マネジメント

 日本一のカレー専門店チェーン「カレーハウスCoCo壱番屋」の創業者であり、現在はNPO法人代表としてクラシック音楽の普及に力を入れる宗次德二氏。壮絶な生い立ちから、クラシック音楽との出会い、事業家として独立を果たすまでの歩みなどについて、神田昌典氏が聞く。本誌/吉田 浩 写真=上山太陽

クラッシック音楽と出会い衝撃を受ける

20170307KANDA_P02

(むねつぐ・とくじ)1948年生まれ、石川県出身。生後間もなく孤児院に預けられ、3歳の時に宗次家に養子に入る。高校卒業後、八重洲開発、大和ハウス工業勤務を経て、不動産仲介会社を設立。その後喫茶店「バッカス」を開業。78年カレーハウスCoCo壱番屋を開店、82年壱番屋を設立し、代表取締役社長に就任。98年会長、2002年特別顧問。03年にNPO法人イエロー・エンジェルを創設。

神田 宗次さんといえば、一代でCoCo壱番屋を成長に導き、今では、NPO法人イエロー・エンジェル代表として、クラシック音楽専門ホールである宗次ホールの運営に携っていらっしゃいます。以前から「夢を持つな、目標を持て」と発言されていますが、この宗次ホールも目標の一つだったのでしょうか。

宗次 そんな意識をしたことはないんです。会社を引退した後、それまでお世話になった数多くの方々に少しでも感謝の気持ちをお返ししたいと思ってNPO法人を立ち上げました。その一環として、昔から好きだったクラシック音楽の普及にも努めたいと思ったわけです。最初は、岐阜県の自宅の一角にピアノを置いて、小規模ですがサロンコンサートを開いていました。3年間で25回ほど開催し、そろそろ交通の便が良い名古屋市内でも開催したいと考え始めた時に、たまたま良い土地が買えそうだという。それで、どうせなら本格的な音楽ホールを造ろうという話になったんです。

神田 クラシックを普及させたいという気持ちはどんなところから生まれてきたのでしょうか。

宗次 初めてクラシック音楽に出会ったのは、15歳の頃でした。私はもともと孤児で、3歳まで尼崎の施設にいました。そこで養父母に引き取られたのですが、養父がギャンブル狂で夜逃げをしたこともあり、住居を点々としていたんです。まともな生活費もなく、生活保護を受けたり、それが打ちきられたりといった状況でした。養母はそんな生活に嫌気が差して出て行ってしまいましたが、養父が病気で入院したため、逃げていた養母との生活が始まり、やっと貧しいながらも生活が安定しました。

 高校に入学して、何とか人間らしい暮らしになっていったころに、クラスメートから中古のテープレコーダーを買いました。養母が知人から譲り受けてきたテレビがあったので、「そうだ、音楽を録音しよう」と思い立ちました。ところが、当時、ちゃんとした音楽番組は、NHK交響楽団の「N響アワー」くらいしかなかった。そこでクラシックを聴いたんです。特にメンデルスゾーンのバイオリンコンチェルトのメロディーが胸に突き刺さったのを覚えています。

神田 想像を絶する極貧生活から脱したところで、クラシック音楽と出会ったのですね。しかし、それほど苦しい生活だったら、人によっては道を踏み外してもおかしくないと思います。その頃から、いつかは音楽ホールを造りたいというイメージはあったのでしょうか。

宗次 全くなかったです。その後、仕事をするようになっても、私は基本的に行き当たりばったり、成り行き任せでやってきました。行き当たりばったりというと言葉は悪いですが、その時その時を一生懸命生きるんです。夢なんて恥ずかしくて人前で言えません。着実に達成可能な目標を持つだけです。

喫茶店を開店して10分で感じた楽しさ

20170307KANDA_P03神田 創業者の多くは店頭公開するとか、全国に何店舗展開するというような大きな夢を持っていて不思議はないと思うのですが、それさえもなかったということでしょうか。

宗次 私が喫茶店「バッカス」をオープンした時の目標は、せいぜい2号店を出そう、でした。正確には、開店時にはそれさえも考えていなかった。

 そもそも、私は不動産業をしていたんです。ところが、妻が社交的な人で喫茶店をやってみたいという。それで、たまたまいい物件があったので、バッカスを開店しました。すると開店10分で「なんて楽しい商売だろう」と。不動産ではチラシを打っても電話1本かかってこなくてふて腐れて帰るような毎日でしたが、喫茶店ではお客さんが来てくれる。それだけで楽しい。そこで人生が一変したんです。夢中になって働いていて、ある時業界誌を読んでいると、コーヒー専門店がブームだという記事を見つけました。そこで、二号店でコーヒー専門店を出したいという目標ができたんです。

神田 遠い将来の目標ではなく、目の前の目標なんですね。

宗次 そうです。売り上げにしても、今月の少し積み増しくらいで設定してその達成のために頑張って、それを毎月繰り返していけば、右肩上がりになりますよね。

 計り売りの珈琲豆はどの銘柄がどれだけ売れたのか、時間帯別の来店数や売り上げ、お客さまの男女比、どの時間帯にどんなお客さまが来たか、何を注文されたか、そういうことはすべて記録していました。

