少数与党の国会は、異例の政権運営が続いている。野党各党が自らの政策実現のために、個別に自公と協議を進めながら政策や予算を成立させていく構図だ。石破政権にすれば綱渡り。しかし、野党にとっても政権に取り込まれてしまう危険性もある。目前に迫った参院選では、野党はどんな対決姿勢を展開するのか。そんな中で、野党第二党勢力の日本維新の会は、これまで自公との個別協議で高校教育無償化などを勝ち得てきたが、今後、どう対峙し存在感を示していくのか。前原誠司共同代表に聞いた。Photo=山内信也(雑誌『経済界』2025年8月号より)
前原誠司 日本維新の会のプロフィール

まえはら・せいじ 1962年、京都市左京区に生まれる。82年、京都大学法学部入学、国際政治学を専攻。87年、松下政経塾入塾(第8期生)。91年4月、京都府議会議員選挙において28歳で初当選。93年、7月第40回衆議院議員総選挙において初当選。現在は11期目。初当選時には日本新党に所属。その後、民主党や民進党、国民民主党、教育無償化を実現する会など複数の政党を経験。民主党政権下での外務大臣や国土交通大臣、内閣府特命担当大臣(経済財政政策、科学技術政策、原子力行政、宇宙政策担当)など、要職を歴任。
少数与党との対峙で教育無償化を実現
―― まずは今国会の日本維新の会の成果を聞きたい。
前原 ポイントは少数与党への対峙でした。予算に賛成する代わりに、日本維新の会としては教育の無償化と社会保険料を下げる改革という2つを、三党合意を結んで行いました。
教育無償化では、年間11万8800円の就学支援金について、所得制限を撤廃しました。さらに、来年度からは私立高校を対象に加算されている支援金の上限額に関する所得制限を撤廃します。所得制限を設けた方がいいという意見もありますが、今まで通りの年収910万円、590万円という所得制限では、2、3人子供がいたら全然十分ではありません。しかも、所得の高い人の方がより税金を払っているので、その方々の子供がサービスを受けられないのは分断を生みかねない。つまり、税金をたくさん払っている人が所得制限によって支援を受けられないとなれば、結局政策に同意しなくなるかもしれないわけです。
いろんな意見はありますけど、そういう背景を懸念して、われわれは子供の教育については所得制限なしでやっていくということで高校の無償化を進めてきました。
―― 無償化などの教育改革は維新がずっと主張してきた。
前原 来年の4月からは小学校の給食の無償化が全国で実現しますし、中学校も引き続き議論していきます。それから、0~2歳の保育料が高いので、これもかなり減らす方向で議論しており、来年の4月から実現します。教育については、高校無償化、小学校給食の無償化、そして保育料の引き下げ。今後もこれをやっていきます。
維新が目指す千代田区モデル
―― 維新は大阪の地域政党としてスタートしたが、理念の柱は国と地方の統治の仕組みを変えていこうというものだったと思う。
前原 東京一極集中をどう見直すかは絶えず考えています。大阪都構想も含めて、維新は東京一極集中の是正を目指している。東京にばかり企業の本社が集中し、平均所得が飛び抜けて高い。それで東京に人が集まるけれど、出生率は低い。だから、人口減少に拍車がかかっているわけです。先日も小池百合子東京都知事が夏の間だけ水道の基本料はタダにすると言っていましたが、財政に余裕があってそういった施策ができる不交付団体は、47都道府県の中で東京だけです。それでいいのかと。
―― 今後はその具体策を示していくということ。
前原 そうです。それから地方自治体で実現させたいと思っているのが行政の効率化です。元々維新という政党はしがらみのない改革を掲げています。例えば労働組合、企業、団体、医師会などに遠慮することはないわけです。だから、社会保険料の引き下げを堂々とやれる。そんなわれわれだからこそ、行政の効率化も徹底的にやっていくことができます。例えばデジタル行政は欠かせません。維新の千代田区議会議員の春山明日香さんは、わざわざエストニアまで自費で視察に行っています。
―― 北欧の? その目的は。
前原 エストニアとデンマークは徹底したデジタル政府です。例えば、日本は投票用紙や税金の支払いなどが全部封書できます。でも、全部メールでいいわけです。それができれば、郵便代やアウトソーシング代、人件費はなくせる。行政業務の効率化、迅速化、省人化をわれわれが先頭を切ってやっていく。
立憲民主党だったら自治労のことが頭に浮かぶでしょう。自民党だったらいろいろなベンダーとのお付き合いもあるでしょう。われわれにはそういったしがらみがありません。行政業務の効率化について、まずは維新で千代田区モデルを作ろうと。そこから全国の自治体などに広げ、徹底した効率化、スピードアップ化、IT化、AI化を実現し、やがてはデジタル政府につなげていきたいと思っています。
―― そのほか、日本がいま抱える問題、国の形や方向性など維新はどう考えているか。
前原 前提の話からさせてください。そもそも日本の課題は何かと考えれば、私は4つあると思っています。まず、人への投資が非常に少ないこと。OECD38カ国の中で、対名目GDP比で見ると日本は下から数えて2番目です。そして、教育費の自費負担割合も大きい。OECD38カ国における教育費の総額を、仮に100とします。公費と私費の割合を見るとOECD平均では私費が大体28%ほど。ところが日本は63%を超えている。自費負担がすごく大きいわけです。そして、賃金は30年間上がってこなかったのに、学費は上がっている。だからこそ、徹底して教育に国のお金をかけて人材開発をするのが1つ目の課題です。
