経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

「経営の父」ドラッカーが教えるイノベーション4つの要諦

Economist Peter Drucker

世界から「経営の父」と称されたピーター・ドラッカーは今なお根強い人気を誇る。コンサルタント、大学教授、著述家として活躍したドラッカーは、多くの経営者に事業を永続的に成長させるために不可欠なイノベーションの実践方法を教えた。ドラッカーが教えたその要諦とは何か。文=山下淳一郎(雑誌『経済界』2024年12月号巻頭特集「老舗とイノベーション」より)

Economist Peter Drucker
Economist Peter Drucker

1.イノベーションとは変化を利用したものにすぎない

 イノベーションというと技術革新のことだと考える経営者は今も少なくない。イノベーションについてドラッカーはこう言っている。

 いかなる企業にも、3種類のイノベーションがある。

 製品やサービス、顧客価値、市場に届けるための技能や活動である。(『イノベーションと企業家精神』)

 ドラッカーがいう3種類のイノベーションとは次の通りだ。

①新しい価値

 ここで注視すべき点は「新しい商品」ではなく「新しい価値」であるということだ。新しい商品・サービスを考え出したからといって、お客さまが喜んでくれるとは限らない。新しい商品そのものに価値があるわけではなく、新しい商品・サービスを通じて、顧客に新しい満足をもたらすことが重要なのだ。

②用途

 お酢は紀元前5000年ごろに登場したといわれている。長い間お酢は、料理を作る際の調味料として使われてきた。2000年になって、健康のために「飲むお酢」が登場した。「料理のために調味料として使うお酢」に加え、「健康のために飲料として使うお酢」が登場した。まさに、用途を変えたお酢のイノベーションだ。

③提供方法

 かつての飲食店はすべて、店員がお客さまのところに行って注文を聞き、店員がお客さまに料理を運ぶという形式が常識だった。1955年、マクドナルドは、お客さまはレジで注文し、レジで商品を受け取るという形式を生み出した。提供方法のイノベーションである。

 このように、イノベーションとは3種類あり、そのすべては新しい満足を創り出すことであって技術革新のことではない。加えて、イノベーションという響きから、斬新な思いつき、奇抜な発想、そして奇をてらった派手な取り組みによって成功が実る、そのような考えをもつ経営者は多い。イノベーションは本当に、奇をてらった派手な仕事によって成功するものなのだろうか。ドラッカーはこう言っている。

 イノベーションは思いつきではない。地道な作業である。

 成功したイノベーションの多くは、単に変化を利用したものにすぎない。(『イノベーションと企業家精神』)

 単に変化を利用するということは、今起こっている変化を活用するということだ。

2.イノベーションに必要な7つの視点

 7つの視点で起こっている変化を観察していくと、何をすべきかが見えてくるとドラッカーは言う。

 イノベーションの機会は七つある。第一が予期せぬことの生起である。予期せぬ成功、予期せぬ失敗、予期せぬ出来事である。第二がギャップの存在である。現実にあるものと、かくあるべきものとのギャップである。 第三がニーズの存在である。第四が産業構造の変化である。第五が人口構造の変化である。第六が認識の変化、すなわちものの考え方、感じ方、考え方の変化である。第七が新しい知識の出現である。(『イノベーションと企業家精神』)

 ここでは少々噛み砕いてお伝えしたい。その7つの視点とは次の通りだ。

・思ってもみなかったこと

・かくあるべきものとの乖離

・困っていること

・業界の変化

・人口の変化

・ものの考え方の変化

・新しい発明

3.予想外の要望にイノベーションのヒントがある

 「思ってもみなかったこと」の中には、〈1〉予想外にうまくいったこと、〈2〉うまくいくと思っていたのにうまくいかなかったこと、〈3〉予想外のお客さまからの要望、〈4〉予想外の出来事、の4つがある。ここでは、「〈3〉予想外のお客さまからの要望」についての事例を紹介したい。

 業績不振のリフォーム会社があった。その会社は、わらをも掴む気持ちでドラッカーの「イノベーションに必要な7つの視点」を実施し、予想外のお客さまからの要望、つまり、お客さまからの問い合わせの内容を一から調べ上げた。ある時から意味不明な問合せがあることを見つけた。それは、「パワーショベルを持っているか?」「ブルドーザーを持っているか?」という奇異な問合せだった。

 電話をかけてきた人は、リフォームではなく庭の手入れをお願いしたかった。お客さまの多くは、一度造園業者に問合せをして断られた。そこで、リフォーム会社なら、家の修繕の延長線上で、庭の手入れをやってくれるかもしれない」と考え、リフォーム会社に庭の手入れの依頼をしてきたのだった。「庭の手入れをしてほしい」という依頼は、まさに、「〈3〉予想外のお客さまからの要望」だった。

 リフォーム会社からまったく見えていなかった、「庭の手入れ」というニーズを「予想外のお客さまからの要望」によって、知ることができた。すぐさまガーデニング事業部を新設し、庭の手入れをするサービスを開始した。瞬く間に、ガーデニングの依頼で仕事がいっぱいになった。この会社がガーデニングという新しいサービスで成功したのは、アイデアでもひらめきでもない。奇想天外な発想によるものでもない。「予想外のお客さまからの要望」をしっかり吸い上げたことによる成功だった。

 普段、自社の商品やサービスを売ることで精一杯になり、お客さまの大事な声を聞き逃していることは少なくない。あらためて、聞き逃しているかもしれないお客さまの声に耳を傾ければ、イノベーションのヒントが見つかるかもしれない。まさにそれが、イノベーションによってよみがえるために必要なことだ。

4.イノベーションを生み出す「仕組み」をつくる

 イノベーションによってよみがえるために、まず行なうべきことは何か。そして、具体的に何をすればいいのだろうか。ドラッカーはこう言っている。

 まず行なうべきことは、予期せぬ成功が必ず目にとまる仕組み、注意を引く仕組みをつくることである。(『イノベーションと企業家精神』)

 ある企業の事例を紹介しよう。

 そこでは先に挙げた「〈1〉予想外にうまくいったこと」を週報に書いてもらうようにしている。報告書を書く社員は、毎回「特になし」とは書きにくいものだ。何回かに1回はそれなりのことを書かざるを得ない。結果として、物事を「予想外にうまくいったことは何か」という目で見るようになる。現場から上がってきた報告書を半年もまとめれば、それはイノベーションのヒントだらけであるはずだ。そんな日常の地道な取り組みの中にこそ、イノベーションの成功のヒントがある。これがイノベーションによってよみがえるために必要なことだ。

 事業のさらなる繁栄のために、ドラッカーの教えをぜひあなたの会社で試していただきたい。