日銀は7月29日、上場投資信託の買い入れ額を年間3兆3千億円から6兆円に増やす半年ぶりの追加の金融緩和に踏み切った。だが、それよりも関心を集めたのが、次回9月会合での金融緩和の「総括的な検証」だ。「追加緩和?」「軌道修正?」、真意をめぐって憶測が飛び交う。文=ジャーナリスト/黒岩康平
「日銀文学」的表現に債券市場は困惑
日銀が7月29日に公表した金融政策決定会合の声明文。その中には追加の金融緩和が盛り込まれていたが、市場関係者の目は最後の「なお」で始まる段落にくぎ付けになった。そこにはこう書かれていた。
「海外経済、国際金融市場をめぐる不透明感などを背景に、物価見通しに関する不確実性が高まっている。こうした状況を踏まえ、2%の『物価安定の目標』をできるだけ早期に実現する観点から、次回の金融政策決定会合において、『量的・質的金融緩和』『マイナス金利付き量的・質的金融緩和』のもとでの経済・物価動向や政策効果について総括的な検証を行うこととし、議長はその準備を執行部に指示した」
「緩和効果を検証する」という異例の一文に市場は色めき立った。
黒田東彦総裁はこれまで、年80兆円の国債の大量購入、金融機関が日銀に預けるお金の一部に事実上0・1%の手数料を課すマイナス金利政策については「効果が出ている」と主張してきた。今回の異例の一文には緩和縮小の可能性も感じられるが、黒田総裁は同日の記者会見で、「あまり先取りして私から具体的なことを申し上げるのは適切ではないが、2%の早期実現のために何が必要かを検証したい」と説明するにとどめ、方向性を示さなかった。
「日銀文学」ともやゆされる分かりにくい言い回しに市場参加者は「真意が分からない」と困惑している。7月の追加緩和が“小粒”にとどまったことから、複数の株式・為替のアナリストらは「投資家が失望しないよう、9月会合での追加緩和に含みを持たせた」と指摘した。一方、「国債の大量購入は来年にも継続できなくなる」「マイナス金利は銀行の収益を圧迫している」と金融緩和の限界論も意識されている。つまり、解釈次第でどうにでも受け取ることができる内容だった。
こうした中での「検証」とあって、一部の債券アナリストは「マイナス金利撤廃や国債買い入れ枠縮小などテーパリング(緩和縮小)を打ち出すのではないか」と疑心暗鬼に陥った。
この結果、8月上旬に長期金利が急上昇する場面がみられた。2日には長期金利の指標である新発10年債の利回りが一時、マイナス0・025%と約4カ月半ぶりの高水準に急上昇(価格は急落)。金融政策決定会合が開かれた7月29日から上昇が続き、28日終値(マイナス0・280%)に比べ、3営業日で最大0・255%も上昇した。同時に2日に財務省が実施した10年債入札も応札倍率が下がる低調な結果となった。
日銀は「引き締め」否定もIMFはマイナス金利批判
予想外の市場の混乱に慌てたのが、日銀の「最高意思決定機関」である政策委員会のメンバーと執行部の幹部たちだ。
黒田総裁は8月2日夕、麻生太郎財務相との会談後の記者会見で、次回会合で金融引き締めに転じるとの観測が広がっていることについて、「そういったことにはならない」と憶測を必死に打ち消した。
一方、岩田規久男副総裁は4日に横浜市で講演し、「現時点で特定の方向性を考えていない」と今後の方針については踏み込まなかった。
その結果、追加緩和を示唆する発言がなかったとして市場に失望感が広がり、円は一時1ドル=100円台後半まで上昇した。ところが、講演後の記者会見で岩田副総裁は、「緩和縮小はあり得ない」と強気の姿勢に一転し、株高・円安が進んだ。
岩田副総裁は、世の中に出回るお金の量を増やすことで、企業に投資や賃上げを促し、個人消費も活発化して景気や物価が上向くという「リフレ派」の第一人者として知られる。
このため、会見では「量や質(の購入額)を減らすような金融引き締めはしない」と明言し、国債買い入れ縮小の可能性を否定した。ただ、マイナス金利幅拡大の可能性については「検証をするまで深掘りするとか、しないとか言えない」と言葉を濁しただけだった。
黒田総裁や岩田副総裁の否定にもかかわらず、市場では9月会合で、金融緩和の副作用に配慮し、現在0・1%のマイナス金利幅を0・2~0・4%に深掘りする一方、国債買い入れ枠を「70兆~90兆円」に柔軟化するとの見方が多い。この組み合わせであれば、「引き締めではなく追加緩和」と説明できるし、将来的に国債買い入れを縮小する大義名分も得られるからだ。
ただ、国際通貨基金(IMF)は8月上旬に公表した対日審査の報告書で、マイナス金利政策について、「金融システムへの不安が高まる。代替案をとるべきだ」と厳しく批判。その上で、2017年度中としている2%物価上昇目標について、「金融政策を長期目標に設定し直すべきだ」と求めた。
市場では、日銀はIMFの指摘を意識せざるを得ないとの見方が多い。9月会合(20~21日)まで約1カ月。早くも日銀と市場との「神経戦」はスタートしている。
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