経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

「水と油」か「補完関係」か日産・ホンダの「呉越同舟」

急拡大を続けてきた電気自動車(EV)市場が踊り場に差し掛かっている。それでも、将来的にはEVが覇権を握ることは間違いない。その時、日本メーカーはどうなるか。国内2位、3位の日産自動車とホンダが下した結論は「呉越同舟」だった。文=ジャーナリスト/伊藤賢二(雑誌『経済界』2024年6月号より)

提携を後押しした新興勢力の台頭

 3月に日産自動車とホンダがEV、自動運転など先進領域を主眼とした包括提携の覚書を交わした。日産とホンダといえば水と油というイメージが強く、四半世紀前なら思いもよらなかった取り合わせ。もちろん今日においても提携しないでビジネスをうまく回せるのであれば、お互いに手など組まずに済ませたいところだろう。

 その両社が提携に踏み切らざるを得なかった理由は、それぞれ単独でEVや自動運転車の開発をやっていても国際競争で敗れるだけという現実が見えてきたからにほかならない。

 「新興メーカーが革新的な商品、ビジネスモデルで自動車業界に参入し、圧倒的な価格競争力とスピードで市場を席巻しようとしている。今までの流儀を守るだけでは戦えない」(内田誠・日産自動車社長)

 「2030年にトップランナーでいるためには、開発期間も考えると動く(日産との提携に踏み切る)のは今」(三部敏宏・ホンダ社長)

 覚書締結を発表した際の記者会見における両社長のコメントからも、切実さがにじみ出ている。

 日産、ホンダにとって強烈なプレッシャーとなっているのは日産の内田社長のコメントにある〝新興勢力〟の存在。自動車業界のニューフェイスといえばトヨタ「カローラ」を抜いて世界最多販売モデルとなった中型SUV「モデルY」を作ったアメリカのEVメーカー、テスラの名が挙がるところだが、新興勢力が脅威をもたらす存在として急浮上しているのは中国勢だ。

 たとえばスマートフォンメーカーとして知られるシャオミ。今年3月末に市販車第1号となるEV「SU7」は世界で最も高性能なクルマのひとつとされるテスラ「モデルS」の半額という低価格で同等の加速性能を実現させている。自動運転技術についても積極的に導入しており、他車や歩行者、信号の認識はもちろんのこと、工事による車線減少や駐車車両の回避など、今日における最先端の機能を持たせている。

 バッテリーの製造から自動車に進出したBYDは低コストと自動車用に求められる高度な安全性を両立させた新型バッテリーを開発し、市販車に載せはじめている。IT企業のファーウェイはガソリン車に燃料を入れるのと同じくらい短時間で充電可能な新しい充電システムのテストに成功した。

 「電気化学、人工知能、情報通信など次世代車の中核技術とされる分野での中国企業の攻勢はすさまじいものです。日産さんとホンダさんが生き残りのために手を組むのも分かる。正直、ウチだって今のままではやられかねないと思う」

 トヨタ自動車の開発系幹部は語る。

EVで先行した日産の油断と後悔

 守勢に追い込まれたことは日産にとっては痛恨事以外の何物でもない。日産が初めてEV「リーフ」を発売したのは14年前の2010年。当時世界ではEVの量産車がほとんど存在せず、文字通りロケットスタートを切った格好だった。にもかかわらず、日産はそのアドバンテージを生かすことができなかった。

 「リーフを発売してから長い間、大衆車クラスではEVの後発商品がほとんど出てきませんでした。決して油断をしたというわけではないのですが、自分たちの開発スピードが速いのか遅いのかがつかめていなかったと思います。ライバルがいようといまいとEVや自動運転をやると決めた以上は全力で推進すべきだった。今さら言っても仕方がありませんが」(日産関係者)