2つ目は、600兆円という内部留保をどうするのか。アベノミクス以降、企業側は一定の利益水準を出しています。しかし、その分配の多くが内部留保と株主還元に回っている。割合で見れば、設備投資と人件費へ回るお金が非常に少ないわけです。ですから、やはり租税特別措置みたいなものを見直して、しっかりと設備投資や人件費に回るようにしていくことが必要です。
そして、3つ目はスタートアップが日本では非常に少ないこと。われわれは、主要な大学もさることながら地方の大学も含めて、大学を知の拠点と同時にベンチャーの拠点にしていこうという考えを持っています。大学がベンチャーを育て雇用や付加価値を生み出す。そこで育てられた人材や新たな技術などで企業が発展していく。大学を地方創生の1つの核にしていくべきです。教育の党である日本維新の会が、地方創生として大学の活性化を実現していきたいと思っています。
京大モデルが地方大学にも刺激に

―― 地方創生は石破首相も打ち出しているが、維新の視点による地方創生も非常に興味深い。
前原 こうした方向性は賃金上昇にもつながると考えています。日本の賃金が上がらないのは、内部留保が溜まっていることもあるんですが、産業の新陳代謝が起きていないことも大きいわけです。
つまり、旧態然とした会社が多い。新たなベンチャーが出てくると給料も高いところも出てきます。例えば、マイクロソフトやアップルは50年前に生まれたスタートアップですし、アメリカの半導体大手エヌビディアは30年前。それがもう世界トップクラスの時価総額になっている。そういう意味では、新たに突き抜ける企業が出てくれば給料は上がる。しかも、労働力不足ですから、当然ながら給料の少ないところから高いとこに人は移行していく。給料の払えない会社は淘汰される。それが新陳代謝です。
大学がスタートアップ創出の拠点になることで地方創生にもなるというのはこういうことです。もちろん、まずは、東大、京大、阪大、東北大学、東京科学大学などが核になっていくと思いますが、地方の大学も同じようにやっていきます。
―― 前原さんがそういったモデルとして考えている大学はあるか?
前原 私の選挙区が京都だからというのもありますけど、京都大学は今お話ししたモデルになり得ると思います。政府が設置した大学ファンドの運用益を活用し、世界レベルの研究水準を目指して重点的に支援される国際卓越研究大学という制度があります。昨年度は東北大学が選ばれました。2013年に大学ファンドの前のモデルケースとして、1千億円を東大、京大、阪大、東北大に入れていますが、1番パフォーマンスがよかったのは京都大学です。京大からはかなりのベンチャーも生まれてきています。ある意味で、京大モデルのような成功事例を作っていくことが、地方の大学への刺激にもなると考えています。
日米関係と集団的自衛権
―― 最後、4つめの課題は何か。
前原 それは対米依存からの脱却で、自分の国は自分で守るということ。軍事、エネルギー、食料まで含めた話です。
トランプ大統領はこれまでの価値観を重要視しておらず、自由貿易が大事だとかそういうことを言っても、おそらく聞く耳を持たない。しかし、ロシア、中国、北朝鮮に囲まれている日本にとっては日米同盟の重要性はとても大きなものです。つまり、トランプ大統領の異質さなども踏まえた上で、日本はアメリカとどうやってうまく付き合うかを考えないといけないわけです。
―― アメリカは関税と併せて、防衛費の要求などもセットで水面下の交渉を求めてくる可能性があるのではないか。
前原 そうですね。そのためには憲法改正をしておかないといけないと思っています。今までの常識あるリーダーたちは、日本とアメリカの非対称的な双務性を理解し、本音は言わなかったわけです。つまり、日本は施設区域を提供してくれているから、アメリカだけの防衛義務でもオッケーだった。しかし、トランプ大統領はそれを分かっていて、本音を言ってきている。
つまりは、俺たちだけが日本を守る責務を負っているけど、アメリカが攻撃されても日本は守ってくれないんだっていうことを平気で言うわけです。すると、将来的に日本は対称的な双務性に変えていくことになるかもしれない。つまり、集団的自衛権の行使をやっていかなければならないので、そこがポイントになってくるわけです。
早くに憲法の議論をして、憲法9条を改正して自衛権を明記する。そうしないと憲法自体が安全保障のボトルネックになってくる可能性がある。つまり、日米同盟というものをうまく時代に合わせて変えていく。憲法改正は、その前提としてすごく大事なのではないかと思います。その議論についても、われわれがリードしていきたいと考えています。
前原氏を取材し始めてもう20年。この間、民主党や民進党の代表なども務めてきたが、前原氏は全くぶれていない。政策では「教育改革」「地方の活性化」「安全保障」。そして「非自民」。民進党代表時代、希望の党への野党大結集などは野党同士の対立をまとめながらの決断と実行だった。結局小池東京都知事の発言で空中分解したが、非自民を貫いてきた前原氏の評価されるべき軌跡だ。いま、野党の一部が自公と連立するとの憶測があるが、前原氏は近い周辺にこう話しているという。「いま自公と交渉しているのはあくまでも少数与党で政策が実現できるから。基本はもちろん非自民だ」。野党連携と結集のキーマンとしても注目だ。

