国際

成熟社会を迎え、子どもの教育、就職、働き方など、さまざまな面において、これまでのやり方が機能しなくなってきた日本。難病を抱えながら息子とともにハワイに移住し、事業家として成功を収めたイゲット千恵子氏が、これからの日本人に必要な、世界で生き抜く知恵と人生を豊かに送る方法について、ハワイのキーパーソンと語りつくす。

稲村一郎・アランチーノオーナープロフィール

アランチーノPHOTO1

(いなむら・いちろう)1951年生まれ、東京都出身。医療器具を扱う商社に勤務した後、87年、家族とともにハワイへ移住。ビールバーの経営を経て、98年「アランチーノ」をビーチウォークにオープン。ハワイを代表するイタリアンレストランとなる。2003年にマリオットホテルに2号店、13年にカハラホテルに3号店をオープン。18年には北海道、江別に出店予定。

稲村一郎氏がハワイに移住した経緯

イゲット 稲村さんがハワイに来た経緯を教えてください。

稲村 ハワイに住むようになったのは2つ理由があります。私は30年ほど前まである商社で働いていまして、米国本土や南米など、海外の多くの地域を出張で訪れていました。ハワイはその時差調整のために度々立ち寄っていたんです。立ち寄るたびに、いつも青空だし気候は良いし、こんなところでビジネスができたら最高だなと思っていました。もう1つの理由は、当時5歳の娘がいて、娘の教育にハワイは理想的な場所だと思ったことです。

イゲット どのような点で理想的だったのですか?

稲村 私自身は東京生まれ東京育ちで、小学生の頃から中野から四谷まで塾通いして、夜に帰宅するような生活をしていました。中学受験に始まり高校受験、大学受験と続き、勉強したのでそれなりの教養は身についたのかと思いますが、日本の教育はとにかく詰め込んで暗記して、それが点数に反映されるというものでした。でも、個人の能力を伸ばすという点では弱い。一方、米国の教育は個性を尊重して、創造力を育むことを重視します。娘には、これから何年も日本で教育を受けさせるのは気の毒だなと。小さい頃は子供らしく日焼けしてのびのびと遊ばせて、中学、高校では個性を伸ばせるような教育を受けてほしいと思ったんです。

イゲット 商社で海外を回って、日本を外から見たからこそ教育の違いを感じたわけですね。

稲村 そうですね。いろいろと話を聞いていると、ハワイでは日本のような陰湿なイジメなどもないんですね。子どもだから喧嘩はするでしょうが、後に尾を引くような陰湿なものは少ない。さらに、男の子が女の子の手を引いて階段を降ろしてあげたり、転んでいる人が起き上がるのを助けてあげたりといった光景もよく見ていたので、こうでないといけないなと。

イゲット 30年ぐらい前というと日本はバブル直前くらいの時期ですね。

稲村 だから得もしました。ハワイに移住するにあたって、当時住んでいた家が購入価格の3~4倍で売れましたしね(笑)。とりあえずハワイに来て、2~3年の資金は何とかなる目途が立ちました。ただ、そのままずっと暮らすだけの蓄財はなかったので、当然何かしないといけないという覚悟は持っていました。

最初は焼鳥屋を開くつもりだった稲村一郎氏

イゲット ハワイで「これがやりたい」というものはあったんでしょうか?

稲村 今から考えるとダメな考えだったんですが、最初は焼鳥屋さんをやろうと思ったんです。それも赤ちょうちんじゃなくて、高級焼鳥店です。ハワイには日本にあるような高級焼鳥店がなかったので、流行るんじゃないかと思ったんですね。ところが、準備するにあたっていろんな人の意見を聞いてみると、上手くいかないという声が大半でした。計画していたのは客単価が100ドルぐらいの店でしたが、焼鳥などというのは、米国人の感覚では裏庭でやるバーベキューと同じで、そんなものに高いお金を払う奴はいないと。しかも、高級なお皿を使ってもポンポン割られちゃうよと(笑)。確かにそうだな思って、その計画はボツにしました。それから2~3年は、何をしようかとボーっと考えていました。

イゲット イタリアンのお店をやろうと思ったのはなぜですか?