 せめて17年にテスラが普及価格帯の商品「モデル3」を投入した時に性能や価格競争力で完敗したという現実を直視し、戦略を根本から見直していれば巻き返しも不可能ではなかった。日産はそうは考えず、テスラを除けばトップであるというアピールに終始し、開発のスピードアップを図らなかった。本来はここがラストチャンスだったのだ。

 一方のホンダの悩みは日産以上だ。古くから新エネルギー車への意欲は非常に高く、燃料電池電気自動車(FCEV)、外部電源から充電することが可能で短距離ならEVとして使えるプラグインハイブリッドカー(PHEV)と、多様なソリューションを手がけてきた。FCEVについては08年に栃木・高根沢の工場に世界初の量産ラインを開設するという力の入れようだった。

 自動運転に関しても20年、渋滞などでの低速走行時という制限はあるが、普段は運転者が前方を見る必要がないレベル3自動運転車を日本で初めて市販した。

 問題はそれらの新エネルギー車や先進安全車のビジネスが〝全敗〟に終わったこと。21年に社長に就任した三部氏は早々に40年オール電化宣言を行うなど電動化の推進に意欲を見せたが、今年1月には唯一の市販車である小型EV「Honda e」の生産を中止するなど迷走。欧州ではそれに代わってSUV型のEV「e:Ny1(エニーワン)」というモデルを投入したが、性能面でライバルに完全に負けており、早くも販売不振に陥っている。

 EVや自動運転関連の商品戦略で成功を収めたという実績を全く持たないことは、ホンダのブランドイメージを少なからず傷つけている。今年1月の北米家電ショー(CES)に2台の未来的なEVを出品し、26年の市販化を予告したが、顧客の信頼や期待を集めるにはほど遠い状況である。

 顧客から〝何かをやってくれるはず〟という期待を寄せてもらえなくなった両社が強大なライバルに立ち向かうには、手を取り合う以外に方法がない。折しも今年に入ってEVは世界的に需要が減退するなど逆風に見舞われている。その足踏みがどのくらいの期間続くかは定かではないが、キャッチアップを目指す側である日産、ホンダにとっては本来とっくに去ったラストチャンスがもう一度訪れたようなもの。三部・ホンダ社長の言う通り、両社が提携するのは今を置いてなかったといえる。

水と油ではなく似た者同士?

 問題は日産とホンダが提携することで、果たして力強さとスピード感を併せ持つ新興勢力に太刀打ちできるかどうか、だ。

 研究開発力そのものは十分に持ち合わせている。日産は電気分野の研究を行う人材を豊富に擁していることに加え、世界の大学や研究機関との共同研究にも手慣れており、電池の性能を上げるカギを握る技術のひとつとされている、電池内部の電気の流れの可視化を世界で初めて成功させるといった実績を多く上げている。自動運転分野は日産、ホンダとも決して世界最先端ではないが基盤技術のレベルは高く、両社の開発陣が協力し合うことができればさらに大きな成果を生むことが期待できる。

 その開発のバックボーンとなる研究開発費はホンダが二輪車や汎用機を含めて8千億円台、日産が5千億円台。418万台、334万台の生産台数に対して明らかに大きく、業績の重石になっている。先端分野の研究だけでも一本化できればバラバラにやるより格段に効率化されるだろう。

 部品の共通化も大きな費用対効果が期待できる。電気モーターやバッテリー、自動運転用コンピュータおよびセンサーなどは、クルマのデザインやエンジンと異なり、メーカー各社が個性を競い合う要素が少なく、もっぱら物理的な性能の良し悪しが問われる。より性能の高いものを共同で開発し、同じ部品を使いながら、最終商品である自動車の特性は日産、ホンダがそれぞれの哲学に沿って作り込めば十分に独自性を発揮しながら量産効果でコストを下げることができる。驚異的な低コストで攻勢をかけてくる新興勢力に対抗するにはそうするしかないとも言える。

 開発力アップやコスト低減以外にも日産ホンダ連合に期待できるメリットは多い。最大の問題は、両社が企業の壁を乗り越えて協力関係を築くという難事業を本当にやり遂げられるのかということ。それがなければすべて絵に描いた餅となる。

