文化・ライフ

 「日本一有名なサラリーマン」と言われるのが、漫画「島耕作」シリーズの主人公・島耕作だ。パナソニックがモデルの大手電機メーカー・テコットを舞台に島耕作の活躍を描いてきた同シリーズも連載開始から35年を迎えた。作者の弘兼憲史氏と同年齢の設定で、同じ時間軸で物語が推移しており、劇中の島耕作も課長から部長、取締役、常務、専務、社長を経て、現在はテコット会長として、経済団体に活躍の場を移している。島耕作とその同世代の生き方について、弘兼氏に話を聞いた。聞き手=村田晋一郎 Photo=西畑孝則

 

「島耕作」シリーズ作者、弘兼憲史プロフィール

 

ひろかね・けんし 1947年生まれ、山口県岩国市出身。早稲田大学法学部卒業後、3年間の松下電器産業(現パナソニック)勤務を経て、74年『ビッグコミック』(小学館)掲載の『風薫る』にてデビュー。代表作は『課長 島耕作』から始まる「島耕作」シリーズのほか、『人間交差点』『黄昏流星群』など。

 

団塊の世代がやるべき3つのこと

 

―― 同世代の団塊の世代は定年になっている方がほとんどですが、その生き方をどう見ていますか。

弘兼 僕の同期は、会長をやるような人は何人か残っていますけど、あとはみんなもうリタイアしています。世の中を活性化するという意味では、リタイアしても団塊の世代がやることは3つあります。ひとつは消費です。団塊の世代は、一番貯金を持っている世代といわれていますが、その世代が貯め込んで死ぬよりも、経済の活性化という意味でも消費する。そして消費税という形で納税する。

 それから2番目が、死に様を見せること。昔は、病院死はなくて、みんな在宅死だった時代がある。その時は、子どもたちも自分のおじいさんやおばあさんが家で死んで、死体をこわごわ触ってみて、冷たくなっているのを確認した。人間は死んだらこうなるというのを何となくイメージしながら、ある種の死生観を植え付けることが一つの教育だったような気がします。日本が豊かになって、病院死になってくると、結局、あまり死体を見る機会がない。お葬式の時でも、親が見なくていいという場合もあって、お棺の中をのぞかない子どもが結構多いみたいで、人間が死んだらどうなるかというイメージがないまま、大人になっている。やはり、われわれ団塊の世代がすることは、死んだら、その死に様を見せる。つまり在宅死をわれわれが率先してやるべきです。

 あともう一つはボランティアです。60歳あるいは65歳で定年になっても、今の時代はみんな元気ですからね。僕ももうすぐ71歳になりますが、まだまだ働こうと思えば働けます。元気な人間が60歳から隠居なんてもったいないから、体力があるうちは社会の役に立つことをしようと。

―― 自分でビジネスを始める方についてはどう思われますか。

弘兼 サラリーマンでも、「昔はこういうことがしたかった」という夢を持っている人がいますよね。それで定年になってから始める。そのビジネスを始めるにあたっては、かなり下準備をやったほうがよい。定年になりました、今からビジネスをしましょう、どうしましょう、というのではなくて、50歳ぐらいになって、あと10年ぐらいで定年が来るという時に、残りの10年間で第二の人生の準備をする形でやったほうがよいような気がしますね。

 50歳を過ぎて、さらに上に行く人は、会社の中ではごく一部です。50歳というのは、ほぼ打ち止め感がある。自分がそのさらに上に行く、取締役コースに入っていれば別ですけども、そうでなかったら、定年までの10年間は、土日が休みであれば、その土日で準備する。仮に蕎麦屋がやりたかったら、土日に家でゴロゴロするよりも、東京中の蕎麦屋を回って、自分の味を確かめたり、勉強したり、自分で打つ準備をしたりとか、そういうことをしたほうがよいですね。辞めてからの準備をこの10年間でしておくということです。

 