稲村 ずっと、これといった妙案が出てこなかったんですが、ある時、ハワイでは日本のようにアルデンテに仕上げるパスタを出す店がないことに気付いたんです。日本のレストランでは、麺の茹で時間を何分何秒までこだわるのに、ハワイでは3時間も前に茹でた麺を温めなおして出したりする。ファストフードだけでなく、ちゃんとしたイタリアンレストランでもそうだったんですね。そこで、アルデンテのパスタをやってみようかと。

イゲット ビーチウォークに出店したのが1号店ですね。

稲村 はい。メニューはアルデンテのパスタ6種類だけでしたが、結構ウケて行列ができる店になりました。

イゲット 最初は日本人観光客のお客さんが多かったんですか?

稲村 そうですね。そのうち日本人だけでなく、ローカルの人も来るようになっていきました。でも、行列に並んで待つのが嫌で、帰っちゃうお客さんが多かったので、もう一軒出すことにしたんです。一号店のオープンから5年ほど経った2003年に、ワイキキビーチのマリオットホテルに2号店を出しました。その後、もう少しアップグレードした店を出したいと考えて、13年には3号店をカハラホテルにオープンしました。

稲村一郎氏の戦略 労働条件をカスタマイズして満足度を高める

イゲット いつもアランチーノさんを利用していますが、ローカルのスタッフを上手く動かしている印象です。どういうふうに教育されているのか、前々から気になっていました。

稲村 日本のスタンダードや常識は、こちらではほとんど通用しません。米国の価値観を理解し、米国のビジネスに合わせることができなければ失敗します。日本との違いで特徴的なのが、ハラスメントへの敏感さや仕事に対する情熱の欠如といった部分ですが、それはハワイでは当たり前なんだと認識する必要があります。女性社員を飲みに誘うのはもちろん、褒めることすらしてはいけない。褒められるたほうは、喜ぶどころか上司にじっと見られていると思って不快になることがあるんですね。「よくやった」と肩を叩くのもダメです。こうした米国の習慣を、しっかり認識しないと経営者として失格です。

イゲット では、従業員のやる気を維持させにはどうすればよいのでしょうか。

稲村 容姿や服など、プライベートなことに関して褒めるのはダメですが、仕事上のことならどんどん褒めます。ただ、そうやって、米国の価値観に合わせるだけでは、通信簿はまだ「3」です。これを「4」や「5」にするには、マネージメントの努力をしなければなりません。

 そのためには、従業員の労働環境や労働条件を良くしてあげる必要があります。具体的には、残業をなくしたり、十分な休暇を与えたり、賃金を良くしたりといったことになります。たとえコストが掛かっても、1人の優秀なシェフやフロアマネージャーを育て上げるための時間と費用を考えたらやらなくてはいけません。1人を育てるのに、最低でも半年から1年を費やして、1万~2万ドルを掛けることを考えると、すぐに辞めてもらっては困るわけです。

 労働環境の改善については、従業員全員にすべての施策を当てはめるわけではありません。たとえば、体の弱い従業員から、給料アップよりも医療保険を充実させてもらいたいという要望があればそれに応える。あるいは、保険が要らないけど休暇を1カ月取りたいとか、早く帰って家族サービスしたいので残業したくないといった、それぞれの要望について対応していきます。

イゲット 待遇をカスタマイズするわけですね。

稲村 そうですね。競争相手より競争力を強くすれば、人は辞めていきません。良い人材は、経験を積めばもっと良くなるものです。ですから、たとえば最初に医療保険を充実させた従業員に対しては、数年後に給料アップや休暇の拡充などほかの待遇もプラスして、ウチにいればいるほどさまざまなベネフィットが得られるようにします。人が辞めないことによって、待遇改善の費用が生まれていると考えれば、決して高くないんです。

イゲット そうでなければ店舗も増やせないし、マネージャークラスの人が他に流れてしまいますからね。

稲村 目先の時給1ドル50セントの差だけですぐにいなくなりますからね(笑)。ウチに居続けてほしいという気持ちを込めて、労働条件を良くしています。(後編に続く

ChiekoEggedDSC_3145(いげっと・ちえこ)(Beauti Therapy LLC社長)。大学卒業後、外資系企業勤務を経てネイルサロンを開業。14年前にハワイに移住し、5年前に起業。敏感肌専門のエステサロン、化粧品会社、美容スクール、通販サイト経営、セミナー、講演活動、教育移住コンサルタントなどをしながら世界を周り、バイリンガルの子供を国際ビジネスマンに育成中。2017年4月『経営者を育てハワイの親 労働者を育てる日本の親』(経済界)を上梓。

イゲット千恵子氏の記事一覧はこちら

 

 

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