政治・経済

7年間の在任中に業績を大きく伸ばしたスバル社長の吉永泰之氏は、6月下旬の株主総会で代表取締役会長兼CEOに就任することになっていた。しかし新たな不祥事が発覚し、吉永氏は代表権を返上し、CEOも手放すことになった。絶好調からの転落劇の裏に何があったのか。文=ジャーナリスト/立町次男

不祥事の土壌となったスバルの強すぎる現場

6月5日の記者会見で謝罪する吉永泰之・スバル社長(写真中央)

 SUBARU(スバル)の吉永泰之社長は6月5日、最高経営責任者(CEO)を辞任することを明らかにした。燃費・排ガス検査での不正な書き換えで新たな事案が出てきたことの責任を取る。

 吉永氏は2011年に就任し、スバルの世界販売を大きく伸ばしたが、17年から不祥事が次々と明らかになり、功罪半ばで経営の表舞台から去る。ただ、信頼回復に向けた取り組みでは今後も、中心的な役割を果たすとしている。

 「あってはならないこと。今度の調査を本当に最後にしないとブランドが傷ついてしまう」

 東京・恵比寿の本社で記者会見を開いた吉永氏は、こう言ってうなだれた。

 普段は誠実な応答で記者の人気も高い吉永氏だが、会見場からは「吉永さんは、『裸の王様』と呼ばれていますよ」など、辛辣な声すら上がった。その背景には、ものづくりが高く評価されてきたはずのスバルで次々と不正が明らかになり、“泥沼化”の様相を呈していることがある。

 一連の不祥事を振り返ってみると、まずは昨年10月、日産自動車に続いて、完成検査に無資格者が従事していた問題が発覚。東京モーターショーのプレスデーに謝罪会見を開き、2年に1度の車の祭典に水を差す結果に。40万台を超える大規模なリコールにつながり、実施するための費用が業績の下押し要因になった。

 12月に国土交通省に提出した調査報告書は、「検査工程を含め工場の『現場』の立場や権限が強く、現場内でルールの制定および運用を完結させてしまうことが可能だった」と指摘した。

 生産現場の自主性を重視するあまり、管理職や経営陣との間でコミュニケーション不足に陥っていた実態が明らかになった。ただ、この時点では、国内販売にだけ必要な完成検査の在り方に対して懐疑的な見方が強く、スバルに同情的な声も多かった。

 年内に幕を引けたかと思われたが、直後に今度は燃費のデータ改竄疑惑が浮上する。

 当初は、今年3月末までに調査と再発防止策の策定を済ませる予定だったが、想定以上に長引く。4月下旬にようやく提出された調査報告書では、新車903台で燃費や排出ガスの測定結果の改ざんがあったと指摘。不正は検査員を統括する班長らの指示で、事実上、組織ぐるみだったと認定された。

 確認された時期は17年11月までの約5年間で、完成検査工程で車両の抜き取り検査を行った6939台のうち、1割超に相当する台数で書き換えがあったことになる。

 報告書によると、不正を行った検査員は、基準値に達しない測定値が出た場合、現場の班長や先輩から書き換えを指示されていたという。抜き取り検査は一定数の車両の平均を見るためのものだが、測定値がバラついたりすると、上司から説明を求められることがあるため、書き換えていたケースもあった。深刻な必要に迫られてというよりは、生産現場が軽い気持ちで不正に手を染めていたことが印象づけられた。

 吉永氏は「現場という単位での組織的な行為であったことは否定できない」と述べた。復元された正確なデータはすべて、品質管理基準に適合していたため、リコールの必要はないとしたが、ブランドイメージに傷がついたことは否めない。

 そして、6月5日に発表した今回の事案では、燃費や排ガスデータの測定手法に問題があった。

 スバルが「不適切事案」としたのは2つある。まず、燃費や排ガスの抜き取り検査で、国が定めた測定基準「JC08モード」の範囲を超えた速度で車を走らせて燃費を算出したにもかかわらず、有効なデータとして処理していた事例があったことだ。また、測定室内の湿度が基準の範囲外だった場合も測定データとしては採用されないはずだが、エラーがないものとみなされていたケースが確認されたという。

 起きたのは、これまでの不祥事と同じく群馬県太田市のスバル群馬製作所だ。こうした事案が12年12月以降、少なくとも927件あったという。4月下旬に発表されたデータ改ざんと合わせると、1830件に上る。同じ車両で複数の不正があった重複を考慮しても、対象台数は1551台。前回発表した903台から大幅に増えた。

スバルの風土と吉永社長の拡大路線も不祥事の要因か

 国土交通省は激怒した。石井啓一大臣名で「4カ月もの期間をかけて調査を行ったにもかかわらず、今般新たな書き換え等の事案が判明したことは、スバルにおける事案の全容解明に対する取り組み姿勢に疑問を抱かざるを得ず、極めて遺憾であります」とのコメントを発表。「引き続き、厳正に対処する」としている。

