マネジメント

 今、日本で最も成長が期待されるベンチャー企業の一つが、世界初のサイボーグ型ロボット「HAL」を開発したCYBERDYNEだ。3月にドイツで開催された世界最大級の情報通信技術見本市「CeBIT」でも日独の首脳が同社製品展示コーナーを視察するなど、内外の注目度は非常に高い。HALは医療機器として少子高齢化の社会課題を解決するだけでなく、IoT時代のプラットフォームとして、大きな可能性が期待されている。文=村田晋一郎 Photo=佐藤元樹

テクノロジーと企業運営でイノベーションを実現

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さんかい・よしゆき 岡山県出身。1987年筑波大学大学院修了、工学博士。筑波大学大学院システム情報工学研究科教授、筑波大学サイバニクス研究センター長。2004年CYBERDYNE株式会社設立。内閣府ImPACT 革新的研究開発推進プログラム プログラムマネージャーも務める。「日本ベンチャー大賞」内閣総理大臣賞をはじめ、文部科学大臣表彰など受賞多数。

 出発点は、創業者である山海嘉之が筑波大学大学院在学中に抱いた問題意識にある。専攻した工学は縦割り的に発達した分野であるため、例えば機械の中の各々のパーツが優れていても、システム全体としては機能しない状況に陥りがちであった。学術としての存在意義を考えた時、工学は実社会が持っている複合課題を解決する力に乏しいことが懸念された。そこで、複合的な分野を融合した新たな学術領域が必要との結論に至り、1980年代末から山海は新領域開拓に取り組んだ。

 その際に、日本が解決すべき社会課題の中で重要視したのは、少子高齢化だ。2050年頃には国民の40%以上が65歳以上になると言われている。高齢化に伴って患者や要介護者が増え、ケアする介護者も必要となる。一方で、30年代には生産者人口と非生産者人口が逆転し、非生産人口のほうが多くなる。この問題をなんとかして乗り越えなければいけないという思いが山海の原点にある。

 そのような問題を総合的・複眼的に扱うことのできる新たな学術領域として、脳・神経科学、行動科学、ロボット工学、IT(情報技術)、システム統合技術、生理学、心理学、倫理、法律、経営などを融合した「サイバニクス:人・ロボット・情報系の融合複合」を創成。そして、サイバニクスによる革新技術を駆使しながらできあがってきたデバイスを社会に還元していくことを目的として、CYBERDYNEを立ち上げた。

 生み出されたのが世界初のサイボーグ型ロボット「HAL」だ。HALの駆動原理は、人が身体を動かそうとするときに脳から神経を通じて筋肉へと伝達される神経系電位信号を利用。HALは、皮膚表面に漏れ出てくるこの微弱な信号を生体電位信号として読み取り、意思に従った動きを実現することができる。疾患を持つ方の身体機能を改善・再生する医療機器となった医療用HALや、腰に負担がかかる作業の際に腰部負荷を低減する介護支援用・作業支援用HALなど、医療分野に加え、介護や建設・工場などの現場でも活用が広がっている。

 特に、医療用HALは、脳神経系の機能低下により生体電位信号がうまく体内を伝わらなくなり、思うように身体を動かせなくなった人の機能改善治療を行う世界初のロボット治療機器として注目されている。HALを装着して意思に従った動きを繰り返すことで、脳には運動に連動した感覚神経系の情報がフィードバックされ、神経回路の再構築が促されるという。

 CYBERDYNEの起業に際して山海は当初、自らが起業しなくても技術を確立すれば大企業が事業化してくれるとも思っていたという。そこで実際に日本を代表するような大企業と話をし、提携も模索したが、大企業から送られてくる人材は専ら研究職で、事業化を進められるような人材には巡り合えなかった。サイバニクスという未開拓の領域に対しては、事業モデルをゼロから作りださなければならないため、理解を示していた大企業も実際には動きが鈍かった。結局は自ら起業しなければならないとの結論に至った。

 会社設立は04年だったが、本格稼働は06年2月からとなった。経済産業省の要請で、05年の愛知万博に出展する全身型HALのプロトタイプを製作し、また、その後の取材・講演などの対応で始動が遅れたためである。本格稼働にあたっては資本政策を見直し、議決権のない株式で会社を構成した。

 「短期の収益のために会社のかじ取りを振り回されたのでは、産声を上げたばかりの会社にとってはひとたまりもない。軸ブレしないように、投資家が認めてくれた方法論を貫くために、無議決権株式で資金調達を行った」と山海は語る。

