コーポレートガバナンスの健全度が企業価値を左右する時代になり、持ち合い株などの政策保有株式を縮減する動きが上場企業で進んでいる。2018年に改訂されたコーポレートガバナンス・コード(CGC)の指針に沿った動きだが、隠れた課題の1つが政策保有株として企業が抱えている非上場株式の流動化だ。(文=吉田浩)
コーポレートガバナンス・コードと政策保有株
政策保有株の売却を迫られる上場企業
リターンを得るための純粋な投資目的外の理由で企業が保有する株式は、政策保有株と呼ばれている。その代表的な形態が、日本企業特有の慣習として長年続いてきた株式持ち合いだ。金融機関や取引先などの株をお互い持ち合って経営の安定化を図る手法は、高度成長期には日本企業の強さの要因の1つと捉える論調もあった。
企業の経営陣にとっては、自社の経営に余計な口出しをされず、取引先との安定的な関係を築く上でも株式持ち合いは都合がよかった。
一方、こうした慣れ合いは、健全なガバナンスを阻害するという負の影響ももたらした。それが顕著になったのはバブル崩壊以降だ。日本経済の凋落が始まると、企業が保有する持ち合い株式の価格暴落によって自社の財務が棄損されるという事例も発生した。
2000年代以降はアクティビストに代表される「モノ言う株主」の台頭によって、保有目的が不明確な株式の売却を求める声が一層強まっていった。競争力向上に貢献しない政策保有株を持ち続けることは、経営資源の無駄遣いと見なされるようになったのである。
金融庁と東京証券取引所(東証)が2015年に公表したコーポレートガバナンス・コード(CGC)では、上場企業に対して政策保有株の保有目的について説明を求める内容が記され、18年の改訂CGCでは原則として縮減を求める内容が記されるなど、企業はより踏み込んだ対応を迫られている。そのため、多くの上場企業が政策保有株の売却を進めているが、まだ十分とは言えない。
2022年4月には東証の市場再編が行われる予定で、現在の5市場が3市場へと構成を変える。これに向け、2021年に再び改訂されるCGCにおいては、政策保有株についてさらに踏み込んだ対応が企業に要求される可能性がある。
政策保有株縮減で優先度が低い非上場株
現在、上場企業が縮減を進めている政策保有株は、市場で売却できる上場企業株が中心で、非上場株式についてはほとんど売却が進んでいない。理由は簡単で、非上場株をあえて購入したいというニーズが少ないからである。非上場株式の売買仲介などで多くの実績を持つ日本成長支援パートナーズの都竜大代表取締役はこう語る。
「売り手側からすると、非上場株式の少数持分の売却は、上場企業株の売却と比較してバランスシート上のインパクトが小さい場合が多い。また、買い手側からすると、非上場株式を少数保有したところで経営にほとんど関与できない上、配当を出していない場合は、保有するメリットが見つけにくい。そのため、非上場の政策保有株は、上場のそれと比べて処分の優先順位はどうしても低くなります。ただ、CGCに記された“政策保有株式”には、非上場株も当然含まれており、企業は縮減を進める必要があります」
少数、非上場の政策保有株は売却できるのか?
非上場株式売買のプロセスとは
ここで、非上場株式の売買プロセスについて説明しておく。
少数株主として保有する非上場株を売りたければ、発行会社の経営陣や主要株主などに買ってもらうことが考えられる。しかし、それがうまく行かなければ購入希望者を自ら探し、株式の譲渡制限条件が設けられている場合は、発行会社から譲渡承認を受けなければならない。
会社が株式の譲渡を承認すればそのまま買い手との売買価格の交渉などに進むことになるが、承認されない場合は、会社に買い取り請求し、会社または会社が指定する第三者に買い取らせることが可能だ。ただ、ここで価格などの条件が折り合わなければ、最終的に裁判所で決定が下されることになる。
ただ実際は、売り手が発行会社とマイナスの関係が生じるような売却を望むケースは非常に少なく、多くの場合は、売り手として買取価格に納得でき、かつ譲渡承認を得られる買い手を探すことになる。
とはいえ、出口戦略が明確で、将来的な資産価値向上に期待できるベンチャー株などを除けば、経営に関与できず、配当もない非上場株式を買いたいというニーズを見つけるのは至難の業だ。
非上場株の買い取りニーズはどこにあるのか
しかし、都氏によれば
「非上場株を購入したいというニーズは存在します」という。
例えば、売り手企業にとって価値が見出せなくなった非上場株を引き受ける代わりに、売り手企業として戦略的な保有意図はなくなってしまったが買い手企業にとっては十分価値が見込める非上場株をセットにして割安な価格なら購入したいというニーズだ。買い手からすれば、さまざまな銘柄をまとめて購入することで、リスクヘッジできるという意味合いもある。
また、たとえ少数でも株式を保有することで、資本構成の変更、コーポレート・ガバナンスの改善、資産・事業売却など様々な提案を通して企業価値の向上に貢献しようとする買い手もいる。
あるいは、株主として発行会社と関わりを持つことで、将来的に何らかのメリットを享受できるのではないかと期待する買い手など、保有目的はさまざまだ。
いずれにせよ、非上場の政策保有株式の流動化マーケットは、プレーヤーが少なく情報も限定的なため、売却は遅々として進んでいない。しかし、
「政策保有株式の縮減はコーポレートガバナンスの観点から重要性が増しています。売り手と買い手の適切なマッチングを通じて政策保有株を流動化し、株主再構成や資本効率改善を促すことによって企業価値向上の手助けができれば良いと考えています。」と、都氏は話す。
政策保有株の縮減において、非上場株の流動化はこの先重要性が増してきそうなテーマだ。
取材協力者プロフィール
都竜大(みやこ・たつひろ)1981年生まれ。徳島県出身。一橋大学経済学部卒業後、2006年総務省入省。情報通信政策担当。その後、国内事業会社の経営企画チームにて、M&A戦略の立案、海外事業の立ち上げ等を担当。2015年独立系M&Aファームに参画し、サービス業・流通小売業から金融領域まで多業種の仲介業務を担当。18年日本成長支援パートナーズ株式会社(NGSパートナーズ)を設立。法人・個人が保有する既発行の非上場株式の流動化(売却、集約)を専門的に行うセカンダリ―エージェントとして、同族会社株式の処分・評価、ベンチャー出資持分、ファンド出資持分、政策保有株式等の売却支援を実施している。