[スペシャルインタビュー]
「日本の迎賓館としての原点とブランドを次代に継承し、発展させていく使命がある」――定保英弥(帝国ホテル社長)
2016年3月14日

日本の迎賓館として1890年に開業し、2020年の東京オリンピック・パラリンピックには130周年を迎える帝国ホテル。訪日外国人観光客の急増でホテル業界は活況だが、外資系ホテルや国内勢も東京進出が続く。その中で、世界トップクラスのホテルとしての存在感を発揮するべく陣頭に立つ定保社長に、その哲学などを聞いた。 聞き手=本誌/榎本正義 写真=佐藤元樹
定保英弥氏は語る サービスを充実させ、世界的評価のホテルへ
―― 現在、ホテル業界は全般的に好調、さらに2020年の東京オリンピックに向けて、追い風が吹いていると言われています。

(さだやす・ひでや)1961年東京都生まれ。84年学習院大学経済学部卒業。同年帝国ホテルに入社。2004年営業部長、08年東京副総支配人兼事業統括部長、09年取締役兼東京総支配人、12年専務、13年4月社長に就任、東京総支配人も兼務。
定保 今、東京に限らず、大阪、京都など、訪日外国人観光客は増加しています。リーマンショック後など、大きく業績が落ち込んだ時期もありましたが、ホテル業界は回復基調にある上に、東京オリンピックなど明るい題材が多い。経営環境は良好だと言えます。
―― 昨年から今年にかけてタワー棟の改装もしていらっしゃいますね。
定保 20年に向けて都内では新しいホテルの開業の計画があったり、既存ホテルの改装などが多いのですが、当ホテルの場合、5年前に120周年を迎え、その折に本館の改装を済ませています。ただ当時タワー棟は建築から25年しかたっておらず、手を付けないでいました。それを今回改装し、4月に全室完了予定です。
―― 改装における効果はどのようなものを見込んでいるのでしょうか。
定保 今回のタワー棟の改装では、居住性、快適性の向上など、基本的に居室のグレードを上げることを主目的としています。実は、価格の改訂も進めています。帝国ホテルの歴史、世界的に見たホテルの格付、サービスのグレードなどを考慮すると、現在の価格設定は決して高くはない。世界トップクラスのホテルに負けていないという自負はあります。それにふさわしい価格設定にしていきたい。
定保英弥氏の思い 東京オリンピックは通過点その次の時代を見据える
―― 15年度サービス産業生産性協議会調べのシティホテル部門で7年連続顧客満足1位になりました。
定保 いつお泊まりいただいても満足いただけるようにするのが当然の使命です。居室にとどまらず、料理も同様です。当ホテルにはレストランとバー、合計で17の店舗がありますが、あらゆる嗜好、ニーズにお応えできるものになっていると思います。外国人宿泊客だけではなく日本のお客さまにも満足いただける。サービスすべてにおいて、100室程度の規模のホテルが実施するきめこまかなおもてなしを1千室規模の当ホテルで実現する。今後もそのような世界でも珍しいホテルでありたい。
―― サービスの今以上の充実は、やはり20年の東京オリンピックを見据えてのことなのでしょうか。
定保 それは一つのタイミングにすぎません。大事なことは20年の後、当ホテルが140周年、150周年と時代を重ねていくことを考えなければなりません。日本の迎賓館として誕生し、100年以上、築き上げてきたブランドにあぐらをかくのではなく、次の時代に継承し、発展させなければならないのです。
―― 次の時代に向けて、具体的に取り組まれていることはありますか。
定保 業績を上げることは当然として、サービスを充実させていく。ホテルとしての力を高めていくことです。そのために、社員、スタッフのモチベーションを高く保つことが重要だと考えています。そこで待遇の改善、世界で通用するホテルマン育成のための研修の強化を考えています。モチベーションが高まれば、サービスの質も向上する。そうするとお客さまの満足度も向上し、業績に反映される。こういった好循環を生み出していきたいと思っています。
