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湯﨑英彦・広島県知事インタビュー「広島観光の魅力を倍増していく」

広島県知事 湯﨑英彦氏

2018年7月、数十年に一度の重大な災害が予想される場合に出される大雨特別警報が、西日本の11府県に出された。そのひとつ広島県も記録的な豪雨に見舞われ、多くの方が亡くなるなど甚大な被害がもたらされた。あれから半年、復興を目指す広島県の取り組みを観光の視点から湯﨑英彦知事に聞いた。聞き手=古賀寛明 Photo=佐藤元樹

湯﨑英彦・広島県知事プロフィール

湯﨑英彦・広島県知事

ゆざき・ひでひこ 1965年広島県生まれ。90年東京大学法学部を卒業後、通商産業省(現経済産業省)に入省。95年スタンフォード大学で経営学修士を取得。2000年退官後、株式会社アッカ・ネットワークスを設立。その後、09年に広島県知事に就任。現在3期目。趣味は、スキー、キャンプ、サイクリング。

豪雨災害後の広島観光産業の状況

被災前より元気な広島へ

── 7月の豪雨災害から半年ほどたちましたが復興の状況は。

湯﨑 直接的な被害がなかった県民の皆さん、企業などは比較的日常に戻りつつあります。ただ、土砂災害や家屋の損壊といった直接の被災者、被害を受けた企業に関してはまだまだこれからです。

具体的に言いますと、家を失った被災者の方は、まだ仮設住宅などで生活していらっしゃいますが、家を再建する、または新たな家を見つける、というところまでは至っておりません。県としても、2018年7月豪雨災害からの復旧・復興プランを立てて方針を示しているのですが、その根底には、被災者の生活と日常を早期に取り戻すこと、単なる復興ではなく、より力強い軌道へと押し上げていく狙いがあります。

合い言葉もありまして「ピンチをチャンスに。見せちゃれ広島の底力!」というものです。つまり、ピンチをチャンスにしていこうという思いが込められています。その背景には広島を含め、西日本地域に対して被災地というイメージが強くなっており、そういったネガティブなイメージから脱却していくためにも、単に災害からの復旧ではなく、以前よりもっと元気になろう、といった思いが強くあるのです。

広島の観光を楽しむ外国人が増加

── 県内の観光客数も7月は前年比で40%も落ち込んだとか。

湯﨑 そうですね。7月は県内の主要15カ所の観光客数が40%減、同じく8月は25%減、9月は15%減と打撃を受けました。観光客も徐々には戻ってきているといえますが、いわゆる風評被害はまだまだ続いています。

宿泊を見ても大きなホテルの稼働率は戻ってきているのですが、ビジネス利用として保険会社をはじめとする復旧・復興の関係者が多数来られていることもあってか、レジャーのお客さんと比べて1部屋当たりの利用人数が少ないという状況です。その一方で日本人の観光客が減っている分、これまでホテルの予約が取れずに広島に来ることができなかった外国人観光客数は増えています。

とはいえ全体としては、客室単価自体が減少しており残念な状況なのです。旅館についても同様で、8月が20%減、9月が10%減という状況で、土産物屋や飲食店といったところも、8月が50%減、9月が30%減と影響が出ています。飲食や、土産物屋というのは規模の小さい事業者が多いですから観光客向けの中小企業に影響が出ていると言えますね。

── 観光客に戻ってきてもらうために何かプロモーションを行っていますか。

湯﨑 プロモーション自体は以前から行っているのですが、先ほども言いましたが、国内客は減る一方で、普段だったらホテルの予約が取れずに来られなかった外国人観光客の方が増えている状況です。

したがって、プロモーションに関しても、海外と国内のプロモーションは別々に行っています。例えば国内向けでは、室町時代からカキの養殖が行われるなど広島は王国と呼ぶにふさわしい場所ですから「牡蠣ングダム」を名乗り、王国でさまざまなカキ料理をはしごしてもらう「広島はしご牡蠣」という食べ歩きキャンペーンを行っています。こうした広島ならではの魅力を伝え、面白いと思っていただけるような取り組みで、広島へ足を運んでいただこうと考えています。

一方、海外向けのプロモーションは国ごとに変えていまして、団体客が多いのか個人旅行者の方が多いかといった、その国の特徴に合わせて変えています。

── ちなみに、広島を訪れているのはどこの国の方が多いのですか。

湯﨑 広島を訪れる方でいちばん多いのは米国の方で、2番目が台湾、次に中国、それからオーストラリアと続きます。

全国で考えると中国や韓国といった近隣の国の方が多いと思いますが広島はちょっと違い、欧米系が多いのが特徴です。これは原爆ドームなどの平和遺産が関係しているのは間違いありません。また、宮島という世界遺産もありますから、大抵の観光客は両方とも行かれていますね。

湯﨑英彦・広島県知事

広島観光の魅力を高めるための取り組み

サイクルツーリズムは広島観光の軸になれるか

── 西日本の豪雨もそうですが、北海道で地震があり、台風など災害も当たり前になっています。災害に対する風評被害をどう払拭していきますか。

湯﨑 まずは観光客の方々に来ていただくようにしなければいけません。ふっこう周遊割といった国が後押しする施策もありますが、今は口コミの力が非常に大きいですから、来ていただいた方々に回復状況なり、被害の影響がないことを広く伝えてもらうなど、安心であることを周知していくことが重要だと考えています。

今回も、その一環として顔出しパネルをつくろうとしています。観光地であればどこにでもあるアレです。広島県出身のマンガ家の方々にも描いてもらって、このパネルがSNS上で話題になるようにする、その名も「顔出しんさい! 広島県」という取り組みです。こうした取り組みを見て、広島はもう大丈夫なんだ、この場所に行ってみたいと思ってもらえるような情報発信を行っていこうと考えています。

