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未来を拓くヒントは天分にあり 70年万博が教えてくれたこと 小川理子 パナソニックホールディングス

パナソニック 小川理子

70年万博に小学生時代に訪れたパナソニックホールディングスの小川理子参与。その体験は、今も彼女の挑戦の原点だ。来る大阪・関西万博で、次世代に伝えたい「未来への希望」と「挑戦する勇気」とは何か。「ノモの国」に込めたビジョン、日本独自の「見えない価値」を世界へ発信する意義について思いを語る。聞き手=佐藤元樹 Photo=上野貢希(雑誌『経済界』2025年3月号「万博の夢と希望を、もう一度!」特集より)

小川理子 パナソニックホールディングス参与のプロフィール

パナソニック 小川理子
小川理子 パナソニックホールディングス参与
関西渉外・万博推進担当(兼)テクニクスブランド事業担当
おがわ・みちこ 大阪市出身。1986年松下電器産業(現パナソニックホールディングス)音響研究所に入社。93年よりジャズミュージシャンとして活動。2015年同社役員、テクニクスブランド事業担当、アプライアンス社常務就任。21年パナソニックホールディングス参与、関西渉外・万博推進担当(兼)テクニクスブランド事業担当。

未来を見た1970年万博の思い出

―― 小川さんは1970年の大阪万博にも行かれたそうですね。当時の思い出とその経験が現在にどう生かされているか教えてください。

小川 小学生だった私にとって、70年万博はまさに「未知の世界への扉」でした。当時の日本は高度経済成長の真っただ中で、大人も子どもも未来に夢を抱いていた時代です。私にとって万博は魔法のような場所で、会場全体が異世界に迷い込んだように感じられました。各国のパビリオンがそれぞれ異なるテーマで未来を表現していて、いくつもの新しい世界を旅するような感覚でしたね。特に印象に残っているのは、アメリカ館に展示されていた「月の石」です。当時、アポロ計画で実際に月から持ち帰られた石を見たときの衝撃は今でも忘れられません。小さな石一つが何千キロも離れた宇宙からやってきたと知って、「私たちの世界は地球だけじゃないんだ」と感じたんです。未来が一気に広がるようで、「これが未知の世界との出会いなんだ」と感動しました。

 会場全体に漂っていたのは、独特の熱気と活気で、人々が未来に向かって突き進んでいるという高揚感が溢れていました。周りの大人たちも夢中になっていて、その情熱や期待感がパビリオンの外まで溢れているように感じたんです。何度も会場を訪れ、その度に5〜6時間並ぶのが当たり前でしたが、長時間並ぶことも全く苦ではなく、並ぶ時間すらも楽しくて、「未来ってこんなにも面白いんだ」と思っていました。

 70年万博で触れた未知の世界や未来への期待が、私の中で新しいことに挑戦し続ける勇気になっています。あの頃に感じた「未来は無限に広がっている」「挑戦することが未来を切り開く」という気持ちは、今の活動の原点でもあります。今年開幕する万博でも、未来を担う子どもたちに同じような感動や発見を届けたいという思いが強くありますね。未来を築くためには挑戦が不可欠であること、その挑戦が新しい可能性を切り開く力になることを多くの人々と共有したいです。

 当社創業者の松下幸之助がよく「天分を知る」と言っていましたが、これは「自分が本来持っている力に気づき、その力を未来にどう生かすか」という意味です。この万博が、未来を担う子どもたちにとって、自分の天分に気づき、自分の力を信じるきっかけになってくれたらうれしいですね。子どもたちが「未来は自分の手の中にあるんだ」と感じることで、新しい一歩を踏み出す勇気を持ってもらいたいと思っています。

子どもたちに届ける天分への気づき

―― 今回の万博でパナソニックが出展するパビリオン「ノモの国」ではどんなテーマが展開されるのでしょうか。

小川 「ノモの国」は「Unlock your nature」、つまり「命を輝かせる」をテーマに掲げていて、子どもたちが自分の持つ可能性や力に気づくための場を目指しています。現代の子どもたちは、日常生活の中で自然に触れる機会が少なくなってきていて、自分自身の本質や可能性に向き合う場も少ないですよね。私たちは、そんな子どもたちがさまざまな体験を通して「自分にはこんな力があるんだ」と気づき、もっと自分らしく生きるきっかけを提供したいと考えています。このテーマは、先述の「天分を知る」にも通じていて、子どもたちが自分の天分に気づき、未来への一歩を踏み出せるようにサポートしていきたいんです。

 具体的には、「ノモの国」には4つのゾーンがあり、それぞれ異なるテーマで子どもたちの五感や感性を刺激する設計になっています。例えば、最初のゾーンでは視覚や聴覚を研ぎ澄ませる体験ができるんです。光や音、映像を駆使した演出で、子どもたちが自分の感覚をより敏感に感じられるようにしています。この体験を通じて、「自分にはまだ気づいていない力があるんだ」と子どもたちが感じ取れるようになればと思っています。

