政治・経済

 安倍首相の肝いりで始まった「働き方改革」。昨年、首相の私的諮問機関「働き方改革実現会議」が設置され、具体化に向けて議論が進められた。それを受けて企業側も、新しい働き方へ向けての取り組みが加速した。働き方改革で日本はどこに向かおうとしているのか。文=関 慎夫

施政方針演説に見る安倍首相の決意

 人手不足は日本の全産業で起こっているといっても過言ではない。このままでは人材不足が企業成長の大きな足枷となってしまう。かといって、人手不足を社員一人一人の仕事量を増やすことで乗り切ろうとするのは本末転倒で、一昨年、入社1年目の電通社員、高橋まつりさんが自殺したような悲劇が起きかねない。

 そこで今、安倍首相が主導的に取り組んでいるのが「働き方改革」で、安倍政権の目玉政策のひとつにもなっている。

 昨年1月の施政方針演説で安倍首相は、「1億総活躍への挑戦を始めます。最重要な課題は、一人一人の事情に応じた、多様な働き方が可能な社会への変革。そして、ワークライフバランスの確保であります。労働時間に画一的な枠をはめる、従来の労働制度、社会の発想を大きく改めていかなければなりません。フレックスタイム制度を拡充します。専門性の高い仕事では、時間ではなく成果で評価する新しい労働制度を選択できるようにします。時間外労働への割増賃金の引き上げなどにより長時間労働を抑制します。さらに、年次有給休暇を確実に取得できるようにする仕組みを創り、働き過ぎを防ぎます」と語ったが、働き方改革はこの時からスタートしたといっていい。

 昨年8月から、その動きは具体化していく。内閣改造と同時に働き方改革担当大臣に加藤勝信氏を任命(次稿インタビューを参照)。9月には首相の私的諮問機関、「働き方改革実現会議」が発足した。議長は安倍首相、関係閣僚と有識者15人から構成される会議で、今年3月28日までに10回開催され、「働き方改革実行計画」が発表された。

 計画の冒頭にはこう書かれている。

201709HATARAKIKATA_P02

 《わが国の経済成長の隘路の根本には、少子高齢化、生産人口減少すなわち人口問題という構造的な問題に加え、イノベーションの欠如による生産性向上の低迷、革新的技術への投資不足がある。日本経済の再生を実現するためには、投資やイノベーションの促進を通じた付加価値生産性の向上と、労働参加率の向上を図る必要がある》

 日本経済の抱える最大の問題が労働生産性の低さである。1労働者1時間当たりの労働生産性を各国と比較すると、日本はアメリカの3分の2以下の水準で、しかもその差は毎年拡大している。アメリカはICTの積極的活用により生産性を向上させている。日本も最近ではIoTやAIの活用が進んできたが、先進国の中では後発の部類に入る。そこに日本的な労働慣行、そして労働人口減少が相まって、思ったように伸びていかない。働き方改革はここにメスを入れることでブレークスルーを起こそうというものだ。

 具体的には、同一労働同一賃金、長時間労働の是正などが盛り込まれている。同一労働同一賃金に対しては経営側からは異論もあったが、安倍首相の強い思い201709HATARAKIKATA_P01もあり、実効性を確保する法制度を整備することが決まった。また長時間労働の是正では、繁忙期でも残業時間が100時間未満とすること、違反した場合には罰則を与えることが明記されている。

 年間労働時間の推移を見ると激減しているかに見えるが、実際には非正規社員の増加によるもので、正社員の労働時間はずっと横ばいが続いている。実現計画は、ここにメスを入れようというものだ。

女性活躍と業績の正の相関関係

 働き方改革に取り組む先進的な企業の多くは、既にワークライフバランスに考慮した働き方を進めてきた。たとえば大和証券グループ本社などはその代表的な例で、女性活用に古くから取り組んでいる。

 多くの調査で、女性が活躍する会社と企業業績は正の相関関係があることが知られている。女性の就業に配慮して社内環境を整えることが女性のみならず全社員に好影響を与え、それが業績に結び付くというわけだ。ワークライフバランスの重視というと、一見、生産性が落ちそうなものだが、実はそうではないことが裏付けられている。

 このほかにも、新しい動きが続々と起こっている。

 つい先日も、NECや全日本空輸など420社が、7月24日にテレワークによる在宅勤務などを実施することが発表された。NECのグループ会社は在宅のまま役員会に出席できるようにしたほか、全日空では在宅勤務中に数時間の業務中断時間を認め、夏休みに突入した子どもと遊ぶことができるようにした。

 こうした企業側の取り組みは、毎日のようにメディアを賑わせている。空前の人手不足時代とあって、労働環境を改善しないことには優秀な人材が入社してくれないという現実が働き方改革を後押しする。

 ただし、働き方改革は、その目的を取り違えると、企業経営にとってマイナスになりかねない。形だけの働き方改革では意味がなく、いかにして生産性向上に結び付けるかが成功のカギを握っている。

 また従業員にとっていいことづくめというわけではない。働き方改革実現計画の中には「女性・若者の人材育成など活躍しやすい環境整備」という項目がある。ここでは職場で求められるスキルに直結する専門教育講座の受講費用補助がうたわれているが、すべての従業員が向上心に燃えているわけではないという現実がある。働き方改革で生産性を上げていくには、必然的に従業員に新しい働き方への転換を求めざるを得ないが、それを負担と感じる人も多い。

 さらにはこれまでの働き方改革は大企業主導で行われてきたが、国全体で効果を上げるには、これを中小企業に広げていく必要がある。しかし働き方改革は先行投資の側面もあるため、資金不足に悩む中小企業にとってその負担は小さくない。

 このように、働き方改革の方向性は正しくても、実現するためには多くのハードルがある。これをどうクリアしていくか。国および企業、そして国民の覚悟が問われている。

関連記事

好評連載

深読み経済ニュース

一覧へ

2015年の経済見通し

[連載] 深読み経済ニュース解説

永濱利廣

[連載] 深読み経済ニュース解説

再デフレ化に突入し始めた日本経済

[連載] 深読み経済ニュース解説

消費税率引き上げ見送りの評価と影響

[連載] 深読み経済ニュース解説

安倍政権が解散総選挙を急ぐ理由

[連載] 深読み経済ニュース解説

日銀による追加緩和決定の影響は!?

