1970年大阪万博は、未来への期待と社会課題が交錯する時代の象徴だった。その場を体験した更家悠介氏が、海洋問題への挑戦と「ブルーオーシャン・ドーム」の出展を通じ、持続可能な社会を目指す。その挑戦は次世代への希望となる。聞き手=佐藤元樹 Photo=サトウイッセイ(雑誌『経済界』2025年3月号「万博の夢と希望を、もう一度!」特集より)
更家悠介 NPO法人ZERI JAPAN理事長/サラヤ社長のプロフィール

さらや・ゆうすけ 1951年生まれ。74年大阪大学工学部卒業。75年カリフォルニア大学バークレー校工学部衛生工学科修士課程修了。76年サラヤ入社。98年 社長に就任、現在に至る。日本青年会議所会頭、(財)地球市民財団理事長などを歴任。(特活)エコデザインネットワーク副理事長、(特活)ゼリ・ジャパン理事長、大阪商工会議所常議員、ボルネオ保全トラスト理事、などを務める。モットーは、あらゆる差別や偏見を超えて、環境や生物多様性など地球的価値を共有できる「地球市民の時代」。主な著書に『地球市民宣言 ビジネスで世界を変える』などがある。
学生運動と万博が交差した青春の日々
―― 1970年の大阪万博に行ったそうですが、当時の思い出を聞かせてください。
更家 大阪大学の吹田キャンパスに通っていた大学1年生の頃、万博会場がすぐ隣にあり、友人たちを案内する形で20回以上足を運びました。当時、特に印象的だったのはアメリカ館の「月の石」です。実物を見るために5時間以上並び、一瞬だけ展示を見る体験でしたが、その瞬間、宇宙から地球に届いたその石が示す未来の可能性に胸を打たれました。
また、太陽の塔や日本民芸館も強く記憶に残っています。特に太陽の塔が象徴する「命」のテーマは、現在の2025年万博のテーマ「いのち輝く未来社会」にもつながるものがあると感じます。
―― 当時は学生運動が盛んだった時期でもありましたが、その影響もあったのでしょうか。
更家 そうですね。1970年というのは高度経済成長期の日本が、同時に多くの社会問題や変革の波に直面していた時代でした。大学では学生運動がピークを迎え、ベトナム戦争反対や大学改革を求める声が全国で沸き起こっていました。大阪大学でも例外ではなく、キャンパスでは政治的な議論やデモが日常的に行われていました。
その一方で、万博会場は未来への希望に満ちた空間でした。科学技術や文化の展示が持つエネルギーと学生運動の現場との対比が、私にとって大きな学びの場となりました。社会が抱える課題と、それを乗り越えるためのポジティブな力を万博から感じたことは、現在の持続可能な社会に向けた活動の基盤になっています。
ZERI JAPANと持続可能な社会への挑戦
―― 今回、ZERI JAPANとしてパビリオンを出展されます。その活動について詳しく教えてください。
更家 ZERI JAPANは、資源とエネルギーの循環再利用を推進し、廃棄物をゼロに近づける「ゼロ・エミッション構想」(ZERI: Zero Emissions Research and Initiatives)を基盤として、2001年に設立されたNPO法人です。主な活動は、日本国内での環境教育の啓発と実践、産業クラスターの構築、会員企業への情報提供や技術指導などを通じて、循環型社会の実現を目指すことです。これは、単なる環境保護ではなく、経済活動の中に持続可能性を取り入れることを目指しています。
具体的な取り組みの中で重要なのが、海洋プラスチック問題への対応です。プラスチックは世界中で毎年4億トン以上生産され、その内800万トン以上が海に流れ込むとされ、多くが海洋生態系に深刻な影響を及ぼしています。例えば海洋生物の誤飲や絡まり、生息環境の破壊だけでなく、細かく分解されたマイクロプラスチックが食物連鎖を通じて人間の健康にも影響を及ぼす可能性があります。
ZERI JAPANでは、これらの問題に対処するため、海洋に漂着したプラスチックごみの種類や発生源を特定するためのデータ収集への協力も行っています。このデータは、国内外の政策立案に活用されるだけでなく、地域ごとの具体的な解決策の提案に役立っています。また、回収したプラスチックごみをリサイクルして新たな製品を作り出す「サーキュラーエコノミー」の仕組みを構築し、持続可能な社会モデルの実現を目指しています。
こうした取り組みは、対馬プロジェクトや「ブルーオーシャン・ドーム」での展示を通じて、多くの人々に海洋プラスチック問題の深刻さとその解決への道筋を伝える役割を果たしています。