経済団体で活躍する島耕作が提示する日本の進むべき道

島耕作には経団連より経済同友会の方が合っている

―― 島耕作シリーズは「団塊世代への応援歌」ともいわれていますが、今の会長編はどういったメッセージを込めているのでしょうか。

弘兼 島耕作はパナソニックがモデルですから、もともとは電機業界ですけれども、会長になったら、社業は30%ぐらいで、70%ぐらいは日本経済のために、経済団体に入っていろんな活動をするという、島耕作は今その段階になっています。会長になってからは、電機ではなく、農業をやったり、漁業をやったり、遺伝子工学をやったり、いろんな分野に行って、違うことをやっている。それで日本の役に立つという仕事をやっているので、電機業界からは少し離れているという感じですね。

―― 最先端の情報をかなり盛り込まれているので、団塊世代の読者に対し、新しいことへアンテナを張っていなさいというメッセージなのでしょうか。

弘兼 そうですね。また、島耕作は影響力があるので、取り上げてください的な提案もあるんですよ。農業で、今ビニールハウスの人工栽培はオランダが盛んなので、オランダに行って取材しようとしていたら、大分県のほうから取材に来てくださいという話がありまして、現地に行って大分のことも描きました。いろんな形で、いろんな情報を向こうから提供してくれる場合も多いです。

―― 財界活動もテーマになっていますが。最初、島耕作は「経済連」(モデルは「経団連」)で活動していましたが、今は「経済交友会」(同「経済同友会」)のほうで活動しています。

弘兼 同友会のほうが島耕作は合っていますね。経団連の場合は潤沢な資金を元に、ある意味で与党の政策を評価して、言い方を変えたら国の政策をお金で動かしている的なイメージが若干あるじゃないですか。漫画の主人公としたら、個人単位で入会して、純然たる経済活動に参加するという経済同友会のほうがよいのではないかということです。テコットもあれだけ大きな会社になると、経済連から抜けるわけにはいかないので、経済連はテコットの社長のほうに入らせました。東京海上の隅君(隅修三・東京海上ホールディングス会長、弘兼氏の中学の同級生)は同友会で活躍していますし、島耕作は交友会で活動することしました。

―― 島耕作は交友会の代表幹事になりましたが、代表幹事もテコット会長にも任期があります。今後の展開はどう考えていますか。

弘兼 同友会代表幹事は2期4年ですね。会長の場合は、会社によって、法律的に何歳までと決まっていないので、例えば100歳までやりたかったらやれるわけです。島耕作は会長になったのが66歳。自分が今、同じ歳で描いているので、自分が描けなくなった段階で終わるか、あるいは何か展開があれば、違う方向に行くかもしれないですが、それはまだ決めていないですね。

島耕作が取締役になってから海外編が増えた理由

―― テコットのモデルになっているパナソニックはトップ人事で、松下幸之助の年齢や任期を越えないという不文律があるようです。

弘兼 別にパナソニックを描いているわけではないので、そこは自由にやれると思います。ただ、幸之助さんは、僕が松下電器に入った時は会長で、僕が辞める時はちょうど会長を辞められて相談役になっていました。80歳まで現役でやられていたことになります。島耕作は今71歳ですが、さすがに80歳までとなると、そこまでは僕も(笑)。

―― ここまで行くと、島耕作が次に何をやるのかに興味があります。

弘兼 自分のイメージでは、会長職のまま、いろんな分野に取り組んでいく。これからたぶん日本がやっていかなければいけないのは食糧だと思います。食糧自給率を高めなければいけない。それで農業や漁業を漫画で取りあげたのですが、そういうことを今後も島耕作は考えるんじゃないですかね。異常気象の時代ですから、農作物の輸出国もいつ輸出しなくなるかも分からない。そうなると日本はお手上げで、自給率を100に近づけることが絶対に必要だと思うので、そういうことをやっていく。今のこの天候では、自然に任せられないですよね。そうなると、ハウスなどによる人工栽培、それから漁業も養殖の時代になっていくのでしょうか。

