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欧米と比べた日本不動産市場の可能性はどこにあるのか 河西利信 ジョーンズラングラサール

河西利信

不動産価値の二極化や、日銀の利上げによる負の影響をはじめ、市況の先行きはいまだ不安定に見える。総合不動産サービスを手掛けるジョーンズラングラサール(JLL)日本法人の河西社長は、日本の不動産市場は世界でも数少ない堅調な環境にあり、他国にないチャンスがあると力を込める。聞き手=金本景介 写真=西畑孝則(雑誌『経済界』2024年7月号より)

河西利信 ジョーンズラングラサールのプロフィール

河西利信
ジョーンズラングラサール 日本法人社長 河西利信
かさい・としのぶ── 一橋大学商学部卒業、ジョンズ・ホプキンズ大学SAIS修士課程修了。1985年大和証券株式会社に入社。99年ゴールドマン・サックス証券会社に入社。日本における不動産投資運用の責任者を務め、2004年にパートナー昇格。12年よりJLL日本法人の代表取締役社長に就任。

不動産市場を揺さぶる利上げの影響をどう見るか

―― 日銀の低金利政策を追い風にして「海外から熱い眼差しを注がれる日本の不動産市場」といったポジティブな見方がなされることが目立ちましたが、これから段階的に実施される利上げによる負の影響は無視できません。

河西 足元の日本の不動産市場は世界と比較して最も活発な市場といえます。当社の調査チームが算出した数字によれば、2023年通年の世界の不動産投資額は22年に比べて半減しています。世界的に取引額が大きく落ち込む中でも、23年通年の国内不動産の投資額は、前年比4%増の3兆3947億円となっています。この堅調な傾向は今年も続くと予測しています。

 なぜ日本が他国よりも優位性があるかといえば、何よりも「安定性」が抜きんでているからです。

 まず金融政策の安定性です。低金利政策の段階的な修正が行われているものの、市場を混乱させるような急激な利上げが実施されるとは考えにくい。今年も継続して低金利状況が続くとみられます。

 また、昨年の物価高の影響を除いた日本の実質GDP(国内総生産)は1・9%の成長となり、米国よりは低い成長ではあるものの、欧州よりは高い。これはコロナ禍から安定的に回復していることを示しています。

 安定性は、経済だけでなく政治状況においても同様です。諸外国に比べて日本は、社会全体を大きく分断するような政治的、社会的な意見の相違も見られません。

―― 金利上昇リスクに関して、取り越し苦労をする必要はないということですか。

河西 日本の政策金利がこれから少しずつ上昇していくことは確実ですが、利上げ幅は欧米に比べて、さほど大きくないと想定されています。そしてこのレベルの金利上昇は国内外の多くの投資家にとってはすでに折り込み済みであることから、金利上昇による国内の不動産売買市場への影響は限定的とみています。

 投資家が積極的なスタンスを継続していることがわかります。

一時的に賃料は下落してもオフィスの重要性は変わらず

―― 不動産投資においては、昨年賃料が下落していたオフィスよりも、特に物流系不動産やホテルへの投資が勢いを増しているように見受けられます。

河西 世界的に見て、コロナの前後では売買される不動産のタイプの内訳が大きく変化しました。オフィス主体から物流施設、ホテル、賃貸住宅の比率が高くなりました。

 コロナ禍を経てEC(電子商取引)が飛躍的に進展し、そのインフラとしての物流施設が投資対象として非常に魅力的なものとなっています。直近では物流施設の空室率が8%台に上昇していますが、これは物流網の伸長と開発エリアの拡大をもたらす継続的新規供給によるものです。物流施設の存在感が高まっていると捉えられます。

 また、ホテルが好調なのは、円安とコロナによる日本への入国制限が緩和されたことで日本渡航ブームが起きているからです。都内の宿泊需要はコロナ前の水準を超え、平均客室単価(ADR)も改善し、この旅行需要の勢いがホテルの投資比率の高まりに反映されています。

 そして世界の主要都市では不調のオフィス市場ですが、日本においてはコロナ後も大きな打撃はないと考えています。

―― オフィスは賃料が下げ止まっていますが、回復傾向にありますか。

河西 欧米と比べて、日本の場合はいまだオフィスが重要な投資領域となっています。欧米では、在宅勤務の割合がコロナ収束後も高く、オフィスに従業員が戻ってこない傾向があります。その結果、オフィスの空室率が上がると同時に賃料が下落し、オフィスの投資比率が大幅に下がっています。一方で、日本は約80%の従業員が既にオフィスに戻っており、欧米に比べ、オフィスに対するポジティブな見方が大勢です。当社調べでは、最新のオフィス賃料は下げ止まるどころか上昇に転じています。東京の優良オフィスについては今年も通年で数%程度の賃料上昇を見込んでいます。

 オフィス供給量をみると、今年は比較的少ないものの、25年以降は東京・千代田区や港区を中心に虎ノ門や赤坂、高輪ゲートウェイ駅周辺地域での再開発が非常に多くなっています。28年までの今後5年間で約250万㎡の新規供給が計画されており、現在のストック量よりも約24%増える見込みです。結果的に、これらの大規模再開発は世界都市東京の魅力と国際競争力を向上させるものと考えています。

―― とはいえ、これから日本の不動産市況が冷え込む可能性もゼロではありません。考えられうる最大のリスクは何でしょうか。

河西 日本の持つ優位性として、他国と比較しての地政学リスクの低さは当社の顧客間でも前提として共有されています。それでも世界の不動産市況からの影響から完全に免れるわけにはいきません。欧米の不動産市況の低迷が長引けば、海外投資家は日本の不動産への投資を手控えることも考えられます。また、世界的な不動産市場の回復の遅れが引き起こす金融不安のリスクは、ゼロではありません。

 しかし、日本はJLLのグローバル戦略の中でも最重要国の一つに位置づけられています。そして日本企業が持つ不動産価値の最大化や、不動産投資の効率性を高めるCRE(企業不動産)戦略の必要性は一層増しています。この需要を捉えつつ、日本企業が抱える課題に応えていきます。