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東南アジアのエンタメ市場に挑むPOPS Worldwideの実力と創業者の素顔

ベトナムを中心にエンタメコンテンツの配信を手掛けるPOPS Worldwide。混乱状態だった同国の音楽業界に著作権保護の意識を浸透させることからスタートし、現在は東南アジア全域にビジネスを拡大しようとている。同社のビジネスと創業者のEsther Nguyen(エスター・ウィン)氏の人物像とは。(取材・文=吉田浩)

エスター・ウィン POPS Worldwide CEOプロフィール

エスター・ウィンPOPS Worldwide CEO

米ミシガン州生まれ、サンフランシスコ育ち。南カリフォルニア大学在学中の98年にEコマース事業を立ち上げ、事業売却後は環境関連ビジネスなどに従事。ゴールデンゲート大学の法科大学院を終了した後、2007年ベトナムに渡り、POPS Worldwideを創業。同国最大のエンターテインメントプラットフォーマーとして、東南アジアを中心に展開する。

ベトナム最大のエンタメプラットフォームPOPS Worldwideとは

東南アジアで急成長するエンタメ企業

 エスター・ウィン氏が、両親の故郷であるベトナムを初めて旅行で訪れたのは1994年。当時カリフォルニア在住の高校生だった彼女は、将来この地で起業するとは全く想像していなかったという。

 「娯楽はそれほど多くなかったのですが、若く活力にあふれた国でした。夜になるとライブ音楽エベントがいつも開催されていて、そんなところにとても興味がわいたんです」と、ウィン氏は当時のベトナムに対する印象を語る。

 そんな同氏が創業したPOPS Worldwideが、今やベトナムを代表するエンターテインメント企業として、東南アジアを席巻している。

 POPS Worldwideはベトナムを基盤とし、現在は、タイ、シンガポール、インドネシアまでビジネスを拡大、著作権保護されたデジタルコンテンツをネット上で無料配信する事業を展開。現在はクリエイターとの協業などによって、オリジナルコンテンツの制作・配信も手掛けている。

 コンテンツは自社アプリやユーチューブなどで視聴可能で、手掛ける作品タイトルは約75万、総ユーザー数3億1300万人(総再生回数 1,840億回)を誇るエンターテインメント企業へと成長した。

 配信コンテンツは、ベトナムをはじめとする東南アジアのアーティストによる音楽、コメディ、ドラマ、アニメなど多岐にわたる。「ドラえもん」や「ドラゴンボール」といった日本のアニメも人気だ。

クリエイターとの協業でオリジナルコンテンツも制作する

ベトナムで音楽の著作権管理・コンテンツ配信からスタート

 ベトナムから米国に移住してガソリンスタンドや小さな商店を経営していた両親の影響もあり、学生時代から起業家精神に溢れていたというウィン氏。インターネットビジネスの黎明期だった1998年、大学に通う傍ら美容・健康商品のECサイトを立ち上げ、会社を売却した後も環境テクノロジー事業を手掛けるなど、精力的に活動していた。

 その後、カリフォルニア州にあるゴールデンゲート大学のロースクールで法律を学び、2007年米国を離れベトナムに移住。POPS Worldwideを立ち上げたという異色の経歴の持ち主だ。

 「学生時代から起業を経験したことは、成功も失敗も大きな学びになりました。ただ父親の希望もあり、いったん起業家として活動するのはお休みして、ロースクールに通ったんです」

 ロースクールを卒業後、再び事業への意欲にかられたウィン氏が目を向けたのは、自身のルーツがあり成長への活力に満ちたアジアだ。手始めにベトナムに技術者チームを編成し、米国やインド、イスラエルなどのテクノロジー企業を顧客としたアウトソーシング事業を立ち上げた。ただ、ビジネスは順調だったものの、何か物足りなさを感じていたという。

 「もっとエキサイティングでインパクトのある事業がしたい」

 そんな思いを抱いていたとき着想を得たのが、ベトナム人の文化として浸透している音楽と知財の概念を結びつけることだった。

 2000年代初頭のベトナムでは、オンライン上に多数の音楽チャネルが存在していた。その大半が違法アップロードされたものだったが、アーティストたちの多くは自らの権利が侵害されていることに対して無頓着だった。

 そこでウィン氏は、著作権のマネージメントを行いつつ、エンタメ産業の繁栄に貢献することがビジネスになると考えた。ロースクールで学んだ契約や知的財産などに関する知識と問題解決の手法が、大いに役立ちそうなアイデアだった。

 「今にして思えば、ロースクールに通ったことは最高の決断でした。起業家精神と法律家のマインドで、バランス良く思考できるようになったことも良かったと思います」

アーティストをひとりずつ説得

 事業プランに賛同したシリコンバレーの投資家たちから資金を獲得したウィン氏は、ベトナムのミュージシャンたちからライセンスを買い取り、公認コンテンツとして配信する事業をスタートさせる。ユーチューブ広告などの収益をシェアする形にして、彼らが正当な収益を得られるようにした。