 あと、やりたいのは医学ですね。キューバに行って医療のことを取り上げたのですが、遺伝子組み換えのゲノム編集がさかんに行われていて、技術的にはかなり人間を変えることができる。人間が自然の摂理に、神の意思に反して、そういう行為をやっていくことに対して、本当に正しいのかどうかが、医学界で問題になっている。今の段階では、ゲノム編集の研究を続けてもよいが、人間には適用しないという結論を出しています。ところがそれを守っているかどうかは分からなくて、技術ができた以上、いずれは必ず人間にも適用する時代が来る。それが怖いというようなことも描きました。

 いろんな技術を見て、これはちょっと使えるかなというところを漫画に取り上げています。こういう話は活字で読むと何が何だかよく分からないけど、漫画は小さい吹き出しの中で簡潔に描くので、多少分かりやすく伝えられます。本当に詳しい情報は描ききれないですが、概要は漫画で紹介できます。島耕作の漫画の使命は、エンターテインメント、プラス情報ですから、情報を提供するという意味では、役に立っている漫画かなという気がします。

―― 最先端分野の取材で、世界中に行かれているイメージがあります。

弘兼 島耕作が取締役になってから、国内のリアルな生活を描くと、恐らく毎日会議で、どこかで会食をして、帰って酒を飲んで寝るみたいな人生で、漫画になりにくい。そこで取締役になってからは、海外の責任者として、中国などに赴任させる。一応、BRICsは全部やりました。それから次はインドネシアやミャンマーなどに行かせて、「海外で働く島耕作」を作り上げていきました。そういう意味では、まず国ありきと言ったほうがよい。

 こういうストーリーだからその国に行くというよりも、まずある国に行ってみる。その国もこれから結構注目されている国に行く。この間はキューバに行きました。経済制裁はまだ解かれてないけども、国交は回復しました。しかし、やはり経済制裁が解かれてないから、まだ何も状況は進んでいなかったという感じでした。だからキューバ編は短かったなぁ(笑)。

島耕作の恋愛話は描きにくくなった

―― 漫画のストーリーでは、会長編になってから、島耕作のパートナーの大町久美子との絡みが少ない感じがしますが。

弘兼 (島耕作と大町久美子が)結婚したでしょう。夫婦の愛を描いたって、面白くも何ともないじゃないですか。だからそれはもう描かない。それから男女の絡みも、島耕作を結婚させたので、不倫になってはいけないので、恋愛話は描きにくくなっている。

―― 弘兼さんはエッセイの中で、高齢になっていくと、夫婦はお互いに自立したほうが良いということを述べられています。それで、島耕作と大町久美子との絡みが少ないのかなと思ったのですが。

弘兼 いや、夫婦愛を描いて成功している漫画はほとんどないでしょう。『釣りバカ日誌』ぐらいか(笑)。夫婦愛で、家庭的になると、家族と仕事は割と両立しないんですよね。ビジネスの現場に家族が入ってくるというのは、トランプ米大統領なんかがやっていますけども、やはり白けます。そこは切り離して考えるというのが、僕の考え方なので。もう大町久美子は描きにくいですし、あまり出てこないですね。お正月の時ぐらいですか、お正月は家に帰るからね。でも、その時も「友達が来るからちょっと出ていて」と言われて、島耕作が家から追い出される(笑)。

―― そのあたりの話がお互い自立した生き方なのかなと。

弘兼 歳をとったら、奥さんとずっと一緒にべったり過ごすというよりも、それぞれの今まで生活してきたグループがあるので、それぞれお互い尊重して、お互いのグループに入り込まないというほうがよい。例えば、奥さんのグループの中に、旦那が一人ついていったら、そのグループは絶対に白けますよ。逆に男だけのゴルフの中に、奥さんが入ってきたりすると、気を使って駄目です。それぞれの今までのテリトリーは守りつつ、家庭では一緒になっても、行動範囲は別々にする。お互いに、どこに行った、何をした、今日誰と食事したなんてことは聞かないで、ということを提案したわけです。うちも実際、そういうことは聞かないですからね。

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