 スバルは1カ月後をめどに、徹底した調査と再発防止策を報告しなければならない。社内調査の信用度も下がっていることから、「社外専門家により、独立性を確保した調査を行う」(吉永氏)という。

 度重なる不祥事に吉永氏は、「何度もご迷惑をかけているが、ほかに(不正が)全くないという自信はない」と話す。

 これまでの会見で記者に不正の要因を問われると繰り返し、「企業風土の問題だ。昭和のやり方を引きずっている」と答えた。ただ、背景として指摘されるのは、吉永氏が推進した拡大路線と関係しているのではないか、という推測だ。

 11年6月の株主総会後の取締役会で、森郁夫社長の後任としてスバル(当時は富士重工業)社長に就任した吉永氏。東日本大震災の影響もあり、直後の12年3月期の世界販売台数は63万9900台だった。

 その後、販売台数は右肩上がりで成長し、18年3月期は106万7千台まで拡大した。増加率は67%で、成熟産業である自動車でこれほどの勢いで販売台数が増えるのは極めて異例。株価も大幅に上昇し、東京株式市場でも注目の銘柄となったほどだ。

 牽引したのはもちろん、北米(米国、カナダ)市場。吉永氏の社長就任前の09年に主力車「レガシィ」を全面改良したのを契機に、小型車「インプレッサ」、SUV「フォレスター」を合わせた主力3車種の車体を北米の消費者向けに大きくした。

 中国で現地生産を計画したが中国政府の認可が降りなかったこともあり、北米への選択と集中を進める結果となった。これが見事に奏功し、台数成長の一方で利益率も高いスバルの業績好調が続いた。前3月期の営業利益率は11.1%。これは国内自動車メーカーのトップだ。

吉永氏は代表権を返上しスバルの経営とは一定の距離

 吉永氏は17年の創業100周年に合わせて社名を「SUBARU」に変更することも決めた。これには、ブランドと社名を統一し、浸透度を高める狙いがあった。しかし、同年に完成検査問題が発覚し、急成長の「負の側面」がクローズアップされることになった。

 吉永氏は5日の記者会見で「現場に負担が増えていたのは事実。ここ数年業容拡大したことの影響はない、という気はない」と話した。急成長に製造現場の実態が追いつかずに、問題が生まれやすい状況になっていた可能性が高い。

 その結果が、製造現場と経営陣とのコミュニケーション不全となっているようだ。

 吉永氏は、「社内では、外部調査に対して『全部話してほしい』と言ってきた。それでも話してもらえなかった。本当に無念だ」と話した。そこには、現場との断絶を嘆く悲哀があり、スバルの業容を飛躍的に拡大させた名経営者の姿は、みじんも感じられなかった。

 度重なる不祥事を受け、吉永氏は代表権を返上し、6月の取締役会で取締役会長に就任する人事を発表。引き続き務める予定だったCEO職も外れることとした。

 これは、3月に発表した人事の“修正”だった。この時、中村知美専務執行役員が社長に昇格し、吉永氏は会長兼CEOに就くと発表していた。中村新社長は営業畑の出身。スバルの世界販売の約6割を占める米国市場での成長を主導し、同社の事業規模拡大に貢献したことが評価された。

 吉永氏は、「ツートップではない。私は不正からの信頼回復に専念する」と話したが、近藤潤会長ら3役員が退任するにもかかわらず、代表取締役とCEOの要職にとどまることに、「吉永さんのやり方は分かりにくい」(業界関係者)と、疑問や批判の声も上がっていた。

 6日に発表した人事では、吉永氏は6月の会長就任以降も、「正しい会社推進部」「コンプライアンス室」「品質」の担当を続けることとなった。結果的に、新体制では中村社長兼CEOが経営全般を、吉永氏が法令順守の徹底などによる信頼回復を、と役割分担が明確になった。

 吉永氏は経営の一線から身を引くが、取締役会長として、「真に正しい会社」を目指した活動を今後も主導する。それは、スバルが培ってきたブランドを守れるかどうかの戦いでもある。

 世界販売に占める比率は15%にすぎないが、「スバリスト」と呼ばれる熱心なファンを抱える日本市場はやはり重要だ。ただ、国内販売は5月まで7カ月連続で前年を下回っている。

 スバルは「16年にインプレッサをフルモデルチェンジして発売し、販売が伸びていた反動でマイナスになっているのが主因だ」と説明しているが、既に一連の不正の影響が出ている可能性もある。今夏に最量販車であるフォレスターのフルモデルチェンジを控えるが、国内では派手な販売促進策も打ちにくい状況で、影響が懸念される。

 問題は長期化の様相だ。スバルは7月にも中村次期社長を中心とした新体制で中期経営計画を策定し、次代の成長戦略を描く予定だった。

 しかし、吉永氏は会見で、「新体制にもこの案件が持ち越される。中計をどういうタイミングで発表するかも、もう一度考えないといけない」と述べた。

 一連の不正による経営への悪影響が懸念される中、吉永会長の進める信頼回復についても、残された時間は少ない。

 

