経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

スマホで温度と水位を管理する栃木県のアグリベンチャー―永井洋志(farmo社長)

日本全国でスマート農業の取り組みが進むと同時に、各地にアグリベンチャーが生まれている。栃木県に本拠を置くfarmoもその1社。永井洋志社長は、商店向けスマホアプリを開発していたが、7年前に農業×IT製品の開発・販売に特化、「農業の見える化」に取り組んでいる。(『経済界』2022年4月号より加筆・転載)

永井洋志・farmo社長プロフィール

永井洋志・farmo社長

(ながい・ひろし)1973年生まれ。97年宇都宮大学工学部を卒業し、97年犬小屋づくりで起業。99年インターネット事業に転じ、商店街のIT支援に取り組む。2005年ぶらんこ設立、15年から農業×ITに特化し、20年farmoに社名変更。

ITベンチャーからアグリベンチャーへ

―― 永井さんは農家とは全く関係ない、スマートフォンアプリをつくっていたそうですね。それが今はアグリテックベンチャーして活動されています。どういう経緯だったのですか。

永井 元々、情報共有と位置情報を組み合わせたアプリをつくっていたのですが、たまたま宇都宮市役所の方にイチゴの生産者を紹介していただいたのがきっかけです。そのアプリを生産管理に使えるのではないかということだったのですが、そのうちに水温管理ができないか、という話になりました。

 イチゴ生産は冬から春にかけてですが、冷たい井戸水を使うことで夏でも生産できる。ただしその水温をコントロールしなければならないので、それをスマホでできないかという要望でした。

 それをつくったら、翌日にもう一度電話がかかってきて、今度はビニールハウス内の温度を計れないかと言われました。

 農家の方々は、毎朝、ビニールハウスを回って気温を調べます。でもスマホで分かるなら、家にいて管理ができる。われわれに気温センサーをつくる技術はありませんでしたが、技術者を探してつくってもらい、納品しました。これが「ハウスファーモ」です。すると今度は二酸化炭素濃度を計れないかという話が舞い込んでくる。イチゴの甘さは二酸化炭素濃度が大きく左右します。それで今度はそれをつくる。このように、農家の方の要望を聞いていたら、今度は栃木県の農業振興事務所が興味を持ってくれて、そこから広まっていき、それまでのビジネスをやめ、農業一本でいくことに決めたのです。

―― 最初に導入を決めた農家はどのような人たちですか。

永井 30代から40代で、ハウスを8棟ほど持っている家族経営の専業農家さんですね。

―― 今、あちこちでスマート農業が進められていますが、その一方で農家には保守的な方が多く、これまでと違うやり方に抵抗を感じる人が多いとも聞きます。そうしたハードルはありませんでしたか。

永井 スマート農業といっても多種多様ですが、私たちの製品は、生産のやり方を大きく変えるというのではなく、単純に家にいながらハウスの気温や二酸化炭素濃度が分かるといったものです。しかも電源は太陽光を利用し、価格も手頃ですから、生産のためのツールとして素直に受け入れられました。ですからあまりハードルは感じていません。

 ただその一方で、60代、70代の方となると、スマホの操作を覚えるよりも自分たちの勘と経験を信じる傾向があるのは確かです。ですから導入農家の方々は比較的若い世代が多いと思います。

―― 生産性は上がりましたか。

永井 時間が節約できるだけでなく、品質も改善されています。これまでイチゴを甘くするには、夜間の二酸化炭素濃度を上げればいいと言われていました。しかし、ハウスファーモでチェックしてみると、朝方の濃度を少し上げたほうが、品質が良いことが分かりました。これなら燃料代も従来よりかからない。品質向上とコスト削減が両立できたわけです。

―― ハウス以外にも水田の水位計測も行っているそうですが。

永井 ええ、「水田ファーモ」という製品で、水位をスマホで知ることができます。水稲農家の中には高齢化により、耕作を諦めた人たちがいます。だからといって先祖代々受け継いだ土地なので手放すわけにはいかない。そこで若い人や農業法人に田んぼを貸すケースも増えています。ところが地続きの土地を借りられるとは限らず、飛び飛びの場所だったり遠隔地に水田が存在することになります。そうなると田んぼを見回るだけで時間がかかってしまう。それをスマホで見るだけでいいわけですから、多くの方に喜んでいただいています。今では、給水ゲートを組み合わせ、スマホで水位をコントロールできるようになっています。

7年間で見えてきた日本農業の課題と魅力

―― 異業種から農業の世界に入ってきた永井さんにとって、産業として農業を捉えた場合、どのように映っていますか。

永井 非常に魅力的であると同時に、非常に課題の多い業界です。

 課題としては、まずは高齢化の問題、さらには収益の問題です。でもスマート農業のように先端技術を利用することで生産性を上げることは可能です。ただ、流通面も含め、まだまだ改善しなければならないところは多いですね。

 私たちのところには、毎日のように、農家さんたちにとって解決してほしい課題が持ち込まれています。私たちはできるだけそれに応えていきたいと考えています。

―― 魅力についてはいかがですか。

永井 なんといっても自由です。働き方を自分で決めることができる。それにモノづくりが好きな人にとってみれば、天候などいろんな条件を考えながら作物をつくっていく楽しさがあると思います。ですから栃木県には自動車工場も多いですが、そこに勤めるエンジニアが就農するなど、脱サラする人も増えています。

―― 地域社会にすんなり溶け込めるものですか。

永井 壁となるのが土地の取得とコミュニケーションです。昔からの農家の方の中には、外部の方に警戒心を抱く人もいらっしゃいます。農業は古くからの慣習や人付き合いで成り立っている部分がありますから、そこを荒らされてしまうという不安がある。だからこそコミュニケーションが重要になってきます。新規就農の人が古い農家さんと一緒になって地域をつくっていく。そういう意識を持つことが必要だと思います。

―― 今後はどんな分野を伸ばしていきますか。

永井 現在、全国で進めているのが、独自の農業インフラの整備です。これまでの製品は携帯の電波を利用してデータの送受信をしていました。しかしこれでは通信機のコストも通信費も高い。そこで通信機をわれわれが全国に設置し、ハウスや水田から無線でデータを飛ばしてもらう。これならSIMも必要なく、通信費も最小限にできます。

 これまで、農家さんから相談を受けて、その課題を解決しながら今日まで来ましたが、今後も「明日も一緒に」という会社のテーマに従い、農家さんに寄り添っていく。しかも国内だけでなく、「世界のfarmo」として、世界の農家さんに愛される存在になりたいと考えています。