カレーと一緒に牛丼を出す構想もあった

神田 目の前の目標を達成し続ける秘訣はあるのでしょうか。

宗次 それは一生懸命やるしかないですよ。脇目も振らず、お客さま本位でやっていく。私は現場主義、お客さま第一主義を徹底してきたつもりです。その結果、目標を達成してきたんです。

神田 「目標を設定して、それを一つひとつクリアしていく」という考え方はいつ頃から持っていたのでしょうか。

宗次 あまり意識はしていませんが、経営者になって自覚したのは「私には経営者としての能力がない」ということでした。驚異の三流経営者なんです。だからこそ、目の前の目標に一生懸命取り組んでいくことしかできない。ひた向きにやっていくしかない。私レベルの経営者がちょっとうまくいったからといって、よそ見をしてはダメです。

神田 喫茶店経営からカレーチェーンのカレーハウスCoCo壱番屋につながるのはどのような経緯でしょうか。

宗次 喫茶店の売り上げを伸ばそうと出前に力を入れるようになり、そこで出していたカレーの評判がとても良かったんです。そこで3号店はカレー専門店にしようと考えたのですが、カレーだけだと飽きられそうな気がして不安もありました。また、カレー専門でおいしいと評判の店もあるので、どうしたものかと。

神田 開店するときに市場調査はしないと聞いているのですが、当時はいろんなカレー店や牛丼屋なども見に行かれたそうですね。

宗次 当時、吉野家さんが話題になっていたので、食べに行きました。するとご飯があって大鍋で調理したものをその上にかけている。カレーと似ている。だったら、カレーと牛丼を一緒にやったらいいんじゃないか、とも考えました。東京へ視察に行くと、やはりカレーと牛丼を一緒に提供している店はいくつかある。考えは間違ってないと思ったのですが、そこでお客さまの姿を見ると、ドンブリを持って牛丼をかきこんでいる。それを見た瞬間に、「自分がやりたい店はこうじゃない」と感じました。さらに、何店かカレー専門店で食べてみたのですが、うちのカレーが一番おいしいと感じました。帰りの新幹線では「カレーならここが一番や」から「カレーハウスCoCo壱番屋」と心が決まっていました。

経歴や条件ではなく徹底して人柄にこだわる

20170307KANDA_P01神田 多くの創業者の方のプロフィールを見ると、親や親族に経営者がいて、小さな頃から経営を意識したり、商売を肌で感じていたというケースが多いのですが、宗次さんはそうではないですね。

宗次 そういう意識は私も妻もなかった。でもお客さまや従業員、仕入先、地域の方々など関係者すべてに喜んでほしいという気持ちは強く持っていました。

神田 フランチャイズの経営者たちにもそういう資質が必要ですよね。

宗次 やはり人柄が一番大切です。よく、「ものすごくいい立地を抑えてあります」「開店資金は自己資金で十分にあります」「過去にお店を何店も成功させました」といった話はありますが、そういう条件は二の次です。それよりも人柄で納得できなければ、どんな好条件の話でも断ってきました。最初は誠実な人だったけれど儲かったら、よそ見してしまう人もいます。条件にとらわれず、人柄にこだわってきたからこそ、いい経営者にたくさん出会えてきたと思います。

神田 経営の技術や知識はビジネススクールで学べても、人柄を見抜くのは難しいと思います。今までに見間違えることはなかったのでしょうか。

宗次 たくさん見誤りました。人は基本的には分からないものと実感しています。

神田 社員からの独立制度「ブルームシステム」なども整備されていますが、社員として何年か一緒にやられていれば、その人のことがよく分かっているということもあるのでしょうね。

宗次 一般の加盟店を募るよりも、分かっているという面はあります。それでも、独立するまで頑張った、開店時の借金を返しおわった、そんなタイミングで多くの人はよそ見をしてしまいますね。仕方ないのかもしれませんが、そこでなぜ次の目標を追わないのかなと疑問には感じてしまいます。(後編に続く)

(かんだ・まさのり)経営コンサルタント、作家。1964年生まれ。上智大学外国語学部卒。ニューヨーク大学経済学修士、ペンシルバニア大学ウォートンスクール経営学修士。大学3年次に外交官試験合格、4年次より外務省経済部に勤務。戦略コンサルティング会社、米国家電メーカー日本代表を経て、98年、経営コンサルタントとして独立、作家デビュー。現在、ALMACREATIONS代表取締役、日本最大級の読書会「リード・フォー・アクション」の主宰など幅広く活動。

大きな夢につながる小さな目標の積み重ねを大事に―― ゲスト 宗次徳二(カレーハウスCoCo壱番屋創業者)後編

関連記事

好評連載

銀行交渉術の裏ワザ

一覧へ

融資における金利固定化(金利スワップ)の方法

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第20回)