それから広島だけでなく、中四国地域で連携したキャンペーンを増やしていきたいと考えています。広島や岡山、四国の愛媛、高知など中四国には9つもの県があります。残念ながらこれまでは、それぞれで発信していて連携していませんでしたが、DMOを通じた中四国での連携など、広域での観光客誘致に力を入れ始めています。

── 具体的にはどんな取り組みがありますか。

湯﨑 例えば、広島県の尾道と愛媛県の今治を結ぶ「しまなみ海道」はサイクリストの聖地として知られていますが、そこで10月に「サイクリングしまなみ2018」というサイクリング大会が開催されました。私も出場したのですが、しまなみ海道の高速道路部分を自転車で走る大会です。

参加者も7200人おり、その中の約1割が海外からのお客さまです。彼らは世界中を自転車で走っているのですが、その彼らが口々に、「こんなにキレイなところはない」と喜んでいたことが印象的でした。

こうした大会も広島と愛媛の両県にまたがる“せとうち”地域での広域での取り組みのひとつです。こうした広域の取り組みを行うことで、せとうちの美しさもそうですが、サイクルツーリズムの潜在力の高さも改めて感じましたね。

── 県内の他の地域でもサイクルツーリズムが盛んですね。

湯﨑 しまなみ海道の成功例が一つの契機になり、いまや県をまたいだものも含めていくつものルートが誕生しています。

例えば、安芸灘にあるいくつもの島を走り抜け、古い町並みなど見どころも多い「とびしま海道」や、広島市内から船ですぐに行ける江田島では島の名物、カキの名がついた「かきしま海道」、尾道から呉にかけては「さざなみ海道」といった海沿いに多くのルートができています。

また、海沿いばかりでなく「やまなみ街道」という尾道から島根県の松江を結ぶ全長187キロメートルの標高差を楽しめるルートなど、多彩なサイクリングコースが設定されています。

サイクリングのコースが分かりやすいように、ブルーのラインを道路の左端に引いて、目的地までの距離表示も入れるなどコース整備も行っていますし、レンタサイクルや自転車積載可能な航路も増えていますので、今後のさらなる盛り上がりが楽しみです。

カキとお好み焼きだけではない広島の「食」の魅力

── 食の魅力はどうですか。

湯﨑 食も観光には重要な要素です。しかし、広島の食といえばカキとお好み焼きといった限られた印象があります。

しかし、広島はもともと海の幸、山の幸が豊富なところなのです。例えばカキ以外にも、ほかの地域ではなかなか食べられないものに、夏の小イワシがあります。広島には「小イワシも七度洗えばタイの味」という言葉があるくらい刺身にしても天ぷらでもおいしい。

ほかにも、アナゴの刺身などは全身ヒラメの縁側のようで広島以外ではなかなかお目にかかれません。ほかにもオコゼ、ギザミなど、多様な白身魚がおいしいのです。ただ、あまり広島のイメージに結び付けられていませんので、もっと広めていかねばなりません。

また、日本酒も西条(東広島市)などが昔から酒処として知られているものの、最近の芳醇な傾向のお酒のルーツが広島にあることはあまり知られていません。じつは吟醸の技術も広島発祥なのです。

食材もそうですが、若手料理人を育てようとしています。洋食、和食の料理人のコンクールを催し、洋食の表彰者の成績優秀者にはフランスの有名レストランで修業できる仕組みもあります。その中から「RED U─35」といった若手料理人のコンクールで優勝者が出てくるなど、広島の食文化を担う人材が育ってきています。

フランスを代表するシェフにも広島へ来てもらい、地元の食材を使って地元のシェフとコラボする期間限定のレストランを設けるなど、食の“広島”に向けても着実に進んでいます。

── とはいえ街を歩けばやはりお好み焼きのお店が多い。

湯﨑 人口当たりのお好み焼き屋さんの数は圧倒的ですからね。お好み焼きと一口に言っても奥が深くて、東京ではラーメンといっても家系などいろいろあると思いますが、広島でも麺パリパリなどの麺の違いや、ソースの濃淡といった違いがあるのです。そして、県民にはそれぞれの子どもの頃から慣れ親しんだ味がありますから好みも違う(笑)。この奥深さも堪能してほしいですね。

広島とせとうちの観光業の未来に向けて

── 最後に、広島もそうですが、せとうち地域の観光業がさらに拡大するためにはどうすればよいと思われますか。

湯﨑 せとうちのエリアには共通する基盤があります。それは海であり島であり、海の幸であり山の幸。広島だけでなく、岡山にしても山口にしても四国の愛媛、香川も同じです。

しかし、これまでバラバラに観光誘致を行ってきたために、「せとうち」というブランド認知がありませんでした。この課題を克服しなければなりません。

ただ、共通しているといっても山口だったらフグ、岡山ならサワラというように多様性がある。観光地でも広島なら原爆ドームや宮島、鞆の浦、愛媛なら道後温泉など多様です。せとうち地域全体が歴史、文化の詰まったところであることは確かなことです。そういった歴史や文化をまとめて周知していく努力がさらに必要だと思っています。

徐々に始まっていますが、せとうちDMOができて行政の枠を超えて発信していく。そこにサイクリングだとか、アートだとかクルーズといった新しい魅力を磨いていくことが重要です。宿泊施設に関しても、島が多いのですから、大きなホテルをひとつ建てるよりも、島には小さな宿が似合うので、古民家を改修して利用するなど、やり方はいろいろとあるのではないでしょうか。

先日、尾道に行きましたら若い人や移住者が古民家を改修してゲストハウスをはじめていました。こうしたあるものを生かし、強みを伸ばそうとしていくことが、広島を含めたせとうちの未来にとって最もよいのではないかと考えています。

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