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 企業の力は規模だけで決まるものではない。むしろイノベーションを起こす力は、決断が早く小回りの利く中小企業こそ発揮しやすいものだ。本シリーズでは、そんな中小企業を分析することにより、企業がイノベーションを起こすために必要な条件、そしてどんな行動が必要なのかを提示していく。

現代に甦りはじめた日本の伝統食、「麹」の力

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創設者の河内源一郎氏は“麹の神様”と呼ばれた

 鹿児島空港から、車でほんの3分ほどの距離に、世界でも先端の麹研究の施設がある。

 研究施設の名は、源麹研究所。その存在を知るものはほとんどいないが、この研究所には、スロバキアをはじめとした海外の大学研究者が頻繁に訪れ、また日本通運、全日本空輸、日本政策投資銀行といった名だたる企業、銀行が出資している。

 一体、麹研究の何が注目を集めているのか? そして麹という、日本のありふれた伝統食が、どんなイノベーションをもたらすのだろうか?

 その答えを持っているのが、“麹の神様”と呼ばれる「河内源一郎」の孫であり、源麹研究所を率いる山元正博である。

 薩摩の芋焼酎はいまや日本全国で愛されているが、河内源一郎とは、この礎を築いたとも言える人物。麹なくして焼酎はない。彼は、暑い九州でも腐敗しない“もろみ”を求めて、沖縄の泡盛の製造法を研究し、黒麹菌の純粋分離に成功。これを用いて芋焼酎を作る方法を、南九州の焼酎工場に広めたのだ。現在でも日本の焼酎メーカーの8割が、同社から種麹(たねこうじ)を買って焼酎を製造している。

 ただ、種麹の提供は、ビジネスとしてのうまみは薄い。しかも、すでに8割のシェアがあるだけに、これ以上、事業規模の拡大を図ることも難しい。

 そのような中、紆余曲折を経ながら、同社は代替わりを重ねてきた。

 1代目の河内源一郎はそもそも、大正初期に大阪大学発酵工学部を出て大蔵省技官になり、熊本税務監督局に赴任していた。源一郎の娘婿で、2代目社長となった山元正明は、鹿児島大学の研究室出身。そして3代目社長の山元正博は東京大学大学院修了と、代々の経営者は研究者の横顔を持つ。

 正博は、新事業を軌道に乗せた後、“麹”という原点に回帰。惜しみない投資をし、研究に没頭した結果、誰にもマネできない画期的な技術を開発するに至ったのである。

 

焼酎づくりから、焼酎がテーマの観光事業へ

神田第3回3枚目

トップセールス商品となった「霧島高原ビール」

 話は、正博が学業を終え、家業を継ぐために鹿児島に戻り、2代目社長である父・正明の片腕として働いていたときにさかのぼる。以前から自身でも焼酎を製造してみたいと思っていた正明は、知人から酒造会社を譲り受け、焼酎「てんからもん」を発売。これが地元で大評判となる。

 だが、本業の顧客である焼酎工場から営業妨害と捉えられ、大バッシングを受けた。

 事態を収拾するために、とばっちりを被ったのが正博である。父に会社を解雇された上、経営が悪化し、先行きの見えない酒造会社を押し付けられた。38歳のときである。

 正博は知恵を絞り、酒造会社を観光工場として再生させるというアイデアにたどり着く。当時まだマイナーだった焼酎を、県外からの観光客にアピールしようというわけだ。

 企画を練り上げ、2つの銀行から8億円の融資を受けて、1990年、鹿児島空港のすぐそばにテーマパーク「GEN」をオープンさせる。日本中の観光業者に営業をかけ、集客を図った。

 1995年には、日本で7番目に、地ビール製造免許を取得し、チェコビール「霧島高原ビール」を製造・販売。これが「GEN」のトップセールス商品となる。1996年にはテーマパーク内に、チェコビールのレストラン「バレル・バレー プラハ」(通称チェコ村)を増設した。

 やがて連日、大型観光バスが列をなすようになり、観光事業は軌道に乗った。最盛期の来場者数は年間45万人。たった3人で再出発した会社の従業員は、100人になった。もちろん借金は完済し、累計赤字もゼロになった。

麹菌から、世界の農業を変える大発明

神田第3回2枚目

山元正博氏

 しかし、祖父の河内源一郎を尊敬してやまない正博は、やはり観光ではなく、最後は麹で勝負したいと考えていた。

 麹菌は焼酎だけでなく、もっと大きな可能性を秘めているはずだ。鹿児島は畜産・農業の一大産地でもある。農業というフィールドで、麹菌を役立ててもらう技術を開発したい。

 2001年、51歳のとき、「源麹研究所」を設立。観光事業は妻に任せて、それから15年、研究開発に没頭した。年間平均7千万円の研究開発費を投じて、ついに完成させたのが、「麹リキッドフィード技術」である。

 祖父が発見した「河内菌黒麹」を使って発酵させた液状飼料を豚に食べさせると、餌代が約20%節約でき、豚の成長は約40%速くなる。病気も減り、死亡率が激減する。肉には麹菌由来のビタミンEが含まれていて、高品質だ。つまり「麹リキッドフィード技術」を導入することで、養豚業は、利益率を格段に高めることができるのだ。

 そればかりではない。糞の異常発酵(腐敗)が抑えられるため、養豚場の臭いが大幅に軽減。さらにここから作られる堆肥は、品質が良く、これを使った茶葉の成長は非常に早いのだという。

 食品会社の要請を受け、現在、鹿児島県内で、この技術を用いた、堆肥製造工場併設の8千頭規模の豚舎プロジェクトが進行中。また自前のプロジェクトとして、愛知県で1万頭規模の豚を飼育する計画も進んでいる。ヨーロッパからの引き合いもきている。

新しい価値の創出ポイント

 さらに、この技術は、最近では健康食品にも応用されている。そもそも豚の生理と人間の生理は似ていて、研究過程で人間の生理についての理解も深まってきたのだという。

 14年に、免疫システムの改善や花粉症の症状軽減が期待できる茶麹のサプリメントを開発し、商品化した。長年の研究成果が凝縮された商品であり、広告テクニックで伸びてきた健康食品とは一線を画す。これによってB to Cの分野にも参入することになり、事業のフィールドはさらに広がっている。

 代々引き継いできた麹研究の成果である、多くの特許取得技術は、同社のコア・コンピタンスだ。これが、今後も食糧生産、医療健康分野における大きな革新を成し遂げていく可能性を秘めている。

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