―― 「対馬プロジェクト」について教えてください。
更家 対馬プロジェクトは、サラヤが主導し、ZERI JAPANをはじめとする多様な組織が協力して進めている取り組みです。
対馬は長崎県に属し、玄界灘に浮かぶ美しい島で、切り立った海岸線、澄んだ青い海、そして豊かな自然に恵まれた場所です。しかし、海流の影響で大量の海洋ゴミが漂着しており、その環境への影響が深刻化しています。この問題を解決するため、単なるゴミの清掃だけでなく、発生源や流入経路を特定し、根本的な解決策を模索しています。
具体的に、サラヤは22年9月に対馬市や他の団体と連携協定を結び、24年には子会社「株式会社ブルーオーシャン対馬」を設立しました。このプロジェクトでは、地域住民や自治体と協力し、海洋ゴミの種類や量をデータ化する取り組みを進めています。このデータを活用して海洋プラスチック問題の全体像を可視化し、国内外の政策立案に役立てることを目指しています。
また地元の漁業関係者や高校生と協力し、漂着ゴミの清掃や発見した課題の共有を行い、地域全体での意識を高めることがこのプロジェクトの鍵となっています。これにより、地域連携の成功例を他地域や国際社会へ発信するモデルケースとして位置づけたいと考えています。
―― サラヤとしても海洋問題に取り組んでいるんですね。
更家 その通りです。サラヤは1952年の創業以来、洗浄剤や消毒液などの衛生用品を製造・販売しています。弊社は、健康と衛生の向上には健全な自然環境が不可欠であるとの認識から、早くから環境保護に取り組み、持続可能な社会を目指す活動を進めています。
また、製品開発において自然由来の原材料を使用する弊社は、例えばヤシ油やパーム油の生産が熱帯雨林に与える影響を考慮し、マレーシア・ボルネオ島での環境保全活動を行っています。
さらに、スイスのポリマ財団が所有する自然動力船「ポリマ号」と連携し、海洋環境問題の啓発活動を行ってきました。ポリマ号は風力、太陽光、水素エネルギーなどの再生可能エネルギーを動力源とし、航行中に化石燃料を使用しない持続可能な未来社会の象徴的存在です。
22年には大阪・関西万博のスペシャルサポーターに任命され、世界各地を巡航しながら海洋問題の啓発活動を行っていました。
しかし、同年8月にインド沿岸で悪天候により緊急停泊し、23年8月にはムンバイ沖で座礁し、航行不能となっています。
このため、現在ポリマ号は活動を停止しており、今年の大阪・関西万博への帰港も困難な状況です。
ポリマ号に代わる新たな取り組みとして、ZERI JAPANが所有・運航する「帆船BLUE OCEANみらいへ」が万博のスペシャルサポーターに就任しました。この帆船は、ポリマ号の理念を引き継ぎ、海洋環境問題の啓発や持続可能な未来社会の実現に向けた活動を進めています。今年の万博では、「ブルーオーシャン・ドーム」を通じてこの新たな取り組みを紹介し、多くの訪問者にその意義を伝える予定です。
ブルーオーシャン・ドームが描く未来への道
―― 「ブルーオーシャン・ドーム」が今年の万博に出展するパビリオンですね。こちらはどういった内容になるのでしょうか。
更家 ブルーオーシャン・ドームは、「海をもっと知り、未来を守る」ことをテーマにしたパビリオンです。主に3つのゾーンで構成されていて、ドームAとドームBでは常設展示、ドームCはコミュニケーション・ドームとして活用されます。
ドームAでは地球上を循環する水の諸相を体現し、水の一生を眺め、心を清める〝みそぎ〟の体験を用意しています。
また、ドームBでは、直径10メートルの巨大なLEDスクリーンを使い、海中の生態系を体感できるインパクトのある映像を提供します。これは「忘れられない体験を届ける」ことを目的に、日本デザインセンターの原研哉氏にプロデュースしてもらっています。
特に鯨の目がこちらを見つめる映像や、海底の深さを感じさせる迫力ある映像表現を通じて、海洋の美しさと畏れをを同時に伝えたいと考えています。
ドームCではピッチができるようなシアター形式で、海洋問題に関する専門家や市民が対話を行います。
展示を見た後に議論の場に移動することで、訪問者が単なる情報収集にとどまらず、一人一人が行動を起こすことで未来を変えられることを伝えます。大阪・関西万博が一過性のイベントに終わらず、次世代にレガシーを残す場となり、新たな挑戦と希望の象徴として歴史に刻まれることを願います。
※ブルーオーシャン・ドーム画像には下記クレジットが必要。
©ZERI JAPAN