若き日に厳しい環境に自ら身を置き、投資のプロとしてのポリシーを培った澤上篤人氏。「運用成績がすべて」と言いつつも、「企業が成長するかどうかは投資の基準として重視しない」と語る真意はどこにあるのか。今回も澤上氏の投資哲学に神田昌典氏が迫る。 構成=本誌/吉田 浩 写真=森モーリー鷹博
財務諸表を見れば会社の“意志”が見える
神田 澤上さんは若い頃にスイスですごい投資家たちと切磋琢磨したということですが、当時から長期投資に注目されていたわけですね。ところが、市場の軸は短期投資に傾いています。
澤上 大きな理由の1つが年金資金です。1970年代後半から、世界の運用ビジネスにおいて年金が大きな地位を占めるようになり、その運用にありつこうと多くの人が群がりました。マーケティングが主体となった世界の運用ビジネスでは、長期投資の話をしても、だれも耳を貸さない。それよりも短期の成績を競って運用資金を獲得しようというわけですから。
神田 しかし、年金資金の運用は、本来20年後、30年後を見すえる思想であるべきですよね。
澤上 そうです。しかし、世界の投資市場は年金資金が大きな割合を占めています。それが短期の成績を追い回しているのが、今の投資市場です。
神田 ところで、企業の財務諸表を見ただけで、その会社が成長するかどうかは見抜けるものでしょうか。
澤上 1年分だけ見ても無理です。しかし、例えば10年分を横に並べてみると分かってくるでしょうね。バランスシートの変化を見ていると、経営の意志が見えてきます。
神田 数字に経営の意志が表れるわけですね。
澤上 よく会社は経営者で変わると言われますが、私は投資の判断の際に経営者はあまり見ません。経営者は2期4年とか3期6年で変わりますが、経営はそれで終わるわけではない。長期投資は10年、20年という単位で考えます。だから企業分析の際に経営者の言葉はあまり気にしません。そもそも本当のことを言っている保証もないですから。逆に、言葉にはしていなくても、素晴らしい成果を残す経営者もいます。経営者の人柄や言葉ではなく、数字でしか見えてこないものを重視します。
投資の基準は応援したい企業かどうか
神田 澤上さんが投資先に選ぶ会社の基準は、どのようなところに置かれているのでしょうか。
澤上 驚かれるかもしれませんが、その企業が成長するかどうかはあまり重視していません。それよりも、どれだけ社会に貢献しているのかのほうが大切ですね。
神田 具体的には、どんなことでしょうか。
澤上 例えば、2000年頃の不景気の時、住友金属やクボタ、コマツ、住友重機などは、経営が悪化し、中には潰れてしまうかもしれないという人もいました。しかし、それらの会社は、オリジナリティーあふれる技術があり、実績も確かです。事業の軸もぶれていない。こんな会社が潰れるわけがない。あまり知られていませんが、新幹線の車輪はすべて住金が手掛けています。それだけの信頼と技術を持っている。そんな会社の株価が下がっていたらこれは買いです。必ず将来上がる。日本経済を支えている優秀な企業ですから、応援したいじゃないですか。日本経済を応援する手段として、投資はとても有効な手段なんです。
神田 投資家の中には、日本企業は経営者が駄目だから買わないという人もいます。
澤上 それも投資の1つのポリシーです。でも、そういう投資家が10年後、20年後に生き残っているかと言われたら分からないですよね。少なくとも私は、46年間投資の世界で生き残ってきました。世界の市場でファンドマネージャーが10人いたら、10年後に生き残っているのは1人か2人です。15年たったら、1人生き残っていたら良いほうです。
ファンドマネージャーは贅沢を知ると脱落する
神田 投資の世界で46年も生きていると、ご自身が世間とずれてきたと感じることはないでしょうか。
澤上 淘汰されたファンドマネージャーたちを観察していると、1つの真理が見えてきました。それは「運用をする人間は贅沢をすると駄目になる」ということです。どんなに優秀な投資家も、贅沢を覚えると脱落します。そうなる前に引退するか、贅沢をしない、あるいは引退してから贅沢をするしかありません。普通の人の感覚を失ったら、投資家は駄目になります。私はみなさんが思っているほど給料はもらっていませんし、当社の社員もごく普通のサラリーマンよりは多いかもしれませんが、飛びぬけた給与ではありません。
神田 ちなみに長期投資では、ウォーレン・バフェットという神様とも言われる人がいますが、バフェット氏と澤上さんの違いはどんなところにあるのでしょうか。
