1970年の大阪万博では、ファミレスやファストフードなど、今では当たり前になった「世界の食」が人気を集めた。それから55年。今や和食が世界遺産となるなど、「日本の食」は世界から注目を集めている。今度の万博は、その誇るべき日本の食を、さらに世界に広める絶好のチャンスとなる。そこで食をテーマにパビリオンを展示する、万博プロデューサーで放送作家の小山薫堂氏と、大阪外食産業協会会長の中井貫二氏に、万博に参加する意義、そしてそれぞれのパビリオンの見どころを語り合ってもらった。構成= 関 慎夫 Photo=幸田 森(雑誌『経済界』2025年3月号「万博の夢と希望を、もう一度!」特集より)
小山薫堂 放送作家&中井貫二 大阪外食産業協会会長、千房社長のプロフィール

こやま・くんどう 1964年生まれ、熊本県出身。日本大学藝術学部在学中に放送作家としてデビュー。「カノッサの屈辱」「料理の鉄人」など人気番組に携わる。米アカデミー賞を受賞した「おくりびと」のプ脚本家であり、「くまもん」の生みの親でもある。万博では7人のプロデューサーの一人として「いのちをつむぐ」を担当する。

なかい・かんじ 1976年生まれ、大阪府出身。慶應義塾大学経済学部を卒業後、野村證券に14年間勤務。2014年に父・中井政嗣が創業した「千房」に入社し、専務として社内改革を推し進め、18年に社長に就任。現在、大阪外食産業協会会長を務め、万博ではパビリオン「宴~UTAGE~」を出展する。
1万2千店、17万人を雇用する大阪外食産業協会
中井 小山さんと知り合ったのは、2年ほど前、共通の友人を通じてでしたよね。2人とも食をテーマに万博に関わっていますし、小山さんは雑誌『dancyu』に「一食入魂」というコラムを連載されるほど、ものすごく食への造詣が深い。ですから今日の対談をものすごく楽しみにしてきました。
小山 「一食入魂」は23年以上続きましたが、『dancyu』が月刊誌から季刊誌に変わるのに伴い12月発売号で最終回を迎えました。あの連載は、私が日常生活の中で体験した食のことを綴ってきたのですが、最終回だけは、ここに書くために、富良野のレストランに出かけてきました。
僕が好きな料理は、高級ではないけれど、多くの人に愛され、その人たちを笑顔にする料理です。食べると幸福感を覚える。こういう料理を僕は「ふくあじ」と呼んでいます。
中井 小山さんは万博で「いのちをつむぐ」というテーマのプロデューサーを務め「EARTH MART」という食のパビリオンを展開します。一方、私が会長を務める大阪外食産業協会(ORA)の「宴~UTAGE~」というパビリオンも、もちろん食がテーマです。
ORAは今から40年以上前にできた協会です。大阪・関西を中心とした飲食店・企業、そして賛助会員として取引業者さんの集まりです。会員は540社ほど。飲食店の数にすると約1万2千店。17万人ぐらいを雇用しています。
大阪で二度目の万博が決まった時に、ORAの仲間と「大阪は食の都、天下の台所」と言われてきた、だったら外食のパビリオンを出したら面白い、という話になって、パビリオン募集に手を挙げました。ただ、企業・団体パビリオンは10余りなのに対して、応募は20社ほど。どれも大企業や大グループ・団体です。ですから、これは選ばれるのは難しいと思っていて、どこかのパビリオンの中で展示しようか、などと考えていたのですが、なんと13のパビリオンの中の一つに選ばれてしまいました。うれしかったのですが、そこからが大変で、何しろお金がかかる。展示や営業ブースに協賛していただける会社は100社ほど集まりましたが、引き続き募集をしています。
小山 僕が初めて大阪の食に関わったのは、2007年、自分の会社(オレンジ・アンド・パートナーズ)をつくった直後でした。大阪なんばCITYの新飲食ゾーン「なんばこめじるし」の開業PRをプロデュース。同時に、テナントを埋めていくというテレビドラマを作り、ドラマの中に出てきたたこ焼き屋を本当に開店しました。ところが、美味しいだけでは大阪の人は財布の紐をほどいてくれない。うまさと価格を両立させなければならない。そこが難しくて、やはり食の激戦区でライバルもたくさんいることを思い知らされました。中井さんもライバルだらけでしょう。
中井 実はあまりライバルという気持ちは持っていません。これは父がよく言っていることですが、「他のお好み屋さんに人が並んでいても並んでいなくても腹が立つ」。並んでいなくても、お好み焼きを販売する仲間ですから、「なんで並んでへんねん」となる。ですから同業者は敵ではなく仲間です。みんなで大阪のお好み焼きを盛り上げていく。そういう意識は東京より大阪のほうが強いでしょうね。
ただし万博では、ORA会長の立場ですから、大阪の食は「粉もん」だけではないということを強く訴えていきたい。大阪の食文化はすごい。食材も豊富でそれを使った割烹文化が発展してきた。しかも美味しいだけじゃなくお値打ち価格で食べられる。これこそ小山さんの言う「ふくあじ」そのものです。
小山 大阪の食もそうですが、これは日本の食にも通じます。僕は日本の食は世界を虜にすると思っています。今回、プロデューサーを打診された時、「パビリオンをやるならどういうものがいいと思いますか」と聞かれて、迷わず「食じゃないですか」と答えました。
ただ、今度の万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」です。単に美味しいものを提供してそれで盛り上がればいい、というわけではなく、いのちを考えるものにしなければならないと考えています。そのキーワードが「いただきます」です。いのちを80年間紡いでいくために、われわれは一体どれだけの他のいのちをいただいているのか。改めて考えることで感謝の気持ちが生まれ、他者を思う気持ちが磨かれ、それが優しさになり、社会を生きていく上での感受性を育む。これをぜひとも子供たちに感じてほしい。
そして展示物でいのちを感じてもらう。僕はスーパーマーケットが好きですが、実は今のスーパーでは魚や肉が切り身として売られていて、いのちの匂いを消しています。だからEARTH MARTを体験した人にはいのちと向き合ってもらい、次にスーパーに行った時に、商品を見て、これもいのちなんだと思ってもらえる機会になればいいと思います。その意味で、パビリオンを出て終わりではなく、出口の向こうにある地球すべてがMART、つまり出口が本当は入り口です、ということを感じるパビリオンとなる予定です。
大阪を代表する食を週替わりで提供

