経済の先行きに暗雲が立ちこめ、2017年4月に予定されている消費税率10%への引き上げ見送り論が市場で盛り上がる中、財界や金融界の“重鎮”は「予定通り再増税すべし」と声高く唱え始めた。消費回復に水を差す再増税を熱望する理由は。文=ジャーナリスト/原田大輔
再増税を熱望の背景に法人実効税率引き下げ撤回への不安
「社会保障制度の充実と財政健全化のため、消費税率の再引き上げは予定通りすべきだ」
市場で再増税延期論が広がり始めた4月上旬、経団連の榊原定征会長は記者会見でこうぶち上げた。
ただ、個人消費は伸び悩んでおり、榊原会長も「賃金が引き上げられたものの、2年前の消費税増税で実質的な所得は十分に伸びていない」と認めた。再増税で家計の財布のひもがより固くなってしまう懸念もある。
それでも、財界が再増税を求めるのはなぜか。
榊原会長が唱えるように、再増税で社会保障制度が保たれれば、家計は先行き不安の1つが取り除かれるため、個人消費の回復に結び付く、との見方もある。
しかし、あるアナリストは「財界は、諸外国並みの低い法人税率が日本でも実現すれば、消費税の引き上げを容認する立場」と分析する。
経団連や関西経済連合会はこれまで、「諸外国に比べて割高の法人税が日本企業のグローバル競争力をそいでいる」と主張してきた。
主要先進国では、法人税率を下げて企業を誘致する競争が過熱。各国は税収減を補うため、消費税に相当する間接税を増やしている。
この結果、欧州の法人税率の平均は20%を切る一方、間接税率は20%を突破し、間接税率が法人税率を上回る国が続出している。
こうした中、日本政府は16年度から法人実効税率を20%台(29.97%)へ引き下げる方針を打ち出した。財界はその代わりに、赤字に陥った大企業への課税強化となる、外形標準課税の拡充を受け入れざるを得なかった。
安倍晋三首相が財界に対し、法人税改革の財源確保への協力を求める中、消費税再増税に反対すれば、「法人実効税率引き下げの撤回や外形標準課税の一段の強化を招いてしまう」(関係者)との不安も財界にはあるようだ。
格付け引き下げを恐れる銀行も再増税を望む
一方、大手銀行には別の思惑もある。
全国銀行協会の國部毅会長(三井住友銀行頭取)は4月1日の就任会見で、先送り論が浮上している消費税再増税について、社会保障財源の確保とともに、「国の財政への信認確保のために予定通り実施すべきだ」と主張した。
消費税率を8%から10%に引き上げる再増税はもともと15年10月に実施するはずだった。
しかし、安倍首相は14年11月、経済情勢が悪化すれば増税を見合わせられる「景気弾力条項」に基づき、予定を1年半先送りした。
これを受け、米格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスは同年12月、日本国債の格付けを従来の「Aa3」から、上から5番目の「A1」へ1段階引き下げた。「再増税の延期で、財政赤字の削減目標の達成や成長戦略の実現に不確実性が高まった」との判断からだ。
日本国債の格下げは3年4カ月ぶりで、サウジアラビアや中国、韓国より1段階低くなり、チェコやイスラエルと同格になった。
国債の信用力が下がることにより、投資家が価格の暴落(金利は急騰)を懸念して、保有する国債を売ってしまうリスクが高まるため、政府は国債を発行しにくくなる。
ただ、日銀が国債を大量に購入する大規模金融緩和を導入しているため、ムーディーズによる国債格下げ後も金利は低いまま保たれている。
ところが、米格付け会社のスタンダード・アンド・プアーズ(S&P)は昨年9月、日本国債の格下げに合わせて、三井住友フィナンシャルグループ(FG)やみずほFGなど国内金融機関の格付けも一斉に引き下げた。
日本国債の引き下げを受け、危機の際に日本政府からの支援が想定されている銀行の信用力も下がるとみなしたのだ。
当時、全銀協会長として記者会見に臨んだ佐藤康博・みずほFG社長は「日本の金融機関の格付けは国と連動している。慌てることなく冷静に受け止める」と語った。
S&Pによる金融機関格下げから半年あまり。消費税再増税がさらに遠のく事態になれば、日本国債とともに、銀行の格付けも一段の引き下げ懸念が出てくる。
三井住友FGとみずほFGのS&P格付けは現在、上から7番目の「Aマイナス」となっている。
上位の格付け企業ほど社債を低利回りで発行できるが、格付けが下がれば、その分、社債の利回りを高くせざるを得ず、資金調達コストは高まる。
メガバンクのある幹部は「仮に再増税が延期されて銀行格付けが引き下げられた場合、資金調達コストは間違いなく上がる」と危惧する。
メガバンクは現在、日銀の「マイナス金利政策」による市場金利の大幅な低下によって、利ざや縮小が深刻化している真っ最中だ。そんな中、格下げとのダブルパンチとなれば、さらなる苦境に立たされることも予想される。
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