マネジメント

IMG_1825

2016年3月の「インターナショナル・ビューティー・ショー・ニューヨーク」において盛況を博した「ステップボーンカット体感セミナー」

企業の力は規模だけで決まるものではない。むしろイノベーションを起こす力は、決断が早く小回りの利く中小企業こそ発揮しやすいものだ。本シリーズでは、そんな中小企業を分析することによって、企業がイノベーションを起こすために必要な条件、そしてどんな行動が必要なのかを提示していく。

新しい技術で業界刷新を試みる

 旧態依然とした業界の体質に風穴をあけるのは容易なことではない。しかし、イノベーションを起こすには、タブーとされてきたことに勇気を持って立ち向かうことも必要になる。

 ステップボーンカットという新しいヘアカット技術を開発し、特許を取得。この技術を国内外に広め、今、世界の美容界から注目を集めているTICK-TOCKにも、かつては業界の風習にしばられ、技術を公開できずにいた時期があった。公開に踏み切ってからも、周囲から猛烈なプレッシャーを受けたという。

 それでも信念を貫いたことによって、アジア地域を中心に支持者が急増し、いまや日本の美容界そのものへの評価や、美容師の地位の向上にも貢献しているのである。

 日本の美容界は、技術のマンネリ化、料金のダンピング、少子高齢化による客数の減少といった課題を抱えており、1980年代から30年間、市場規模は縮小こそしていないもののほとんど変化がないという。

 特にカット技術に関しては、ビダル・サスーンが考案したサスーンカットが、ほぼ60年間、ほとんど変化なく継承されてきている。ところがこのサスーンカットは、西洋人のために開発されたもので、日本人には合わない。しかも施術に時間がかかり、お客様にも美容師にも負担が大きい。

 TICK-TOCK代表取締役の牛尾早百合(SAYURI)さんが開発したステップボーンカットは、髪の量感を自在に調節して、日本人の骨格も西洋人に劣らずきれいに見せることができる。多くの人が望むように、顔を小さく卵型に、首を長く見せる効果もある。

 顧客に喜んでもらえるので、技術料は高めに設定できる。施術時間も短くて済むので、従来より大きな利益を確保できる。当然、美容師の収入も増えるので、定着率も向上する。

 いいことづくめのステップボーンカットだが、SAYURIさんは当初、これを25歳で神戸に構えた自分の店でのみ提供していて、ほかの美容師やヘアサロンに公開しようとは考えていなかった。

 その考えを変えたのは、2010年ころのこと。専門誌『HAIR NEWS MAGAZINE』に1年間にわたって連載した記事を1冊の本にまとめようとしていたとき、日本の美容界の保守的な体質を再認識することとなり、業界の活性化のために自分の技術が役に立つのではと思い至ったからだった。

『FOR JAPANESE HAIRDRESSERS 日本の美容師たちへ』が刊行され、世界6カ国13都市で発売になったのを機に、SAYURIさんはステップボーンカットの公開に踏み切った。これに先立ち、特許を出願し、2013年に取得している。

技術者の教育・支援プログラムを確立

IMG_0864

ステップボーンカットは「インターナショナル・ビューティー・ショー(IBS)」より高く評価されている

 ステップボーンカットが誤って理解されることは、最も避けたいことだ。そのため認定制度を確立して技術者をランクづけし、禁止事項なども細かく規定している。

 技術者を養成する機関として、TICK-TOCKではステップボーンカット・アカデミーを開設。SAYURIさんのヘアサロンで技術を習得したスタッフが講師となって、ステップボーンカットの指導に当たっている。ここにはシンガポール、インドネシア、中国などの美容室チェーンのスタッフが数多く受講に訪れているという。

 技術者を認定するのは、SAYURIさんが代表を務める一般社団法人日本小顔補正立体カット協会。現在、協会の認定を受けて正式に導入しているヘアサロンは国内外を合わせて約550店に上る。

 ステップボーンカットを施すには、技術のほかに、専用のローション、シザー(はさみ)が不可欠だ。TICK-TOCKではそれらを合わせて提供している。

 それまで、そういった技術や関連商品を販売するのは専門メーカー、ディーラーに限られていた。美容師がヘアサロンのお客様以外を対象にビジネスをすることはタブーとされていたため、一部からは反発もあったという。しかしこれも、ステップボーンカットの普及のためには、越えなければならないハードルだった。

 また、2016年3月には、世界中から5万人の美容師が集まる「インターナショナル・ビューティー・ショー・ニューヨーク」において「ステップボーンカット体感セミナー」を実施。ラスベガス、ロサンゼルスでもセミナーを開催した。

 こうして関西発の新技術は、アジア、アメリカ、そしてフランスなどヨーロッパへも広がりを見せている。短期間でグローバルなブランディングを実現しているステップボーンカットだが、顧客が待ち望んでいた技術であるだけに、一過性のブームには終わらず、パラダイムシフトを成し遂げる可能性が高い。

 やがて東京に逆上陸し、国内市場を席捲する日も近いかもしれない。

新しい価値の創出ポイント

 実は日本人には合わないサスーンカットを、60年間脈々と受け継ぎ、提供してきたという日本の美容業界。新しい技術が生まれても、旧態依然とした体質に風穴があかなければ、多くの顧客がその恩恵にあずかることはできなかった。