実録! 関西の勇士たち

一覧へ

ワンマンシリーズ(7)稀有のバンカー、大和銀行・寺尾威夫〈1〉

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第20回)

実録! 関西の勇士たち

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第19回)

ワンマンシリーズ(6)三和の法皇・渡辺忠雄〈3〉

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第18回)

ワンマンシリーズ(5) 三和の法皇・渡辺忠雄〈2〉

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第17回)

ワンマンシリーズ(4) 三和の法皇・渡辺忠雄〈1〉

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第16回)

ワンマンシリーズ(3)住友銀行に残る堀田の魂魄

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

ワンストップで手厚くサイトの売却をサポート――中島優太(エベレディア社長)

 昨今、事業拡大や後継者対策などを目的とした企業同士のM&Aが増加している。同様にウェブサイトのM&Aが活発化している事実をご存知だろうか。サイトの売買で売り手にはまとまったキャッシュが、買い手にはサイトからの安定収益が入るなど、双方に大きなメリットがもたらされている。大手ITグループから個人事業主まで幅広い…

201712EVEREDIA_CATCH

「日本初」にこだわる男のユニークな発想とビジネス――佐野秀光(情報通信ネットワークグループ社長)

外国人を中心に需要が高まるソーシャルレジデンスで快走―オークハウス

新社長登場

一覧へ

「技術立脚の理念の下、付加価値の高い香料を開発します」――高砂香料工業社長 桝村聡

創業から95年、海外に進出してから50年以上たつ国際派企業の高砂香料工業。合成香料では日本最大手であり、国際的にも6%以上のシェアを持つ優良企業だ。 100年弱の歴史を持つ合成香料のトップメーカー ── まず御社の特徴をお聞かせください。 桝村 1920年創業ですから、2020年に100周年を迎える…

桝村 聡

「ネット広告が変わってもクライアント本位の姿勢は変わりません」--バリューコマース社長 香川仁

「最新情報を発信、人と企業の働く環境を良くしていきます」--マンパワーグループ社長 池田匡弥

イノベーターズ

一覧へ

老舗コニャックメゾンがブランド強化で日本市場を深耕――Remy Cointreau Japan代表取締役 宮﨑俊治

フランスの大手高級酒グループ、レミー・コアントロー社の日本法人。18世紀から愛飲されてきた名門コニャックの「レミーマルタン」や世界有数のリキュール「コアントロー」をはじめ、スピリッツやウイスキーなど戦略的なラインアップを日本市場で展開している。同社の宮﨑俊治代表取締役に事業展開について聞いた。 &nbs…

20150609_INNOV_P02

デザイナーズ家具のEC販売で業界の“常識打破”に挑戦――リグナ社長 小澤良介

内装空間の総合プロデュースで想いをカタチに創り上げる――ユニオンテック社長 大川祐介

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 教育部門と…

大学の挑戦

創立100周年を控えて「世界に貢献し、インパクトを与える人」の育成に努めます――西南学院大学・K.J.シャフナー学長

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

企業eye

一覧へ

社員の人間力を武器に5期連続増収を果たす投資用不動産会社――パートナーズ

パートナーズは全国の中古投資用不動産の売買仲介を手掛けている。2011年の創業以来、5期連続増収を達成。吉村社長は業績好調の原動力を「社員の人間力を養い、顧客満足度の向上に取り組む姿勢にある」と語る。── 数ある投資用不動産会社の中、独自の強みについて。吉村 当社では、社員の人間力を徹底的に磨きな…

企業eye

クラウドソーシングを活用した動画制作やオンライン動画制作プラットフォームを提供――Crevo

海外ビジネスの第一線で活躍した2400人のエキスパートを擁し、日本企業の海外事業を支援。

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界11月号
[特集]
運の科学

  • ・北尾吉孝(SBIホールディングス社長)
  • ・江口克彦(江口オフィス社長)
  • ・畑村洋太郎(畑村創造工学研究所代表)
  • ・藤井 聡(京都大学大学院工学研究科教授・内閣官房参与)
  • ・角居勝彦(日本中央競馬会調教師)
  • ・桜井章一(雀鬼会会長)

[Interview]

 安永竜夫(三井物産社長)

 「やるべきことは2つ。方向性を指し示し、トップ同士の関係を構築する」

[NEWS REPORT]

◆東芝メモリ買収の影の主役 産業革新機構の収支決算

◆電気自動車がガソリン車を駆逐するまであと10年

◆60代を迎えた孫正義 ソフトバンク300年の計への足固め

◆出版不況の風向きは変わるか!? 常識を覆すオンリーワン作戦!

[政知巡礼]

 若狭 勝(衆議院議員)

 「自民党のしがらみ政治をぶった斬りたい」

ページ上部へ戻る