2015年、東京電力と中部電力が出資する会社として設立され、19年4月までに燃料部門、火力発電部門が統合して現在本格的に事業を進めているJERA(ジェラ)。国内26カ所に火力発電所を有し、その発電電力量は国内の約3割に相当する。JERAは再生可能エネルギー分野でも積極的な投資を重ね、国内最大の火力発電企業だけでなく、国内最大級の再エネ企業へ変貌しつつある。聞き手=和田一樹 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2024年6月号より)
奥田久栄 JERA社長CEO兼COOのプロフィール
脱炭素・安定供給・経済性、すべてを成し遂げる
―― JERAは2015年に東京電力、中部電力からの出資で発足しました。何を目的とする会社ですか。
奥田 私たちのミッションは、世界のエネルギー問題に最先端のソリューションを提供することです。それを実現するための2035年までのビジョンとして、再生可能エネルギーの拡大と低炭素火力の推進を掲げています。低炭素火力については、短期的にはLNGのことで、中長期的には水素・アンモニアを指します。これらを組み合わせて、新しいクリーンエネルギーの供給基盤を作っていく。これがJERAの方針です。
ただ、もう一つ別の観点で言うと、世界中のすべての人々がクリーンなエネルギーを無理のない価格で思う存分使える。そんな世界を実現するお手伝いをしていくのがJERAの存在意義だと思っています。
―― 全世界でエネルギーの脱炭素を大前提とし、かつ安定的に、安価に供給することは可能ですか。
奥田 まさにそれを実現するというのがグローバルなエネルギー事業者であるJERAのミッションです。JERAの戦略は明快で、3つのアプローチポイントがあります。
まずは、多様なエネルギーのオプションを作ることです。エネルギーの選択肢は多ければ多いほどいいわけですから、ゼロエミッション火力(燃焼時にCO2を出さない)を具体化していくことも必要ですし、当然再エネも充実させます。医療で例えれば、どんな症状の患者にも対処できるように、たくさんの薬を持つイメージです。
2つ目のポイントは、用意した多様なエネルギーオプションを、国や地域の課題に応じて組み合わせ最適な処方箋を作ることです。経済のレベルや地政学を含めた地理的な特性など、エネルギーの課題は場所ごとに異なります。それぞれ最適な電源構成のバランスを考え、課題を解決していく必要があります。
3つ目のポイントは、まずは現在の技術レベルでできることからやるということです。革新的な技術が10年後に生まれるとしても、それまで何もしなければその間にCO2の排出は続きます。まずはできることから取り掛かり、新たな技術が実現されたらそちらを使う。こうして段階的に低炭素化を進め、最終的に脱炭素を実現していきます。
―― JERAは設立の経緯から火力発電のイメージが強いです。再エネ事業の手ごたえはいかがですか。
奥田 総じて順調に進んでいます。たとえば風力発電事業の昨年の動きとしては、ベルギーの大手洋上風力発電事業者パークウィンド社を買収しましたし、NTTアノードエナジー社と共同で、グリーンパワーインベストメント(GPI)という風力を含めた再エネ開発の実績を持つ企業を買収しました。日本でも、秋田県男鹿市・潟上市・秋田市沖の洋上風力事業を担う事業者に選ばれました。非常に順調です。
―― 日本は地形的に洋上風力発電に適していないという声がありますがどうですか。
奥田 欧州と比較して簡単ではないのは事実です。JERAが最初に洋上風力発電事業に挑戦したのは、台湾のフォルモサというアジア最大級の風力発電案件でした。台湾は日本と同様に沖に出ると海底が一気に深くなる地形で、風車を安定して設置するのが難しい。加えて、海流も速く風向きも安定しません。よく例え話に使うのですが、われわれが最初に台湾で洋上風力に参画したのは、大学入試の標準問題集を解く前にいきなり東大の問題集を解いたみたいなものです(笑)。
これで本当に苦労しまして、やはり日本も含めてアジアの洋上風力は一筋縄ではいかないと実感しました。そこでまずは標準問題を確実に解ける力を身に付けようということで、すでに洋上風力の開発実績を持っていたパークウィンドを買収したのです。私も11月にベルギーへ視察に行きました。岸から50キロ離れたところにプラントがあるのですが、そこでも水深が25メートル程度しかありません。台湾や日本と条件がまるで違うので、やはり最初はこういうところからやるべきだったと痛感しました。
いずれにせよパークウィンドでグローバルスタンダードな洋上風力発電のノウハウは身に付きましたし、GPI社は日本での実績がありますから、これらを掛け合わせてJERAとしてアジアの洋上風力を攻略する準備を整えたところです。
―― 火力発電においても、石炭を部分的にアンモニアに置き換えていくことでCO2排出を軽減する、ゼロエミッション火力の取り組みを進めています。こちらはいかがですか。
奥田 当初の予定よりもアンモニアを燃料転換する技術開発が早く進み、1年前倒しで実機を使った実証試験の段階を迎えました。これがうまくいけば商用運転に取り掛かります。また、今回の実証試験では石炭の20%程度をアンモニアに転換していますが、50%以上の転換に向けた技術開発もしており、そちらも順調に進んでいます。
―― 欧州の一部から「アンモニアを活用するのは石炭火力の延命措置じゃないか」という指摘もあります。