中井 前回の大阪万博は1970年に開かれました。この年は、外食産業界では「外食元年」と言われています。万博会場内にロイヤル(ホールディングス)さんが、アメリカのチェーンストアマネジメントとセントラルキッチンを取り入れたファミリーレストラン的な店を出し大盛況。ケンタッキーフライドチキンも出展していました。こうしたノウハウが万博をきっかけに社会に広がり、外食産業が形成されていきました。その意味で外食の未来をつくった。
では現時点での外食の未来とは何か。ロボットやDXを駆使したようなものではなく、われわれは人の熱量を感じる外食を提言したいと思っています。生きていくためだけなら、別に外食する必要はありません。だけど、なぜわざわざ飲食店に行って食べたいかというと、やはり人と人とのコミュニケーションを求めているからです。最初に小山さんが富良野まで出かけた話をされましたが、これも食べ物だけを食べに行ったわけではなく、そのお店の人とのコミュニケーションをしにいったわけでしょう。そんな熱量を感じてもらえるのがORAのパビリオンです。
パビリオン自体は2階建てです。1階では食を提供します。8つのブースがあって、ORAの会員が週替わりや2週替わりで出店し、自慢の料理を販売。入場者はそこで好きな料理を購入して、パビリオンの横にある屋根付きの広場で食べていただくか、持ち帰っていただきます。一方、2階は、食の背景に触れる場所です。食べ物というのは、食材があり、それに人の手が加わって食事として完成します。この過程を通じて、食に関わる人の熱量を感じてもらう。例えばうどんを打ってもらう体験だったり、食育なども行います。これも入れ替わりで提供します。
小山 結局、食べ物とは愛じゃないですか。つくる側も食べる側も、お互いに愛を持って接することによってものすごく美味しく食べることができる。だから全世界共通で誰もが美味しいと思うのがおふくろの味です。愛情が詰まっていますからね。それを何とか再現できないか。EARTH MARTではそんな試みもやろうと考えています。そのためにテクノロジーを活用する。それと、食べた時の幸せな顔の写真を現在集めています。それをある演出をして展示します。
万博で漬けた梅干しを25年後にプレゼント
中井 それはいいですね。外食に携わる人間はお金を儲けたくてやっているのではなく、お客さまの美味しい顔を見たくて働いているわけです。その顔を見ることで、われわれも元気をもらえます。万博には世界中から人が集まります。彼らが日本に来る大きな目的のひとつが、食べることです。彼らに対して、大阪の食、日本の食の素晴らしさを伝えていく。70年万博では、世界から新しい外食が入ってきましたが、今度は日本の外食を世界に発信していく機会にしたいと思います。
小山 僕たちは梅干しをつくります。万博に行った人が、子どもや孫に万博の記念を残すにはどうしたらいいか、と考えたのです。70年万博ではタイムカプセルを埋めましたが、今度は抽選で当たった人向けに、万博会場で漬けた梅干しを25年間保管し2050年にプレゼントします。時空を超えたイベントです。
中井 まだ生まれていない人もその梅干しを食べることができるかもしれないところに、いのちのつながりを感じます。まさに、いのち輝く未来社会のデザインにふさわしいですね。
先ほど小山さんが、キーワードは「いただきます」とおっしゃいましたが、この感謝の気持ちは、日本独自の考え方かもしれません。いただきますだけでなく、「お箸」「おコメ」「お漬物」など、食べ物に関するものの多くに感謝の意味を込めて「お」をつける。こんな国はほかにないでしょう。私が経営する千房では、多くの元受刑者に働いてもらっていますが、彼らによく話すのは、「感謝の気持ちを常に持っていただきたい」「食というのは関わるすべての人が幸せになれるもの」ということです。万博では、子どもたちなど多くの人にこの思いを伝えたい。
小山 「お」好み焼き屋さんの言うことだから説得力がありますね(笑)。
中井 ありがとうございます。これで落ちがつきました(笑)。