 「まずはミュージシャンたちを一人一人説得して、理解してもらうところから始めました。彼らはネット上で収益を上げる方法を知らなかったため、最初は断られたりもしました。でも、私たちと組めばきちんと稼げるということを時間を掛けて説得していったんです」

 粘り強い努力の結果、現在ではユーチューブ上で90%以上のベトナム音楽がPOPSと契約を結ぶまでにまでなった。

 「ネットから収益を得られるようになれば、そこから新たな作品作りにお金を回せるようになります。実際に、ベトナムの音楽作品の質は、2007年当時と比べてより向上していますし、状況は確実に変わりました」

 2011年以降は、音楽以外にもコメディ作品や映画、アニメなどに範囲を拡大。クリエイターたちがネット配信から正当な収益を得られるようにするだけでなく、彼らとPOPSが共同プロデュースでオリジナル作品を制作するなどし、若い才能の発掘にも注力している。

 エンタメ産業全体の活力向上つながるこうした仕組みについて、ウィン氏は「エンターテインメント産業のエコシステム」と呼ぶ。

POPS Worldwideオフィス
POPSはベトナムを代表するエンタメ企業として成長した

地域の趣向を考慮したコンテンツ配信

 POPSの事業展開はベトナムだけにとどまらず、国外のコンテンツ提供者とも協業体制を広げている。現在はタイ、インドネシアなど、東南アジアを中心に活動範囲を拡大中だ。

 日本のコンテンツに関しては、「ドラえもん」「ドラゴンボール」「ポケットモンスター」といった日本の人気アニメのライセンスも獲得し、以前は多数存在した違法アップロード動画を駆逐することに成功している。特にドラえもんは大人気で、過去3年間の動画再生回数は70億ビューにも達するという。ベトナムの人口が約1億人であるため、ざっくり一人当たり70回は視聴した計算になる。

 ただ、ベトナムで当初苦労したように、国によって著作権に対する人々の意識も社会的慣習も違う。それでも、事業展開が難しいとは捉えていないとウィン氏は語る。

 「大事なのは辛抱強く継続して信用を得ること。そしてステークホルダー全員のビジョンと目的を一致させることです。これができれば、ビジネスを進めるのは非常に簡単でスムーズになります」

 そのために重要なのは、ローカルマーケットを理解することだとも言う。各地域のチームが、その国の文化を考慮したうえで、視聴者に訴求するコンテンツを配信できることが、POPSの強みであると強調する。

 「たとえば東南アジアと一口に行っても、言語も文化的背景も宗教も地域ごとにまったく違います。たとえばアニメでいえばタイでは『クレヨンしんちゃん』はとても人気がありますが、ベトナムではそれほどでもありません。どの地域でどの作品が受け入れられるのか考慮することはとても大切なことなんです」

POPS Worldwide
ローカルチームを合わせた従業員数は約200人まで拡大

POPS Worldwideの今後の展開

日本のメディアパートナー、クリエイターとのコラボを進める

 東南アジアには日本製コンテンツのファンが多い。これまで述べてきた「ドラえもん」をはじめとする昔ながらのアニメだけではなく、「鬼滅の刃」など最近のヒット作も既にベトナムでは既に人気を博している。地域ごとに人々の微妙な好みの違いがあるとは言えども、基本的に日本製コンテンツのは受け入れられやすいという。

 そのため、今後はコンテンツを仕入れるだけにとどまらず、日本のメディアパートナーとの共同制作なども行っていく考えだ。ここ数年、POPSではベトナムのコミック作家育成にも力を入れており、日本の作家とのコラボなども構想しているとのことだ。

 ベトナムをはじめとする東南アジアのエンタメコンテンツは、まだ日本では馴染みが薄い。だが、ウィン氏が構想するように、国を超えて才能あるクリエイター同士の交流や協業が進めば、これまでにない作品が生まれるかもしれない。

先駆者がルールを決める面白さ

 最後に、起業家としての目標を尋ねると、こんな答えが返ってきた。

 「シンガポール、タイ、インドネシアなどにもわれわれのチームは広がっていますが、全ての地域でPOPSのカルチャーを継続していくこと。そして、エンタメ業界のエコシステムを進化させ続け、たとえ大きなプロダクションに所属していなくても、若い新たなクリエイターが活躍できる環境をつくることです」

 事業を始めるときは、人間にとって必要不可欠なものに注目してきたというウィン氏。ベトナムで最初に取り組んだのが音楽の領域だったのは、ビジネスチャンスの大きさだけが理由ではない。エンターテインメントが、人間にとってなくてはならないものだという確信があったからだ。

 「成長著しい東南アジアのエンタメ市場で事業展開する魅力は、自らルールを創造できる点です」。

 それは紛れもなく、当初から望んでいたエキサイティングでインパクトのある挑戦だ。