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利上げは何をもたらすか 不動産業界の行く末は 吉野 薫 日本不動産研究所 シニア不動産エコノミスト

日本不動産研究所 吉野薫

3月に決定された日銀のマイナス金利政策解除は、不動産業界にとって将来の不透明感を増すものとなった。足元では、不動産価値の二極化も進む。新築のタワーマンションなどの優良物件は安定して価格上昇し、投資対象として圧倒的な人気を誇る一方で、地方や郊外の空洞化が目立つ。日本不動産研究所シニア不動産エコノミストの吉野薫氏に利上げにより転換期を迎える不動産市況について聞いた。文=金本景介(雑誌『経済界』2024年7月号より)

吉野 薫 日本不動産研究所 シニア不動産エコノミストのプロフィール

日本不動産研究所 吉野薫
吉野 薫氏 日本不動産研究所 シニア不動産エコノミスト

悲観の必要はない利上げとの向き合い方

 不動産業界は岐路にあるのだろうか。日銀がマイナス金利政策を解除し、方針転換による長期金利の上昇が、好影響を与えるという意見は、ほとんど見られない。しかし、利上げが不動産価格の下落を決定的にするといった視点から悲観的な結論を導くだけでも、不十分だ。

 吉野薫氏は「長期金利は2019年秋頃を底にじわじわと上昇しました。しかし、その当時は不動産市場への影響が意識されることも無く投資家の行動を変化させるには至らなかった」と振り返りつつ「今年3月に日銀が金融政策の枠組みを変更したとはいえ、それで不動産投資市場が大きく様変わりしたとは言えない」と現状を見る。諸外国と比較して、いまだ低い金利水準にあり、特に今年に関しては大きなリスクはないといった見方が根強いものの、いざ利上げがハイペースで行われれば住宅ローンの変動金利への影響は避けがたい。現在を市況のピークと捉える不動産投資家は多い。

 物価高の影響は、建築費の高騰問題も引き起こした。吉野氏の見立てでは、昨年の新築物件への着工件数に悪影響を及ぼしているが、新しい物件が立たないが故に、既存物件への投資に対する関心が高まっている。建築費高騰による不動産市況そのものへの影響は一見大きくないように見えるが、ロングスパンで取り組まれる市街地の再開発事業の工事遅延およびスケジュールの見直しも散見される。

 物価高そのものは不動産賃料の上昇というポジティブな効果も促す。ただ、物価上昇と賃料の上昇をそう簡単に結び付けるべきではなく「不動産の賃料を上げるにはオーナーに不断の努力が求められる」と吉野氏はいう。それは、日本の住宅のほとんどが大家からの一方的な値上げが難しい普通借家契約であるからだ。入居者から合意を取るために、納得できる状況づくりが必須となる。その物件が入居者から選ばれるような競争力を持ち続けるための努力が欠かせない。

 「物価が上がれば競争力の強い物件であればあるほど賃料を上げやすくなるでしょうが、それでも収益性を上げるべく積極的に動くことが大前提です。不動産はインフレでも価値が減りにくい資産とされていますが、放っておいても大丈夫というわけではない」(吉野氏)

拡大する二極化をどう乗り越えるか

 住宅不動産市場では、価値の二極化が叫ばれて久しい。将来の転売にあたり資産価値としてほとんど価値の向上が見込まれない地方や郊外の戸建てニーズは減少している。将来価値が上昇する見込みの高い都内の湾岸エリアのタワーマンションへの需要は過熱しており、いまだブームが沈静する傾向はみられない。変動金利が主流である住宅ローンにおいても、利上げの影響が懸念される。この課題に対し吉野氏は、新築のタワーマンションを購入する高所得層にとって変動金利で返済可能額ギリギリでローン計画を組む人はそこまで多くなく、当面の微小な金利の上昇については右往左往する必要はないのではないかという見方を取る。そして、都心と郊外の二極化傾向を超える新たな需要も浮上してきており、ファミリー向け住宅の賃料も上昇傾向にあるという。

 「市場で価値が下落しないタワーマンションは、商品としてとても分かりやすい。しかし、住宅の真の価値はそこに住むことで幸せになれるのか、という点にあります。良質の賃貸住宅に家族で住むようなニーズは新たに掘り起こされた需要の一例です。短期的な投資採算性の視点を超えた商品設計を通して、真に豊かな住生活を提供できるかどうかはハウスメーカーやデベロッパーの腕の見せどころです」

 湾岸エリアのタワーマンションをはじめとした売れ筋ばかりにスポットライトが当たるものの、生まれつつある水面下の需要に目を光らせるべきだ。「柳の下の2匹目のドジョウ」にとらわれない次なる市場づくりが求められる。