朝日新聞出版は2008年4月に朝日新聞社の出版部門が分社化して発足した。同社の看板雑誌『週刊朝日』は日本最古の総合週刊誌であり、このたび創刊95年を迎えた。長きにわたり雑誌・書籍を発刊してきた同社は、現在の紙メディアの状況にどう向き合っているのか。青木康晋社長に話を聞いた。
青木康晋・朝日新聞出版社長プロフィール
朝日新聞出版の雑誌ビジネスの現状
―― 貴社のビジネスの現状は。
青木 当社の看板は雑誌で言えば、『週刊朝日』であり、『AERA』、それから月刊誌の『アサヒカメラ』です。週刊朝日は今年の2月25日で創刊95年を迎えました。AERAは来年に30周年、アサヒカメラは昨年が90周年でした。2016年の毎号平均印刷部数は、週刊朝日が15万部、AERAが10万部、アサヒカメラが3万1千部です。
一方で、朝日新聞出版として独立してから特に力を入れているのが書籍です。既に売り上げは書籍が雑誌を上回っています。一つは新書で、『京都ぎらい』は昨年、新書大賞を受賞し、26万部のベストセラーになりました。もう一つは小学生向けの教育漫画『サバイバルシリーズ』、そして料理本や旅行ガイドなどの実用書。『食品の保存テク』は料理レシピ本大賞の準大賞に選ばれ、今11万部です。新書、教育漫画、実用書の3つが会社の売り上げを大きく伸ばしています。
―― 雑誌の展開は。
青木 なかなか厳しいですね。雑誌をどうやってサバイバルしているかというと、一つは増刊・別冊です。
週刊朝日では、年4回出したサザエさん別冊が好調でした。昔からのサザエさんを雑誌形式にまとめ、1号当たり10万部ぐらい発行しました。単行本、文庫なども含め、累計でまもなく2千万部に達します。サザエさんは永遠のキラーコンテンツですね。
AERAの別冊で最近売れたのは、昨年12月に出した猫別冊です。『nyAERA(ニャエラ)』というタイトルにして、全編で猫を扱っています。猫ブームもあり、大変好評で品切れになる書店が続出しました。
―― 週刊朝日やアサヒカメラが90年以上続いてきた秘訣は何でしょうか。
青木 一言で言うと、すべての商品は、お客さまの支持あってだと思います。本や雑誌の場合、お客さまは読者ですが、読者の方々の支持があったから100年近く続いたのだと思います。読者の方々が買ってくださる理由は、載っている情報、載っている記事が面白い、それから役に立つ。これに尽きると思います。ですから、面白くて役に立つことを心掛けてやってきた結果、生きながらえていると。
また、朝日新聞の販売店「ASA」の存在も大きいです。週刊朝日もAERAも、3分の1は、新聞販売店が配ってくれています。新聞販売店経由で定期購読してくださっているお客さまが多く、それは他の出版社にはない強みです。いったん定期購読していただけると、長く読んでもらえますね。
ウェブでの先行配信が雑誌の売り上げ増に
―― 読者に支持される情報の提供について、ウェブとの競合はどのように考えていますか。
青木 当社は「dot.(ドット)」というニュースサイトを12年10月から独自にやっています。コンテンツは週刊朝日とAERAの記事が中心ですが、東洋経済オンラインさんやNHK出版さんなどいろんなところと提携をして、コンテンツをいただいたり、当社からも提供したりしています。このdot.を4月に大幅に強化します。
現在月間で最大3800万ページビューですが、できれば春から記事の発信本数を2倍~3倍にしたい。そして発信量が増えれば、同じように広告収入も2倍~3倍にしていきたいと思っています。そのために、4月からウェブニュースの編集部はスタッフを2倍ないし3倍にします。
―― 紙媒体への影響は懸念されませんか。
青木 ウェブの発信を強めると紙が売れなくなると思う向きもないわけではないです。しかし、ウェブで発信することで紙の売り上げを増やすことにつながった例がいくつかあります。
例えば、AERAから派生したファッション誌『AERA STYLE MAGAZINE』があります。ここで昨年3月にサッカーの三浦知良選手のインタビューを載せ、表紙も三浦選手に登場していただきました。記事をdot.でも配信して、それがヤフーのトップに載ったら、火がついて、紙のAERA STYLE MAGAZINEの売れ行きが通常の倍近くになりました。