 TICK-TOCKの功績は、画期的な技術を生み出したことに加え、果敢に業界の体質変革に臨んだことにあると言える。

(かんだ・まさのり)経営コンサルタント、作家。1964年生まれ。上智大学外国語学部卒。ニューヨーク大学経済学修士、ペンシルバニア大学ウォートンスクール経営学修士。大学3年次に外交官試験合格、4年次より外務省経済部に勤務。戦略コンサルティング会社、米国家電メーカー日本代表を経て、98年、経営コンサルタントとして独立、作家デビュー。現在、ALMACREATIONS 代表取締役、日本最大級の読書会『リード・フォー・アクション』の主宰など幅広く活動。

関連記事

好評連載

銀行交渉術の裏ワザ

一覧へ

融資における金利固定化(金利スワップ)の方法

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第20回)

銀行交渉術の裏ワザ

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第19回)

定期的に銀行と接触を持つ方法 ~円滑な融資のために~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第18回)

メインバンクとの付き合い方

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第17回)

銀行融資の裏側 ~金利引き上げの口実とその対処法~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第16回)

融資は決算書と日常取引に大きく影響を受ける

元榮太一郎の企業法務教室

一覧へ

社内メールの管理方法

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第20回)

企業法務教室

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第19回)

タカタ事件に学ぶ 不祥事対応のプリンシプル

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第18回)

「ブラック企業」という評価の考察

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第17回)

電話等のコミュニケーション・ツールを使った取締役会の適法性

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第16回)

女性の出産と雇用の問題

本郷孔洋の税務・会計心得帳

一覧へ

税務は人生のごとく「結ばれたり、離れたり」

[連載] 税務・会計心得帳(最終回)

税務・会計心得帳

[連載] 税務・会計心得帳(第18回)

グループ法人税制の勘どころ

[連載] 税務・会計心得帳(第17回)

自己信託のススメ

[連載] 税務・会計心得帳(第16回)

税務の心得 ~所得税の節税ポイント~

[連載] 税務・会計心得帳(第15回)

税務の心得 ~固定資産税の取り戻し方~

子育てに学ぶ人材育成

一覧へ

意欲不足が気になる社員の指導法

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第20回)

子どもに学ぶ人材マネジメント

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第19回)

子育てで重要な「言葉」とは?

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第18回)

女性社員を上手く育成することで企業を強くする

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第17回)

人材育成のコツ ~部下の感情とどうつきあうか~

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第16回)

人材育成 ~“将来有望”な社員の育て方~

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

次世代の医療現場を支える病院経営の効率化を推進――保木潤一(ホギメディカル社長)

1964年にメッキンバッグを販売して以来、医療用不織布などの、医療現場の安全性を向上する製品の普及を担ってきた。国は医療費を抑える診断群分類別包括評価(DPC制度)の導入や、効率的な医療を行うため病院のさらなる機能分化を実施する方針を掲げており、病院経営も難しい時代に入っている。ホギメディカルは手術室の改善か…

刺激を浴びて徹底的に考え抜くことで自らを変革する―― 鎌田英治 グロービス 知命社中代表

ワンストップで手厚くサイトの売却をサポートするサイトマ――中島優太(エベレディア社長)

新社長登場

一覧へ

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

中堅証券会社のアイザワ証券は今年7月、創業100周年を迎えた。この記念すべき年に父からバトンを受け継ぎ新社長となったのが、創業者のひ孫にあたる藍澤卓弥氏。地域密着を旗印に掲げてここまで成長してきたアイザワ証券だが、変化の激しい時代に、藍澤社長は何を引き継ぎ、何を変えていくのか。聞き手=関 慎夫 Photo:西…

メディカル事業を横串にすることでシナジーを発揮し、顧客満足度向上へ 伏見有貴(リゾートトラスト社長)

新事業の芽を伸ばすことでさらに大きな個性的な会社を目指す――日髙祥博(ヤマハ発動機社長)

イノベーターズ

一覧へ

老舗コニャックメゾンがブランド強化で日本市場を深耕――Remy Cointreau Japan代表取締役 宮﨑俊治

フランスの大手高級酒グループ、レミー・コアントロー社の日本法人。18世紀から愛飲されてきた名門コニャックの「レミーマルタン」や世界有数のリキュール「コアントロー」をはじめ、スピリッツやウイスキーなど戦略的なラインアップを日本市場で展開している。同社の宮﨑俊治代表取締役に事業展開について聞いた。 &nbs…

リグナ社長 小澤良介 家具のEC販売から様々な展開へ

内装空間の総合プロデュースで想いをカタチに創り上げる――ユニオンテック社長 大川祐介

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸教育部…

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2018年12月号
[特集]
平成 ランキングで振り返る“時代”の経営者

  • ・バブル破裂で顔ぶれ一新 平成人気経営者の系譜
  • ・次の時代を創るリーダーとは?

[Special Interview]

 榊原定征(2025日本万国博覧会誘致委員会会長)

 「誘致決定まで1カ月 大阪万博を日本経済の起爆剤に」

[NEWS REPORT]

◆コンビニ軽減税率適用で激化する「外食VS中食」の戦い

◆「液晶のシャープ」が有機ELスマホを発売 初の国産パネルで攻勢をかける

◆「世界一高い」と認定された日本の携帯料金のこれから

◆チャネル政策を見直すトヨタ自動車の危機感

[特集2]

 北海道・新時代の幕開け

ページ上部へ戻る