銀行交渉術の裏ワザ

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第19回)

定期的に銀行と接触を持つ方法 ~円滑な融資のために~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第18回)

メインバンクとの付き合い方

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第17回)

銀行融資の裏側 ~金利引き上げの口実とその対処法~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第16回)

融資は決算書と日常取引に大きく影響を受ける

元榮太一郎の企業法務教室

一覧へ

社内メールの管理方法

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第20回)

企業法務教室

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第19回)

タカタ事件に学ぶ 不祥事対応のプリンシプル

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第18回)

「ブラック企業」という評価の考察

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第17回)

電話等のコミュニケーション・ツールを使った取締役会の適法性

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第16回)

女性の出産と雇用の問題

本郷孔洋の税務・会計心得帳

一覧へ

税務は人生のごとく「結ばれたり、離れたり」

[連載] 税務・会計心得帳(最終回)

税務・会計心得帳

[連載] 税務・会計心得帳(第18回)

グループ法人税制の勘どころ

[連載] 税務・会計心得帳(第17回)

自己信託のススメ

[連載] 税務・会計心得帳(第16回)

税務の心得 ~所得税の節税ポイント~

[連載] 税務・会計心得帳(第15回)

税務の心得 ~固定資産税の取り戻し方~

子育てに学ぶ人材育成

一覧へ

意欲不足が気になる社員の指導法

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第20回)

子どもに学ぶ人材マネジメント

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第19回)

子育てで重要な「言葉」とは?

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第18回)

女性社員を上手く育成することで企業を強くする

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第17回)

人材育成のコツ ~部下の感情とどうつきあうか~

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第16回)

人材育成 ~“将来有望”な社員の育て方~

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

刺激を浴びて徹底的に考え抜くことで自らを変革する―― 鎌田英治 グロービス 知命社中代表

「創造と変革」を掲げリーダー教育事業を展開しているグロービス。未来が予見しづらい混迷の時代を迎え、まさに新たな時代を切り拓いていくリーダーが求められている。そのような状況を受けて、グロービスは昨年、新たに執行役員以上に限定したエグゼクティブ向けのプログラム「知命社中」を開設した。[PR]次世代を担う経営リーダ…

ワンストップで手厚くサイトの売却をサポートするサイトマ――中島優太(エベレディア社長)

「支持政党なし」をつくった男のユニークな発想とビジネス――佐野秀光(情報通信ネットワークグループ社長)

新社長登場

一覧へ

新事業の芽を伸ばすことでさらに大きな個性的な会社を目指す――日髙祥博(ヤマハ発動機社長)

リーマンショック後の2010年にスタートした柳前社長時代は大幅な合理化や新興国戦略を推進。経営改革に道をつけ、17年度は過去最高益を更新した。日髙新社長は、事業企画・経営企画や2輪事業の経験と豊富な海外経験を買われてバトンを受けた。売上高の約9割を海外が占めるヤマハ発動機のトップとして、改革路線を継続しつつ成…

「技術立脚の理念の下、付加価値の高い香料を開発します」――高砂香料工業社長 桝村聡

「ネット広告が変わってもクライアント本位の姿勢は変わりません」--バリューコマース社長 香川仁

イノベーターズ

一覧へ

老舗コニャックメゾンがブランド強化で日本市場を深耕――Remy Cointreau Japan代表取締役 宮﨑俊治

フランスの大手高級酒グループ、レミー・コアントロー社の日本法人。18世紀から愛飲されてきた名門コニャックの「レミーマルタン」や世界有数のリキュール「コアントロー」をはじめ、スピリッツやウイスキーなど戦略的なラインアップを日本市場で展開している。同社の宮﨑俊治代表取締役に事業展開について聞いた。 &nbs…

リグナ社長 小澤良介 家具のEC販売から様々な展開へ

内装空間の総合プロデュースで想いをカタチに創り上げる――ユニオンテック社長 大川祐介

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸教育部…

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2018年11月号
[特集]
大丈夫? 御社の危機管理

  • ・サイバーセキュリティ後進国日本の個人情報流出事件簿
  • ・「リアル」「バーチャル」双方で企業を守るセコムとアルソック
  • ・南海トラフ地震、首都直下型地震は、今そこにある危機
  • ・「いつ来るか分からない」では済まされない──中小企業の事業継続計画
  • ・黒部市に本社機能の一部を移転したBCPともう一つの狙い(YKKグループ)
  • ・高まる危機管理広報の重要性 平時の対応がカギを握る

[Special Interview]

 大谷裕明(YKK社長)

 「企業の姿勢や行動が危機対策以上の備えになる」

[NEWS REPORT]

◆胆振東部地震で分かった観光立国ニッポンの課題

◆M&Aでさらなる成長を期すルネサスの勢いは本物か

◆トヨタは2割増、スズキは撤退 中国自動車市場の明暗

◆このままでは2月に資金ショート 崖っぷち大塚家具「再生のシナリオ」

[特集2]

 利益を伸ばす健康経営

ページ上部へ戻る