 この時、ある新聞に「サイバーダイン、無議決権株主で第三者割当に成功」と報道された。これに対し、「大切なチャレンジであれば、メディアがしっかり報道してくれる」と山海は感じたという。また、日本の株式市場において無議決権株式で上場した前例がなかったことはその後の上場を検討するにあたっての懸念事項となったが、08年には法律改正で、種類株式での上場が可能になった。「社会のルールまで変わって来ていて、ベンチャー企業でも社会に対して大きな影響を及ぼすことができる」と実感した山海は自らの行動方針の正しさを確信。社会からコンセンサスが得られる限り取り組みを継続する必要があると考え、自信を持ってチャレンジに邁進した。

 その過程で、事業会社やVCからの出資を受けるなど、段階を踏んで企業を着実に運営していける状態を構築。上場が視野に入った09年にはリーマンショックが起こるが、その間も着々と準備を進め、14年に東証マザーズへの上場を果たした。

 上場に際しては、08年の法律改正を踏まえ、1対10の割合の議決権の差を付けた種類株式を準備した。米国ではグーグルやフェイスブックなど10分の1の議決権で上場した企業が出てきたことにより、日本でも10分の1の議決権を容認しようという流れが生まれた。そこで上場シナリオを組み上げ、日本で初めて種類株式での上場を成功させるに至ったのである。

 これにより、CYBERDYNEはトムソン・ロイター・マーケッツ社から13年度の「IPO of the Year」を受賞した。さらに翌14年度には新株式とCB(転換社債型新株予約権付社債)を発行し、アジア、ヨーロッパを中心とした海外市場より、非常に短期間で414億円を資金調達。革新的な調達手法であるとして、トムソン・ロイター・マーケッツ社から、「Innovative Equity Deal of the Year」を受賞した。テクノロジーのイノベーションだけでなく、会社運営に対するイノベーションにも取り組んでいった。

脳神経系の治療機器として活用脳卒中患者への効果も期待

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世界初のサイボーグ型ロボット「HAL」。写真は医療用下肢タイプ

 CYBERDYNEでは、HALの医療機器化を進めていった。医療機器の分野は参入障壁が非常に高いが、これを突破できれば、ロボット治療機器という新しい業界そのものを創出することになる。

 具体的には、薬で効果がなく、有効な治療方法がないと考えられていた脳神経筋系の疾患に対して、HALの治療効果を示していった。

 さらに、山海は国際標準化機構(ISO)のメディカルロボットおよびパーソナルケアロボットの国際標準規格を策定するエキスパートメンバーとなり、国際ルールづくりも推進してきた。

 13年には、医療用HALはEU域内における医療機器としての認証を取得。同年、ドイツではHALによる機能改善治療に公的労災保険の適用が開始された。現在は、さらに治療データを蓄積して、ドイツにおける医療保険収載を目指している。

 そして日本においても15年11月、筋ジストロフィーや筋萎縮性側索硬化症(ALS)など8つの神経筋難病に対する新医療機器として承認を取得。16年9月から実際に医療保険診療が開始された。HALは治療における適切な使用方法の説明と併せて普及していく必要があるため、日本全国でいくつかの病院が拠点となり、神経筋難病治療における中核的な役割を果たせる体制を構築していくことになる。

 さらに16年9月には脳卒中患者を対象とする医師主導治験がスタート。神経筋難病に比べて、脳卒中は患者数が多いため、有効性と安全性が確認され、承認されれば、さらに事業が拡大していくことになる。

 CYBERDYNEが開発するデバイスには、HALをはじめ、清掃・搬送ロボット、動脈硬化度等を計測できる手のひらサイズのバイタルセンサーなどがあるが、これらはすべて通信機能を内蔵し、IoT化している。今後はIoTデバイスにより集められた膨大な情報を分析することにより、重介護状態の回避条件探索やさまざまな疾病の早期発見など、社会課題の解決に向けた新たな展開が広がることが予想される。その中で、ロボットはビッグデータを活用した社会づくりのためのプラットフォームになることが見込まれている。

 現在の課題としては、山海は事業拡大に伴うマンパワーの問題を指摘する。ただ、いたずらに会社の規模を拡大するのではなく、企業間連携によってウインウインの関係を構築し、効率的な事業展開を図っているという。現在は、大同生命やAIGといった保険会社との業務提携や、航空会社との連携を通した作業現場でのロボット導入などを進めている。今後は国際連携をも視野に企業連携を拡大させ、さらに事業を発展させていく構えだ。(敬称略)

 
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