 先に日産とホンダは水と油と述べたが、企業体質は実は似ているところが多い。研究開発に対する意欲が旺盛であることをはじめ良い意味で似通っているところもある一方で、良くない部分で似通っているところも少なくない。その典型は企業統治がかなり官僚的であることと、研究開発部門のプライドが無駄に高いことだ。

 自動車業界に限らず、官僚的でプライドが高い組織同士の融和は簡単ではなく、高い能力を持つ企業同士が提携を行っても相乗効果を生むことができなかった例は枚挙にいとまがない。とくに技術主導型の企業同士は相性が悪いことが多く、開発過程における主導権争いや手柄の奪い合いで無駄なエネルギーを消費し、かえってスピードが鈍ることも少なくない。

 「ウチの場合、最大の敵は外部ではなく隣の机に座っている同僚という権力争いが横行しています。同じ会社なのに自分が関わっていないプロジェクトの失敗を密かに喜びかねないという気質すらある。ウチ単体でも足の引っ張り合いばかりで融和が図れているとはとても言えないのに、企業間で簡単に協力し合える気がしない。日産さんとて大差はないと思う」(ホンダの品質部門幹部)

 そんな両社が協業を成功させるために必要なことは何か。

 「一番重要なのは、開発や部品の共通化の目標を曖昧な形ではなく、解釈の入り込む余地がないほどにハッキリと示すことだと思います。これは簡単なようでいて非常に難しいことなんです。なぜならゴールを明確にするとその達成が難しかったりスケジュールが遅れたりしたときに経営者や出世のラインに乗った幹部の責任も明確になってしまうからです。本当に新興勢力のパワーとスピードに対抗するのであれば、身内のパワーゲームや保身を気にして目標を曖昧にすることなど百害あって一利なし。経営陣が協業を成功させることを本気で考えているかどうかは、この第一の関門ですべて明確になると思う」(前出のホンダ幹部)

1+1が3になるかは経営者の心持ち次第

 日産とホンダは現在、覚書を締結した段階であり、どのような協業を行うかという仔細についてはこれから詰めるとしているが、コスト、技術水準の両面で新興勢力をしのぐことを目指すことを第一義に考えるのであれば、何をいつまでにやるかというロードマップは自ずと明確になるはずである。

 提携内容の策定に長い時間を要するようであれば、それ自体が両社の融和が実際には難しいことの表れ。また数カ月、あるいは半年といった長い時間をかけてしまってはその間に新興勢力が先に行ってしまい、追い付くことも覚束なくなる。迅速かつ明確な目標策定ができるかどうかは、それ自体が両社の経営者が自動車業界における勝ち残りを本気で考えているかどうかのバロメーターと言える。

 日産幹部の一人は、日産、ホンダそれぞれの社内に対する経営者の情報発信も改善していくべきと語る。

「他社との提携に関してはもちろん社内でもいろいろ噂は飛び交っていましたが、それでもほとんどのスタッフにとっては寝耳に水でした。経営者の保身、社員に対する励ましの両面からと思いますが、日産の今の立ち位置がどういうものなのかをきちんと言わず、自分たちは素晴らしい、やれるんだという戦意高揚に終始していたからです。終わったことを言っても仕方がないので、これからはいいことも悪いことも全部つまびらかにして、どのようなスピード感で戦うべきかを示していかないと、トップに対する不信が芽生えてしまう」

 共に技術主導型企業として生きてきた日産とホンダ。両社の高いリソースを合わせれば1+1=3の成果も期待できるが、両社の経営者の心持ちによってはそれが0にもなりかねない。

 果たしてこの提携によって巻き返しを図り、10年後に両社が自動車業界のトップランナー群に名を連ねることができるかどうか。具体的にどう協業するかという声明に大いに関心が湧くところだ。