ウェブで三浦選手のインタビューはほぼ全文読めます。だから全文読んだ人がまた買った可能性もあるし、ウェブが入り口になって、AERA STYLE MAGAZINEの存在を知って、新しく買ってくださった人もいるという例がありました。
アサヒカメラでは、今年の2月号で鉄道写真を撮る特集をやりました。そのほかに、インターネットで写真を無断使用された場合の損害賠償&削除マニュアルを掲載しました。ウェブではこの記事をメーンにリリースを流したところ、各ネットメディアが取り上げてくれ、反響を呼び、アサヒカメラの紙の売り上げが伸びました。
こうした例に意を強くし、紙を増やすきっかけにしていこうと思い、ウェブニュースのサイトを格段に強化することにしました。二元論というか、ウェブが増えると紙が減るという考え方は違うと思います。
―― これは鉄道というコアなファン向けの特集号だから売れたのではないですか。
青木 鉄道特集は毎年やっていますが、今回は通常の売れ行きと全く違いました。実はあまりにも好評で、「2月号は売り切れて買えなかった」という声が多かったので、極めて異例ですが、次の3月号にも全く同じ記事を再掲載しました。これがまたよく売れました。雑誌で全く同じ記事を次の号にも載せることは、まず聞いたことがありませんよね。ですから、紙とウェブは共存性があるのではないかと思います。
正確性と信頼性のない媒体は滅びる
―― ウェブに関連して、昨年のキュレーションサイトの問題はエポックメーキングな出来事だったと思いますが、ウェブと紙の在り方については。
青木 あの問題から何をくみ取るかが重要だと思います。これだけ情報が氾濫している中で、わたしたちは、信頼できる確かな情報を求めている人がたくさんいるということをあらためて認識しました。
だからむしろチャンスだと思っています。週刊朝日が95年続いた理由として、読者の支持あってのことだと申し上げたように、朝日の出す情報は正確だとか、信頼に足りるということを声を大にして申し上げたいですね。
当社は出版社としては10年に満たないですが、135年を超える朝日新聞の蓄積があります。しかしながら、5年前には週刊朝日の記事が問題となり、社長が辞任するという事態になりました。私はその後任の社長ですから、この間、ずっと社内で、正確な情報、信頼に足る情報を乗せた雑誌や本をつくれと言ってきました。そこをないがしろにすると、どんな媒体であれ、滅びると思います。
当社の送り出す商品、情報が信頼に足るものという信用は、いったん大きく傷ついてしまったと思うのですよ。だからそれを立て直していくのが、私の最大のミッションだと思っています。そういう意味で、キュレーションサイトの問題は、5年前の私の社長就任時の初心に立ち返るきっかけを与えてくれました。
―― 正しい情報に関して、紙は間違った記事の訂正・修正に時間を要するのに対し、ウェブはすぐに修正できるというスピードの違いはどうお考えですか。
青木 確かにウェブはすぐに修正できますが、いったん流してしまったものは止められないとも言えます。紙の雑誌は次号で訂正を出すことが可能で、書籍の場合は重版した時に修正することは可能ですが、ウェブでいったん流したニュースは拡散すると、後で訂正してもなかなか効かないです。
むしろウェブは、より注意深くならなければいけないと思っています。ですからdot.の強化にあたって、コンテンツの中身の点検、校閲作業をどうしたらいっそう強化することができるのかを検討させています。
当社で言うと、担当の編集者・記者が記事を送り出し、デスクがチェックをして、編集長も目を通して、部分によってはコンプライアンス担当も、雑誌本部長も目を通して、校閲者も入って、週刊朝日、AERAという形で出ています。そして、dot.も同じように多くの人の目を通して確認している記事を提供していることが大きな強みだと思います。
それでも間違いをゼロにすることはなかなか難しいでしょう。間違ったときには潔く訂正、お詫びをする。これが次への信用につながると思います。
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