[NEWS REPORT]
トヨタとホンダが手を組み参戦 「MaaS戦争」を制するのは誰か
2019年5月7日

自動運転技術の進化などを背景に、乗り物を使った新しいサービスを意味する「MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)」をめぐる企業の動きが活発化している。トヨタ、ホンダ、日産、ソフトバンクなど各社が参入する背景には、既存のビジネスモデルが大きく揺らぐという危機感がある。文=ジャーナリスト/立町次男
目次
MaaSによる商機拡大と参画企業各社の思惑
MaaSの意義を象徴するホンダの参画
3月28日、トヨタ自動車とソフトバンクが共同出資し、MaaS事業を展開するモネ・テクノロジーズの事業戦略説明会が東京都内で開かれ、モネにホンダと日野自動車が資本参加することが発表された。
この説明会にサプライズゲストとして登場したトヨタの豊田章男社長は、「ホンダと日野自動車も加わり、自動車業界がオープンな形で第一歩を踏み出せた」と両社の資本参加を歓迎した。
ホンダと日野はそれぞれ2億4995万円を出資し、モネの株式9.998%を取得する。日野の手掛ける商用車を含め、モネのMaaS事業で使うことができる車両の品ぞろえが増える。
ホンダの八郷隆弘社長は、
「モネとの連携を通じて、モビリティサービスの社会受容性・顧客受容性獲得のための普及活動、モビリティサービスの実証実験などをよりスピーディーに推進し、日本のモビリティサービス産業の振興を目指してまいります」
日野自動車の下義生社長は
「お客さまと社会の要望を具現化した商品・サービスを通じて新たな価値をお届けするのがわれわれの役割であり、モネの参画は、これをさらに加速するために最良の選択であると判断しました」とコメントした。
トヨタグループの日野はともかく、ホンダの参加はMaaSでのプラットフォーム掌握を模索する動きとして象徴的だ。
トヨタとホンダの仲人はソフトバンク
ホンダはもともと、人工知能(AI)や、第5世代通信(5G)を活用したコネクテッドカー(インターネットでつながる車)の分野でソフトバンクと提携しており、両社の結び付きは強い。
むしろ昨年10月にトヨタとソフトバンクが電撃的に手を組んだことが驚きだったようだ。ホンダは両社の発表の直前、米国の自動車大手、ゼネラル・モーターズ(GM)の子会社で自動運転部門を担うGMクルーズホールディングスに出資するとともに、自動運転車両の共同開発で合意。GMクルーズには既にソフトバンクの親会社、ソフトバンクグループが出資しており、同社を中心にトヨタ、ホンダなどの大企業が連携する構図だ。GMクルーズは年内にも米国で自動運転車両を使ったライドシェア(相乗り)サービスを始める。
ホンダは、他の自動車メーカーとは連携しない会社として知られている。ソフトバンクグループを介しているとはいえ、トヨタと組むのは異例だ。
それだけ、MaaSが重要で、これまで通りのやり方では戦えないという危機感があるとみられる。
ソフトバンクとトヨタが重視する「データの蓄積」
モネの宮川潤一社長兼CEOは、「複数の自動車メーカーと共創することで、モネのプラットフォームが賢くなる」と強調した。
これは、MaaSの覇者になるためにより多くのデータを集め、AIの能力を高めていくことが重要だとの認識が示したものだ。トヨタの車両にはセンサーなどを搭載し、1台当たり約170種類のログデータを集められるという。ホンダや日野も加われば、より多くのデータを収集できる。
もっとも、トヨタ出身のモネ取締役、山本圭司氏は「自動運転技術を使って自動運転社会を(ホンダなどと)一緒につくっていく想定をしているが、モネを通じて、自動運転の開発を一緒にやるということではない」と話した。
そもそも、トヨタがソフトバンクと手を組んだのは、このデータの分野で大きなメリットがあると考えたからだ。
ソフトバンクグループの強みは、孫正義会長兼社長が進めてきた、将来有望なライドシェア企業への出資がある。
同社と、運営する「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」は、ウーバー・テクノロジーズ(米国)、滴滴出行(中国)、グラブ(シンガポール)、オラ(インド)という有力企業に積極投資。孫会長は昨年10月のトヨタとの提携会見で、「世界シェアで見ると合わせて9割。彼らとは毎月のようにさまざまな形で会って次の戦略を語り合っている」と強調した。
例えば、ある地域でのライドシェア需要が時間帯や天候などの影響でどのように変化するかが分かれば、効率的で利便性の高いサービスの提供が可能になる。歩行者の挙動やそれぞれの道路の特徴を含めデータの蓄積は当然、安全性の確保にも有効だ。
宮川社長は、「データが多いほど、安全性と効率性は飛躍的に向上する。強固で柔軟な交通インフラをつくる礎になっていく」と強調した。