奥田 冒頭の話に戻りますが、JERAが目指すのは、多様なエネルギーの選択肢を、国や地域の事情に応じて組み合わせ、脱炭素・安定供給・経済性すべてを追求することです。ですから、極端に言えばアンモニアはその一つの手段に過ぎないわけです。石炭から燃やしてもCO2を排出しないアンモニアに転換していき、最終的にアンモニア100%で燃やすことができれば石炭の消費量はゼロにできる。そのためにアンモニアを燃やしているのですが、石炭をずっと燃やし続けることを前提にしたアンモニア活用だと誤解されている節があります。
―― 欧州は資源に恵まれた環境ですから、そうした状況認識の違いも関係していそうですね。
奥田 たしかに北欧は水力資源が豊富ですし、欧州は先ほど話した遠浅の海があるため洋上風力発電に適しています。また、大陸中に送電ネットワークが張り巡らされていて、エネルギーの融通がしやすい状況ですし、フランスに巨大な原子力発電所があります。欧州はこれらをすべて組み合わせて脱炭素に向かっていくので、わざわざゼロエミッションに取り組んで火力に頼る国や地域の事情を理解しにくいという背景はあるかもしれません。誰もがそうですね、自分の目の前の光景が世界中に広がっていると誤解をしがちなわけです。
エネルギー小国・日本。世界で果たすべき役割
―― 日本の目の前の光景は、エネルギー資源のほとんどを輸入に依存し、かつ再エネにも適していない土地という悲惨な状況です。
奥田 それは一定の事実としてありつつ、見方を変えることもできます。確かに日本は、脱炭素・安定供給・経済性を実現する上で一番難しい国です。しかし、逆に日本のエネルギー課題を解決できれば、そのソリューションは世界中のほとんどの国で生かすことができます。
少し過去の歴史を紐解いてみましょう。もともと日本は水力100%という電源構成から電気事業をスタートしました。ところが、水力だけでは経済成長に追いつかなくなり火力発電を取り入れた。まずは石炭火力を使ったわけですが、石炭を掘り尽くしてしまい開発ができなくなってきたので、次に石油火力を活用しました。その後、公害問題が出てきたことで、もっとクリーンなエネルギーが求められました。加えて、オイルショックを経て、石油=中東依存の危うさを実感したわけです。
それで日本が挑戦したのがLNGです。今、水素やアンモニアの活用を巡って、そんなにコストをかけてナンセンスだという声があります。LNGも当初はそうでした。石油を掘って出るガスは捨てるのが一般的だったのに、わざわざコストをかけ液体にして海外から運んできたのです。それでも「サプライチェーンを太くしていって、使い手も増やしていけばコストダウンが図れる」という、ある種のロマンを持ってLNGの世界を開拓した人がいたわけです。こうした過去があって、非常に環境にやさしいエネルギーとしてLNGが世界で定着してきた歴史があります。まさに日本が世界に先駆けて成し遂げたエネルギー転換です。
―― 資源がないからこそ新たな世界を切り開いたわけですね。
奥田 そういうことです。いま、JERAがやっていることは、その第2ステージだと認識しています。エネルギー課題の難関である日本で実現できたソリューションは、必ず世界でも通用するはずです。
また、日本は資源に恵まれない国のリーダーとしての役割もあると思っています。先ほども少し言及しましたが、資源や国土に恵まれている国が、自分たちのやり方を世界中に押し付けようとすると分断が起きます。たとえば、過剰に石炭による火力発電を非難することは、すでに経済成長を成し遂げた先進国や、資源に恵まれている国だからできる主張であって、これから成長していきたい国々や資源が乏しい国々は納得しきれない。日本は先進国だけど資源に恵まれない国の代表となり、多様なオプションがなければ世界中で脱炭素・安定供給・経済性の実現はできないと、堂々と主張すべきです。
新しいエネルギー秩序のため民間企業として何をすべきか
―― 奥田さんは1988年に中部電力に入社してキャリアを積んできました。JERAに来る前から世界のエネルギーの行方や資源小国である日本の立ち回り方などを考えるのが好きだったのですか。
奥田 昔から好きでしたね。話は学生時代にさかのぼりますが、私は英会話サークルに入っていました。今お話しするとちょっと青臭いのですが、世界の平和についてもディスカッションしたことがあります。当時まさにグローバリゼーションの始まりの時代で、ゴルバチョフとレーガンが握手をして長い冷戦時代が終わろうとしている時でした。そこに直面して、学生ながらにもっと世界が平和になるためにはどうしたらいいかとか、そういう議論をしていたのです。そこで必ず話題になるのが、食料とエネルギーです。結局、この2つは平和の礎ですね。ここで何かトラブルが起こると戦争になります。この事実にやっぱり私は、何というか、非常にショックを受けて。どんな国でも、絶えず無理なくエネルギーを使えるような世界をつくりたい。そう思ってエネルギー業界に入ったのです。
―― そういう意味では、近年のロシアによるウクライナ侵攻、イスラエル・パレスチナ問題、先進国を含めた保護主義的な動きの強まりと、状況は思わしくないですね。
奥田 中部電力入社以降、エネルギーの自由化の時代が幕を開け、グローバリゼーションが進んできました。この動きはどんどん進んでいくということを前提にして物事を考えていたので、近年の流れにはショックを感じています。おそらく歴史的に大きな転換点で、グローバリゼーション、自由貿易に危機が訪れています。
この時代に新しいエネルギーを絶やさないためにどういう秩序を作っていけばいいのか。もちろん国は国、政治は政治ですけど、民間の事業者として何をしていけばいいのか。本当にもう1回、真剣に考えなくてはいけない時代に入ったのだという思いで仕事をしています。ちょっと大げさかもしれませんが、JERAは世界中に仲間をつくり、世界平和のために事業を展開していきます。