1970年の大阪万博で注目を浴びた回転寿司から半世紀。2025年大阪・関西万博でくら寿司は〝寿司の枠〟を超えた挑戦を始める。環境に配慮した「スシテナブル」、世界の食文化をつなぐ「ハンズ・ハンズ」を実現し、レストラン業界に革命を起こす田中邦彦社長が、その未来へのビジョンを語る。聞き手=佐藤元樹 Photo=上野貢希(雑誌『経済界』2025年3月号「万博の夢と希望を、もう一度!」特集より)
田中邦彦 くら寿司社長のプロフィール

たなか・くにひこ 岡山県出身、1951年生まれ。桃山学院大学経済学部経済学科卒業後、タマノイ酢入社。77年に同社を退社後、大阪府堺市に寿司店を開業。95年、くら寿司を設立。2001年ナスダック・ジャパン(現ジャスダック)上場、05年、東証一部上場。
70年万博に背を向けたひねくれ者社長の万博観
―― 1970年の大阪万博で回転寿司が注目されましたが、今年の大阪・関西万博ではどのような挑戦を考えていますか。
田中 70年万博では大阪の元禄寿司さんが出店し、回転寿司が世界に広がるきっかけとなりました。あれから55年たった今は「寿司回してるだけじゃないか」と言われるんですが、実は進化しているんですよ。例えば当社は「鮮度くん」を2011年から導入したことで衛生面を強化しましたし、最近では予約から受付、注文、会計までを自動化しています。
今回の万博は私たちにとって、くら寿司の取り組みを「世界に認知してもらう」絶好の機会です。国際的なメディアも集まる場ですし、企業にとっては大きな宣伝の場になります。
―― 田中社長は70年万博には行かれたんですか。
田中 当時は万博で盛り上がってましたが私は、ひねくれ者だったので行かなかったんですよ(笑)。「みんなが行くなら、自分は行かない」と、そういう性格でね。私の周囲は何度か足を運んだようですが、私は頑なに行きませんでした。何だったら、今年の万博も「行かない」と言いそうになるくらいです(笑)。
―― 今年の大阪・関西万博にくら寿司の店舗が出店されます。その特徴について教えてください。
田中 万博店は、くら寿司史上最大規模の出店です。回転ベルトも当社史上最長の135メートルを採用しています。くら寿司では21年から「スシテナブル」という事業戦略を立てています。「スシテナブル」というのは、「寿司」と「サステナブル」を組み合わせた言葉です。
万博では、店舗の壁面に廃棄予定だった赤貝の貝殻を再利用して漆喰に仕上げ、環境に配慮したデザインを取り入れています。またフードロス削減の取り組みとして、ビッグデータを活用した最適なお皿の流し方の導入、国内の漁業者と連携し、未利用魚や規格外魚を積極的に活用することで、漁業の持続可能性を支援しています。
そして万博ならではの試みとして「ハンズ・ハンズPROJECT」を展開します。寿司と世界の料理を並べて回転ベルトに乗せることで、「食卓に国境はない、人類は一つ」というメッセージを伝える狙いがあります。来場者が多様な文化の味を体験し、食を通じてつながりを感じてもらえるよう準備を進めています。
―― 世界の料理を提供するにあたり、当初の予定を大幅に方向転換されたとか。
田中 そうなんです。当初は今年の万博の全参加国の料理と寿司をコラボさせたメニューを約480個考えていました。でも途中で「これは違う」と思ったんです。完成目前まで進んでいましたが、思い切って「やめた!」と判断しました。
寿司は日本の代表的な食文化です。でも、無理に他国の料理と合わせることで、「何だかよくわからん寿司」になるのが目に見えてしまったんです。寿司は寿司、各国の料理は料理として提供したほうが、それぞれの文化や魅力をしっかり伝えられると考えたんです。
この方向転換には社内も驚いたでしょうね。担当者は「なんで今さら!」と頭にきたと思いますよ(笑)。
もはやくら「寿司」にあらず?
―― では、万博店ではどのような料理が提供されるのでしょうか。
田中 タイ、イタリア、インドネシアなど、70カ国の代表的な料理をそれぞれ現地の味に近づけて提供します。ただ、初めて名前を聞く料理を、日本で調達できる食材を使って再現するのは本当に大変でしたね。
でも、「万博」という場で世界の食文化を発信する意義を考えれば、その苦労もやる価値があります。
―― 万博会場だけではなく、全国のくら寿司店舗でも同じ取り組みが展開されますね。
田中 これも先述の「ハンズ・ハンズPROJECT」の一環ですが、2月7日から、万博店で提供する世界の料理を全国のくら寿司約550店舗で、万博に先駆けて提供します。1店舗1商品になるのですが、この取り組みを通じて、皆さまに万博本番より先に「食の万博」を体験してもらい、万博の機運醸成につなげていきます。
今後も「くら寿司=寿司」という固定観念を超えて、さまざまな食体験を届ける。それが私たちの挑戦です。実際、すでにくら寿司のメニューの3割はうどんやラーメンなど、寿司以外のメニューになっています。これは専門店にも負けないクオリティで提供していて、絶対の自信があります。万博での挑戦を通じて「レストラン革命」を起こしたいですね。
―― 「レストラン革命」とは具体的にどのような変化を目指しているのでしょうか。
田中 レストラン業界は18世紀半ばに世界初のレストランがフランスで誕生してから、ほとんど業態が変わらないんですよ。厨房で料理を作り、ウェイターが運んで、テーブルで食べる。ずっと同じスタイルで、技術革新が遅れている業界なんです。
しかし、くら寿司は違います。回転レーンの活用や自動化システムで、単純労働を減らし、効率的に料理を提供しています。そして、「ハンズ・ハンズPROJECT」や寿司に限らず、さまざまな料理がレーンに流れてくる。また、国内80店舗ではプレゼントシステムという新しい取り組みを提供しています。プレゼントシステムでは、お客さまが料理を選び、同席の方へレーンでサプライズとして届けられます。これは普通のレストランではなかなかできないことです。
これからのレストランは「単に食事提供」のための店と、「食体験を楽しむ」店の二極化が進んでくると思います。くら寿司は後者として、お客さまに新しい食の体験を提供し続けます。今後も寿司にこだわらず、世界の料理も含めた「食の未来」をつくる。それが私たちの挑戦であり、万博を通じてその一端を世界に示したいと思っています。いつか、社名から「寿司」が取れる日も来るかもしれませんね(笑)。