澤上 あの人は世界でも最高の投資家の1人でしょう。しかし、私との違いで言うと、彼は投資マニアで、投資して利益を出すことが最大の目的です。一方、私は利益も大事ですが、応援したい会社にしか投資しない。目的がそもそも違うんですね。
神田 澤上さんは、応援したい会社に投資しながら利益を出すノウハウを厳しい環境で身に付けられたと思いますが、それを部下に伝えるためにどのような教育を行っているのでしょうか。
澤上 なかなかトレーニングは難しくて、今社内でもファンドマネジャーと呼べるのは数人しかいません。投資して利益を上げるだけなら、安く買って高く売るだけですからマネー転がしにすぎない。それだけではなく応援したい企業を見付けるのが一番大切なことです。日本に上場企業は3600社以上ありますが、私はそのうち600社くらいしか自分の投資対象だと思っていません。そういう判断ができるかどうか。これはなかなか教育で身に付くものではありません。
神田 応援したい企業を見つけるために、どんな勉強をすれば良いのでしょうか。生半可な勉強では澤上さんのレベルには到達しないように思えます。
澤上 例えば大量に本を読む。それも問題意識を持って、テーマを決めて読み続けます。私は各種の経済誌などはあまり読みませんが、科学雑誌などには興味深く目を通します。それは問題意識を持っているからですね。
今の“不納得”こそが将来の“納得”につながる
澤上 正直、ネットではあまり調べません。デマも多いしそもそも表層的な情報ばかり。一番いいのは図書館です。うちのリサーチャーもネットで情報収集はしますが、それだけには頼らない。目先の情報を追い回すのではなく、広く深く遠く調べるのです。
神田 それはどういう意味でしょうか。
澤上 そもそも投資というのは“将来の納得のために、今の不納得で行動する”ものです。将来の納得は価値の高まりによって、いずれ株価が上がって利益が出ることです。しかし、そのためには、今安い株を買っておく必要があります。今安いと言うことは、評価されていないということです。そんな会社の株を買うと言ったら「なにを言っているんだ」と言われます。つまり、不納得なんです。みんなが納得する企業の株価は既に高い。誰も評価しない株を買っておくからこそ、投資収益を出せるのです。これは短期投資家にはできない芸当です。
神田 多面的な思考、視点が大切という考えかたは、子どもたちへの教育にも通じると思います。そこで澤上さんが今、子どもたちに教育をするとしたら、どんな方針を取られますか。
澤上 まずは体力づくりのためのスポーツ、そして読書です。読書では、どんな本を読めということは一切言いません。自分で面白いと思う本を見付けて、そこから次に読む本を見付けていってほしいですね。
私自身、大人になってからの話ですが、投資の世界は戦争だと思ってクラウゼビッツなど戦史を勉強しました。そこから心理学も大事だと思って心理学の本、さらには哲学書まで広がっていきました。そういうテーマを自分で見付けてほしいですね。あとは、手と頭を動かすことです。手を動かすのはそろばんが一番いい。頭の訓練は声を出して口を動かすといいですね。
最後に、今の若い人たちには、自分がバリバリと働きたい、成長したいという気概があるなら、一度、めちゃくちゃに勉強して、めちゃくちゃに働いてみろといいたい。世界には信じられないほど勉強して、働いてトップに登りつめていこうとしている連中がいっぱいいます。そこで競争するとものすごい成長ができます。誰もがそんな環境で戦えるわけではありませんが、チャンスがあるなら、そして気概があるならやるべきです。やるべき時は全力で取り組んでほしいと思います。
神田 ご自身が厳しい環境で切磋琢磨されたからこそ出てくる言葉ですね。
(かんだ・まさのり)経営コンサルタント、作家。1964年生まれ。上智大学外国語学部卒。ニューヨーク大学経済学修士、ペンシルバニア大学ウォートンスクール経営学修士。大学3年次に外交官試験合格、4年次より外務省経済部に勤務。戦略コンサルティング会社、米国家電メーカー日本代表を経て、98年、経営コンサルタントとして独立、作家デビュー。現在、ALMACREATIONS代表取締役、日本最大級の読書会「リード・フォー・アクション」の主宰など幅広く活動。
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