【自動車】関連記事一覧はこちら

雑誌の紙面がそのままタブレットやスマートフォンで読める!
電子雑誌版は毎月25日発売です
Amazon Kindleストア
楽天kobo
honto
MAGASTORE
ebookjapan
 

雑誌「経済界」定期購読のご案内はこちら

経済界電子版トップへ戻る

関連記事

好評連載

深読み経済ニュース

一覧へ
一般社団法人かぎろい出版マーケティング代表 西浦孝次氏

[連載] 深読み経済ニュース解説

2015年の経済見通し

[連載] 深読み経済ニュース解説

再デフレ化に突入し始めた日本経済

[連載] 深読み経済ニュース解説

消費税率引き上げ見送りの評価と影響

[連載] 深読み経済ニュース解説

安倍政権が解散総選挙を急ぐ理由

実録! 関西の勇士たち

一覧へ

水辺に都市が栄える理由と開発の事例を探る

[特集 新しい街は懐かしい]

水辺に都市が栄える理由と開発の事例を探る

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第20回)

稀有のバンカー、大和銀行・寺尾威夫とは

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第17回)

三和銀行の法皇・渡辺忠雄の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第14回)

住友の天皇・堀田庄三の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第11回)

商売の神様2人の友情 江崎利一と松下幸之助

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

社員17人で41億円を売り上げた社長が語る「中国で越境ECを成功させる秘訣」―栖原徹(ピルボックスジャパン社長)

今や米国と並び、世界最大級の消費市場となった中国。その中国で爆発的なヒットを飛ばしているのが健康食品・サプリメントなどの越境ECで展開するピルボックスジャパンだ。同社を率いる栖原徹社長に、中国市場で成功するための秘訣を聞いた。(取材・文=吉田浩) 栖原徹・ピルボックスジャパン社長プロフィール…

栖原徹・ピルボックスジャパン社長

意思決定の効率化を実現しデータ活用に革命を起こす―インティメート・マージャー

総合事業プロデューサーとして顧客と共に成長する―中尾賢一郎(グランドビジョン社長)

新社長登場

一覧へ

森島寛晃・セレッソ大阪社長が目指すクラブ経営とは

前身のヤンマーディーゼルサッカー部を経て1993年に創設されたセレッソ大阪。その25周年にあたる2018年12月に社長に就任した森島寛晃氏は、ヤンマー時代も含めて通算28年間セレッソ一筋、「ミスターセレッソ」の愛称を持つ。今も多くのファンに愛される新社長が目指すクラブ経営とは。聞き手=島本哲平 Photo=藤…

森島寛晃・セレッソ大阪社長

カリスマ創業者の後任として描く「新しいマネックス証券像」― マネックス証券社長 清明祐子

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

イノベーターズ

一覧へ

起業家にとって「志」が綺麗ごとではなく重要な理由―坂本憲彦(一般財団法人立志財団理事長)

 企業経営者にとって「理念」や「志」が大事とはよく言われるものの、今一つピンと来ない向きも多いのではないだろうか。成功した経営者がいくら精神面の重要性を説いても、日々の現実と格闘している経営者にとっては、ただの綺麗ごとに聞こえてしまうかもしれない。 それでも、ビジネスを成功させるために最も大切なのは「志」だと…

立志財団

勉強ノウハウと法律知識で企業の「働き方改革」を促進する―鬼頭政人(サイトビジット社長)

アスリートのセカンドキャリア問題に真正面から取り組む―中田仁之(一般社団法人S.E.A代表理事)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2020年3月号
[特集] 令和女史のリーダー哲学
  • ・元谷芙美子(アパホテル社長)
  • ・石黒不二代(ネットイヤーグループ社長)
  • ・小巻亜矢(サンリオエンターテイメント社長)
  • ・石渡美奈(ホッピービバレッジ社長)
  • ・戸田泰子(理化電子社長)
  • ・吉本新喜劇で初の女性座長は「イキらず、驕らず、高ぶらず」の支えるリーダー
  • ・敏腕ヘッドハンターが語る リーダーに求められる力は使命感に裏付けられた勇気
  • ・本と映画に学ぶ女史たちの生き様
[Special Interview]

 橋本聖子(女性活躍・東京五輪・男女共同参画担当大臣)

 女性が輝く新時代へ 政治家もOne Team

[NEWS REPORT]

◆CESでコンセプトカーを発表 ソニーが自動車メーカーになる日

◆アマゾンと提携したライフ 新規顧客獲得は成功するのか

◆ゴーン被告逃亡の影響は? 内田誠・日産新社長の前途

◆血液によるがん診断で日本の医療費は高騰する

[特集2]

 スタートアップ!関西

 日本の起業家たちが関西に注目する理由

ページ上部へ戻る