文化・ライフ

多様な個性の尊重と生成発展

 ソフトウエア開発会社、サイボウズ社長の青野慶久氏が、日本人同士の結婚では同姓か別姓かを選択できないのは「法の下の平等」を定めた憲法に反するとして、国に損害賠償を求め訴訟を起こすことを発表した。青野氏は2001年に結婚した際、妻の希望もあり、また本人も「名前が2つあるのは面白い」と、戸籍上は妻の姓に改正。その後も通称として「青野」姓を使用しているが、通称と戸籍名の違いによるトラブルは多々経験してきたという。

 なお、現行での民法750条には、「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫または妻の氏を称する」と法律婚における「夫婦同姓」を規定している。これに対し、民法を改正して夫婦が希望する場合にはそれぞれの姓を結婚後も名乗れるようにする制度が「選択的夫婦別姓」である。15年12月の最高裁判所判決では、夫婦同姓は「合憲」という初の憲法判断が下っている。

 さて、青野氏は、自身のブログでこの議論を発展させる必要性を主張したが、前提として2つの原則を提起した。

1.一人一人のニーズを尊重しよう。(多様な個性の尊重)

2.社会の変化に合わせてルールを変化させよう。(生成発展)

 1は、本人のニーズを最大限尊重すべきというもの。もちろん、全員のニーズを同時に満たすことは難しいが、だからこそ「できるところから個人のニーズを拾っていこう。それが社会の進歩である」という。

 2は、「ルールは人間が時代に合わせて作り出したものであり、不具合が出てくれば変え続けなければならない」とし、それが「社会の進歩」につながるとの見解である。

 懸念や批判に対しても、青野氏はタイプ別に反論している。例えば「同姓にしても大して不利益はない」との意見については、「不利益だと感じる人がいるのであれば、それを解決する方向に変化するところに進歩があります」。「家族制度が崩壊する」、「伝統が失われる」に対しては、「日本の家族制度も、変化を続けてきた結果、今があります」、「損だと感じる夫婦は、同姓を選択すればいいだけのことですが」と回答。「別姓にしたいなら、事実婚にすればいいのでは」との批判には、「ニーズは“別姓のまま結婚したい”というものです。事実婚だと、法律で決められた婚姻によるさまざまな義務や権利がなくなります。財産の問題も発生します」等、極めて明快な回答を繰り出している。

なぜ他人の生き方まで拘束したいのか?

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訴訟を起こしたサイボウズの青野慶久社長

 私見では、選択的夫婦別姓はあくまでも当の夫婦が同姓か別姓を選択できるというもので、選択したい夫婦はこれまで通り同姓を選択し得る以上、「家族を壊す」との批判には当たらない。

 夫婦同姓を古代からの「伝統」と考える人は多いが、実はさまざまな変遷を経ている。一般に、「氏(うじ)」「姓(かばね)」も、現在では同じく「名字」として認識されているが、由来が異なる。「氏」は親族共同体を前提とする出生の地名等から派生したものであり、「姓」は古代社会の豪族の社会的・政治的地位を示したが、大和朝廷の支配が強化されるにつれ、朝廷から下されるようになったものである。

 平民に「氏」の使用が許されたのは、明治3年の太政官布告からである。明治8年に、主として兵籍取り調べ目的で氏の使用が義務化され、その後明治9年の太政官指令は、妻の氏は「所生ノ氏」(=実家の氏)を用いることとした(=夫婦別氏制)。

 旧来の慣習では妻はよそ者とされ、氏を継ぐのは定位家族(そこで子どもとして産まれた者)が前提との通念に依っていたと推測される。これが、明治31年に成立した民法では、「夫婦は、家を同じくすることにより、同じ氏を称することとされる(=夫婦同氏制)」へと変更された。

 現在、厚生労働省「婚姻に関する調査」(2016)でも、夫が妻の姓を選択する割合は全婚姻でも4%、初婚同士ではたった2・9%となっている。長らく女性が慣習的に夫の姓に改変し、かつ社会的発言権をもたなかったがゆえに問題化しなかった矛盾ともいえる。

 それゆえ、青野氏のように男性経営者が自ら通称を使用しつつ、訴訟を起こす意思表明をしたとの意義は大きい。まだ女性からの訴えだけでは、注目は集まりにくいからだ。

 現行の夫婦同姓が強制される社会では、結婚・出産を経て就労継続する女性が多くなると、自ずと改姓による不利益を被るケースも増加する。また、外国人との婚姻は、別姓か同姓か選択可能であり、この点も不平等との指摘もある。

 さらに、墓の継承に関しても、原則同姓の長男が継承との慣習が色濃いため、姓の変わった娘などが継承するには煩雑な手続きが必要な場合も多く、兄弟数減少の昨今では、配偶者と実家2つの墓の管理で、手間も費用も嵩んでしまう人も増えた。墓は自分で購入できても管理できない究極の商品であり、たとえ永代供養料を納めていても、数年の管理費滞納であっけなく無縁墓へと移されてしまう。昨今は継承者の姓が変わっても管理しやすいように「憩」「和」など姓以外の漢字を刻む墓石も増加した(私はこれを、「ゆるふわ墓石」と呼んでいる)。

 選択的夫婦別姓が導入されても、恐らく多数派は選択しないと考えられる。だが、切実に必要とする人たちがいることも事実だ。だがなぜこの国では、「他人の生き方」まで拘束したいという意見が多いのか。選択的、というからには、自分は選択しなければいいだけの話だというのに。

 立命館大学教授・筒井淳也氏が『仕事と家族』(中公新書)で指摘するように、世界的に見れば家族観が硬直化、かつ家族成員間の相互扶助負担の重い国ほど少子化が進行するなど、客観的に見れば「家族主義は家族を壊す」点が指摘できる。

 この国の法制度が守ろうとしているのは、形骸化した「理念としての家族像」であり、生きた現実の家族生活のほうではないようだ。

 

(みなした・きりう)1970年生まれ。詩人・社会学者。詩集に『音速平和』(中原中也賞)、『Z境』(晩翠賞)。評論に『黒山もこもこ、抜けたら荒野 デフレ世代の憂鬱と希望』(光文社新書)、『「居場所」のない男、「時間」がない女』(日本経済新聞出版社)。本名・田中理恵子名義で『平成幸福論ノート』(光文社新書)など。

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