―― 今、サービス業に限らず、熟練の職人の技の継承が一つの課題になっています。帝国ホテルにもサービスのプロフェッショナルが何人もいらっしゃると聞いています。
定保 一例ですが、靴磨きの職人さんがいます。お客さまの中には、帝国ホテルで食事をしようではなく、また「靴磨きをしてもらおう」でさえなく、「あの人に会おう」とおっしゃる方がたくさんおられます。レストランでも、何が食べたいということではなく、「あの人のサービスを受けたい」と言われるスタッフもいます。そういったプロの技術、心構えを今の若いスタッフに継承していくということも、当ホテルの使命の一つだと考えています。そうでなくては、培ってきたブランドを継承していくことはできないのです。
ホテル業の本質を学んだ若き日のアメリカ体験を語る定保英弥氏
―― そういったことを重視するのは、社長御自身が現場での経験が豊富ということもあるのでしょうか。
定保 それは1つの要因かもしれません。営業を長年経験してきましたが、それだけにサービスを支えるスタッフの姿こそが、帝国ホテルのブランドを支えていると感じます。昔話ですが、私が営業でアメリカ各地を回った時に、帝国ホテルのスタッフだということで現地の旅行代理店の人は時間を作ってくれる。フランク・ロイド・ライトの建築のホテルだと言えば、感心してくれる。今でも私が海外に出ると、帝国ホテルの社長が来ているということで、それなりの扱いをしていただける。これは一朝一夕で培われるものではないと思います。まさに100年を超える歴史、そこで先達が培ってきたブランドがあってこそなのです。
―― かつては海外への営業に出ておられたのですね。
定保 まだ20代後半の頃ですが、年に一度、上司と数人でまずニューヨークに渡り、そこから違うコースでロサンゼルスを目指す、その途中で各都市の旅行代理店を訪問するという営業活動をしていました。3年ほど、毎年アメリカ横断をしていましたね。当時は、今のようにノートパソコンやタブレット端末はありませんから、持っていくのは紙のパンフレットです。あれが案外重くて、旅を続けながら、パンフレットが減っていくのがうれしかった。とにかく、現地の旅行代理店に「日本への旅行を勧めてほしい。宿泊先として帝国ホテルを勧めてほしい」とお願いしていくのですが、正直、当時の私の英語は流暢とは言えないものでした。それでも、なんとか場数をこなしていくことで度胸もつきました。毎年通っていたので、覚えてくれる代理店もいらっしゃって、だんだん面白味も感じるようになりました。
―― その後、アメリカに駐在されていたのでしょうか。
定保 そういったアメリカでの営業を3年ほど続けた後、ロス駐在になったのです。実は、そのころに知りあった日系の旅行代理店があります。代表の方は女性で、今ではロスで旅行代理店をして50年になろうかという大先輩です。精力的な方で、御自身で行き先もホテルも手配して、率先して動く上に、彼女のモットーは「礼儀正しく、丁寧にお客さまに接する」というものでした。その仕事ぶりをロス駐在時代に目の当たりにして、これこそホテル業の原点ではないかと感じたのです。お客さまに、常に礼儀正しく、丁寧に接すること。これが徹底されていれば、問題は起きないはずではないか。そこから、自然と利益が生まれてくるはずだ。この方とはホテルと旅行代理店というお付き合いではありますが、それを超えて、大事なことを教えられた、大きな存在です。
―― 3年連続のアメリカ横断と、その後のロス駐在での経験は大きいのですね。
定保 仕事はこなすものではなく、どれだけ丁寧に、きめ細かく、お客さまの要望にお応えするかが大切なのです。それを身体で感じることができました。そうすればサービスの質も向上し、経営課題の解決も見えてくる。ホテルの本質はサービスであり、それを充実させていれば、数字につながるはずです。そして、一人でも多くの方に帝国ホテルというホテルを知っていただき、サービスを体験していただくように、情報発信にも力を入れていきます。
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