その時にビール樽の職人を引き連れていったそうだ。「竹鶴は、社員に残業を禁止していたそうです。ウイスキーを飲んで人生を楽しめと」(加藤寛康・ニッカウヰスキーグローバル事業戦略部マスターブランドリーダー)。ゼロから1を生む開拓者精神だけではなく、働き方改革の現在につながる考え方を、もっていた。ニッカがアサヒの傘下入りしたのは1954年だった。

 余市蒸溜所は創設以来、石炭直火蒸溜を採用。力強く重厚なモルト原酒が特徴だ。また、つくりの中核となるブレンド技術は、新興メーカーに比べ優位なのは間違いない。ターゲットである欧米市場で、「ニッカしか飲まない」という熱狂的な固定ファンをいかにつくるかは、単独2位メーカーにとっての活路となる。

ビール税改正を追い風にサントリーは価格勝負

多田寅 サントリー執行役員ビール本部長
多田寅 サントリー執行役員ビール本部長

 2026年10月にビールが減税され、発泡酒が増税されて酒税が一本化されるビール類業界。単独3位なのがサントリーだ。

 昨年4月に発売した「サントリー生ビール」は戦略商品だ。サントリーは高級ビールの「ザ・プレミアム・モルツ」、第3のビール(昨年10月からは発泡酒②)「金麦」と、高価格帯と低価格帯に2つの有力ブランドをもっている。しかし、アサヒ「スーパードライ」やキリン「一番搾り」、サッポロ「黒ラベル」がひしめく、ボリュームゾーンであり減税から需要増が見込まれるスタンダードビールに強力な商品がなかった。

 このため、満を持して投入したのが「サントリー生ビール」だった。サントリーによれば、今年上半期(1~6月)における「サントリー生ビール」の販売量は前年同期比30%増の250万箱(1箱は大瓶20本=12・66リットル)。ただしこれは、23年は4~6月の3カ月間に対し、24年は上半期の6カ月間との比較。しかも、24年の年間では250万箱の2・4倍に当たる600万箱(前年比50%増)を計画している。机上の数字では、かなりのチャレンジと言わざるを得ない。

 多田寅・サントリー常務執行役員ビール本部長は、「いろいろやっていく必要はあります。(消費者の飲用)接点はまだ足りない。年間600万箱の目標を下ろすつもりはなく、将来は1千万箱のブランドに育てたい」と話す。

 26年の酒税改正に向け、アサヒは昨秋アルコール度数を3・5%に抑えた「スーパードライ ドライクリスタル」を、キリンは今春「晴れ風」と、いずれもスタンダードビールを発売した。

 大手スーパーの酒類担当バイヤーは言う。「初速はよくとも、新製品は思うように売れない。メーカーはプライドがあるので、なかなか終売しないだろう。サントリー生ビールは店頭価格を安くし、ここに賭けたのだろうが、安ければ売れるというわけではなかった」

 このスーパーとは別の、さいたま市内のスーパーでチェックしたところ、「サントリー生ビール」は350ミリリットル缶で税別158円、「スーパードライ」、「ドライクリスタル」、「一番搾り」「晴れ風」はいずれも同178円、「黒ラベル」は同185円だった。

 今年上半期のビール類商戦では、サッポロだけが販売量で前年同期を上回った(1%増)。新商品を投入せず、主力の「黒ラベル」を中心に既存ブランド育成に注力したことが、奏功したといえよう。

 上半期商戦では、キリンは2%減、アサヒは販売量を公表していないが2~3%の減少とみられ、サントリーは5%減と、大きく後退した。「サントリーはシェアも0・5ポイント前後、前年同期より落としたと見られる」(アナリスト)。

 スタンダードビールで1千万箱以上を売り上げ続ける最後のヒット作は、1990年3月発売の「一番搾り」。34年以上も、このジャンルにヒットはない。しかも、ビール類市場はピークだった94年と比べ、2023年は約4割も縮小している。

 「やってみなはれ」のサントリーは、どう反転攻勢していくのか。官僚化していなければ、どんな苦境も乗り越えられる体質の会社だ。26年10月までには、まだ時間はある。