モネコンソーシアムには異業種から90社が参加
モネはさまざまな企業が参加する「モネコンソーシアム」を立ち上げた。小売りや飲食、物流などの業種に参加を呼び掛け、設立時にコカ・コーラボトラーズジャパンやJR東日本、ファーストリテイリング、フィリップス・ジャパン、三菱地所、ヤマトホールディングス、ヤフーなど約90社が、MaaSによる商機拡大を狙って名を連ねた。
説明会では、コカ・コーラが需要のある所に自らが向かう自販機、フィリップスは病院が足りない地域などを念頭に患者宅を回るクリニックの構想を披露した。
加盟企業が、それぞれの経営資源とMaaSを結びつけたビジネスモデルを模索。2023年以降は、トヨタが開発中の自動運転電気自動車「eパレット」を活用した新サービスを創出していきたい考えだ。
宮川社長は、「MaaSではどのようなサービスがうまくいくか分からない」と指摘。各社のアイデアや創意工夫、試行錯誤が重要になるとの考えを示した。
「世界標準」の獲得を目指し加熱するMaaS戦争
自動運転技術の実用化を視野に入れる
国内では、いわゆる「白タク規制」の問題もある。モネの仲間づくりは、日本政府に対する発言力のある大手企業を巻き込み、規制緩和を実現する狙いもあるとみられる。
山本取締役は、「法規制は一つずつ、将来どうするかを議論している。(コンソーシアムが)バックグラウンドを持った提言ができる役割を担わなければならないと感じている」と話す。
モネは2月からスマートフォンで予約できる「オンデマンドバス」のシステムを地方公共団体に提供している。今後3年で100以上の地域での導入を目指す。
将来に見据えるのは当然、自動運転技術の実用化だ。個人の利用者が気軽に、安価に自動運転車両を呼んで異動したり、車両そのものが物販やサービスなどを行う時代が来れば、MaaSの巨大市場が生まれるのは必至だ。
宮川氏は「MaaSが爆発的普及するには、eパレットが鍵になる」と指摘する。
eパレットは、昨年1月に米国のラスベガスで開かれた「CES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)」で豊田社長が公開した。この時点で既にアマゾン・ドットコムなどの有力企業と連携。箱形のeパレットを通して、さまざまな企業がサービスを提供するという将来像を描いた。
MaaSが本格的に普及すれば、1台が効率的にシェアされることになり、自動車メーカーの販売台数を押し下げる可能性はある。
それでも座視していては他社に主導権を握られるだけ。モネが構築するMaaSのシステムが世界標準となれば、単価の高いMaaS向け自動運転車両を、世界で販売できるという商機にもなり得る。
プラットフォーム掌握の重要性とは
プラットフォームの掌握が重要なことは、スマートフォンの収益構造を見れば一目瞭然だ。
OS(基本ソフト)を握る米国のグーグルやアップルは、スマートフォンを使ったビジネスが活発化するほど、その“場”を提供しているだけで莫大な収益を得るシステムだ。
MaaSでも、一つの強力なプラットフォームが確立されれば、ノウハウの獲得によるサービスの高度化や、サービス量の拡大による利用企業のコスト低下などが進み、他が追随することが難しくなるとみられる。このため、ソフトバンクグループなどは自動運転技術が実用化される前からプラットフォーム確立の準備を進めている状況だ。
プラットフォーム確立の実績があるグーグルが、自社開発の自動運転車で公道試験を繰り返しており、他社は危機感を強めている。
日産自動車はDeNAと共同で、スマートフォンで自動運転タクシーを呼ぶ「イージーライド」というサービスを準備中。ベンチャー企業ZMPは、東京五輪・パラリンピック開催時の訪日客の利用を見込み、20年の商用化を目指し、実証実験を繰り返している。既存の車両に、カメラやセンサーを取り付けて自動化した「ロボカー」をタクシー会社などに販売するというビジネスモデルが念頭にある。
ベンツとBMWも共同でMaaS事業を推進
日本勢以外でも、ドイツの高級車メーカー、ダイムラーとBMWがMaaS領域で事業を統合した。
モネの宮川社長は、「これから始まるMaaSの世界で、プラットフォームの中心にモネという会社がなるような方向で一歩一歩、会社を育てたい」と強調した。
時価総額で国内首位のトヨタと、2位のソフトバンクグループにホンダなどが加わり、“日本代表”とも言える強力なグループを形成しつつある。
少なくとも国内では有利に見えるが、競争相手は、米国のITの巨人であるグーグルやアップルなど、これ以上ない強者たち。プラットフォーマーの座をめぐる競争は全世界で熾烈を極めそうだ。
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