 次のゾーンでは、自己探求の旅をテーマにしています。蝶をシンボルとして登場させていて、子どもたちが「自分自身の変化」を視覚的・体験的に感じられる仕掛けが施されています。蝶は変態を繰り返して成長する生き物ですが、この変態のプロセスが「変わり続ける自分」「成長していく自分」を象徴しています。子どもたちは、このゾーンを通じて「自分はもっと変わり、成長していくことができるんだ」と感じ取り、未来に向かって羽ばたく準備を整えていきます。

 最後に、パビリオン全体のテーマである「Unlock your nature」に沿って、子どもたちが「自分の力を解放し、未来に向かって飛び立つ」意識を持ってパビリオンを後にしてくれたらうれしいですね。パビリオンを出る頃には、「自分にもできるんだ」「未来に挑戦したい」という気持ちが芽生えていればと思います。

 また、「ノモの国」は資源循環型のパビリオンで、サーキュラーエコノミー(循環型経済)を意識した設計がされています。パビリオンで使用する素材や部材は、持続可能な未来社会を体験してもらうために、リサイクル可能な素材や環境に配慮した設計を取り入れており、展示終了後もリサイクルし、再利用できるようになっています。こうした取り組みを通じて、子どもたちに「自然との共生」や「未来に貢献する自分」を意識してもらえるような学びの場になればと願っています。

―― 2025年万博に関して、現在感じている課題はありますか。

小川 課題はたくさんありますが、大きなものは「万博が一過性のイベントで終わらないこと」ですね。一部の人は万博というと、一時的に展示が行われ、一時的に集客が集中するイベントという印象を強くもっているかもしれません。しかし、今回の万博では「未来社会にどう貢献するか」を考え、持続可能な価値を築くことが重要です。サーキュラーエコノミーに基づいたパビリオンを設計し、資源循環型の仕組みを取り入れていますが、社会全体が「これが未来のために必要な価値なんだ」と実感できるような発信が求められています。

―― 情報発信についても課題があると感じますか。

小川 日本の情報発信はどうしてもリスクヘッジが優先されがちです。日本社会特有の失敗を避け、批判を最小限に抑えることが重視されがちで、世の中にとって良いことを発信しようとしても、ダイナミックに展開されにくい面があると思います。 例えば、25年万博のシンボルとして誕生したミャクミャクというキャラクターも関西圏外では認知度が低く、日本全体で話題になっているとは言えない状況です。

 私たちの挑戦としては、今回の万博を通じて、未来社会に向けた日本のビジョンをもっと積極的に発信し、日本の文化や価値観を国内外にしっかり届けることです。万博の意義を未来へつながるレガシーとして発信し続けることで、「万博が未来社会にどう貢献するか」を広く理解してもらいたいと思っています。未来の社会に向けて、万博での取り組みが具体的にどう貢献できるかを発信することで、次の世代への価値を残していきたいですね。

日本の「見えない価値」を次世代へつなぐ挑戦

―― 万博を通じて、世界に向けて伝えたい「日本の強み」とは何でしょうか。

小川 日本には「利他の心」や「調和を大切にする文化」が根付いていて、これは日本ならではの大切な価値です。私たちは他者を思いやり共に成長するという文化を持っていて、この「見えない価値」こそが未来社会の基盤として重要だと思います。

 「見えない価値」というのは、数字や表面的な成果では測れないけれども、社会を支え、心に響くものです。この価値を自分の中に見つけ、自分の天分に気づくことが、社会への貢献につながると信じています。 私の音楽家としての経験も、こうした価値観をさらに強く意識させてくれました。音楽は、目に見えないけれども心に残り、人生を豊かにする力を持っています。この万博も、同じように心に響き続ける体験を提供できればと考えています。

 今回の万博が、日本の「見えない価値」を世界中に発信し、未来社会の基盤となる価値として次の世代に引き継がれていくことが、私の考える万博の成功です。

―― 万博の成功とはどういう状態でしょうか。

小川 万博の成功は、来場者数や経済効果だけでは測れないと感じています。訪れた人々が「自分も未来のために挑戦したい」と思い、自分の中にある天分に気づくような経験が提供できれば、それが本当の成功だと思っています。

 この万博を通じて「未来のために自分ができることは何か」を発見し、天分を生かす道を見つける場になってほしいです。音楽と同じように、心に響く体験が人々の中で生き続け、未来への行動を促すきっかけになればと思います。来場者には万博会場を後にするときに、「未来はきっと明るい」と感じ、心に響く体験が次の世代に受け継がれていくことを願っています。