マネジメント

「着ればビジネスが上手くいく」

 そんな都市伝説のようなスーツの噂が、大阪界隈で立ち始めたのはここ数年の話。オーダーメイドスーツ専門店「muse style lab」の顧客たちは、いつの頃からかそこで仕立てるスーツを「ヴィクトリースーツ」と呼ぶようになった。文=吉田浩 写真=森モーリー鷹博

スーツを作りに来て人生を考える

勝社長2

(かつ・ともみ)兵庫県宝塚市生まれ。神戸松蔭女子学院大学短期大学部卒業。販売員から始まり、国内外でのスタイリスト経験を経たのち、テーラーに転身。28歳で自社ブランド「muse style lab」を立ち上げる。企業経営者など多くのエグゼクティブを顧客に持つ。

  2013年に淀屋橋(大阪市中央区)に「muse style lab」を立ち上げたのが勝友美氏。オーダーメイドスーツの世界では初めてと言われる女性テーラーだ。16年3月には東京・六本木にも店舗をオープンした。

 勝氏はオーダーを受ける際、最短でも2時間かけて顧客からヒアリングする。その内容は、「どんなきっかけでスーツを作ろうと思ったのか」「どんな仕事をしていてどうなりたいのか」さらには「どんな人生を生きたいのか」にまで及ぶ。

 スーツの注文というより、心理カウンセリングか人生相談のようだ。時にはスーツの話だけでなく、顧客に人を紹介したり仕事のやり方を指南したりすることもあるという。

 「お客さまがどういう思いで生きていて、今どの位置を歩いているのかが見えてきた時に、『よし、作れる』と思うんです」と勝氏は言う。逆にそこまで納得できなければ、スーツを作らないこともある。

 顧客の多くは経営者や大手企業の営業マンなど、上昇志向の強い人々だ。彼らは、勝氏と話すうちに自分の本来の目的に目覚め、スーツを仕立てるのは「なりたい自分」を実現するためだということに気付く。

 「会社での評価が最下層だった営業マンの方が、スーツを作ってから自信にあふれて最高評価になったり、中にはマインドセットが入り過ぎて、サラリーマンを辞めて俳優になるという人もいました」

 と、勝氏は笑う。

 当然の話だが、服自体に魔法が掛かっているわけではなく、人生の目的に目覚めた顧客たちが、自分にふさわしいスーツを着ることによって成功の階段を上る。そうした事例が数多く生まれたことが、ヴィクトリースーツと呼ばれるようになった所以だ。

 オーダーメイドの理念を実現するために起業

  幼少期からファッションが好きだった勝氏は、20歳でレディースアパレルショップの販売員となり、入社1日目でトップセールスを記録、1カ月後には副店長になるというスピード出世を成し遂げた。

muse六本木店舗

東京・六本木の店舗

 大好きな服に囲まれ、仕事も順調で絶好調なはずだったが「このままでは自分の成長が見えない」と、退職。ヘッドハンティングを受けた中国のポータルサイトで、スタイリストとして海外向けに日本のファッション情報を発信する仕事に就いた。

 その後、多忙や父親の他界などによる心身の疲労で、一時はファッション業界を離れることも考えたという。しかし「ファッションの仕事がしたい」という思いは消えなかった。そして、自分に足りない採寸や縫製の知識を得るため、オーダーメイドスーツの企業へ転職を決意した。

 そこで見た世界は、およそ自分が持っていたイメージとはかけ離れたものだった。オーダーメイドを謳いつつも、実際は決まったいくつかの採寸パターンにいかに落とし込むか、接客時間をいかに短くして効率的に仕事をさばくかといったことで評価された。

 「既製服と違って、顧客の願いを実現できるのがオーダーメイドのはず。その理念がおざなりになって、市場シェアを取るために価格も価値も下げていました。これでは、確かな技術を持っているフィッターも育たない。そうした業界の問題が見えてきたんです」 

 いつかはファッションの仕事で独立したいという気持ちは以前から持っていたものの、それがオーダーメイドスーツの世界だとは思っていなかったという勝氏。女性テーラーが他にいない特殊な世界にありながらも「自分が女だからこそ革新できる」と起業に踏み切った。

 個人的な顧客は多少いたものの、人脈はなし、独立の仕方すら分からないという状態からの起業。100件を超える店舗の候補物件資料に自ら目を通し、内装も知り合いに頼み、店に置くアンティークの家具や小物などは自ら自転車を漕いで掻き集めた。

 今でこそ紹介で多数の顧客を抱えるが、開店当初はひたすら営業。「お店に入ってくる人は全員お客さんだった」という勝氏は、出入りの業者にまでスーツを勧めた。

 そうした努力が実を結び、評判はみるみる広がっていった。短期間で顧客を増やすことができたのは、紹介された案件を高い確率で受注に結びつけていったからだ。

 開業して3年間で手掛けたスーツは1千着以上、ピーク時には1カ月に50着を作ったこともあるという。しかも前述した通り、1人1人の顧客と向き合い時間をかけるスタイルのため、決して手は抜かない。

 「例えばひと月に50着作るペースだと、前月分の納品や翌月の新規開拓も含めると150件ほどのアポイントが確定した状態で1カ月が始まるわけです。でも全部本気でやります。これは、本当に死ぬかなと思ったこともあります。服を作れて死ねたら本望とも思いましたが、人を雇うようになってから、長く生きたいと思うようになりましたね(笑)」

 店舗拡大より女性テーラー育成を

 勝社長1 通常、スーツの仕立ては100工程ほどだが、museでは完成までに約400工程を掛ける。採寸はミリ単位までこだわり、過去の顧客データなどから独自に研究を重ねた特殊な補正技術を駆使して、顧客の体型にベストマッチする製品に仕上げていく。1千着以上仕立てたスーツの中で、全く同じ採寸のものは一着もないという。縫製はすべて、国内の工場で行っている。

 勝氏の直近の目標は、店舗拡大ではなく、女性向けのオーダーメイドスーツを広めていくこと、そして女性テーラーを育成することだ。

 現在、museが手掛けるスーツの9割が男性向け。女性向けオーダーメイドスーツは、世間的にも認知度が低い。女性向けオーダーメイドスーツの需要は高いものの、どこにいけば作れるかという情報がない、そして女性テーラーがいないため手掛けられる人が非常に少ない、と勝氏は指摘する。

 まずは自分の店でテーラーとしての技能を女性従業員に伝承し、数年以内にスクールを展開して技術の検定制度を導入したいと勝氏は語る。こうした試みによって、オーダーメイドスーツ業界のみならず、ファッション業界を変える意気込みだ。

 さらにその先の目標について尋ねると、

 「museをブランドに育てて、世界中の人に知ってほしい。いつかmuseのスーツを作るのが夢だという声がいろんなところから聞こえてきたら、それがブランドになったということだと思います」

 との答えが返ってきた。

 世界的なブランドになるのは、当然ながらたやすい話ではない。だが、経営者のエネルギーと周囲を巻き込む力という点については、間違いなく条件をクリアしていると思わせる人物だ。

muse style labホームページ

 
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