マネジメント

日本の食料自給率は減り続け、今では40%を下回る。その背景にあるのが、農業は儲からないという構造だ。そんな日本の農業をビジネスとして成り立たせようと、流通面からイノベーションを起こしているのが農業総合研究所だ。現在、流通総額は約100億円だが、及川智正社長は「目標は流通総額1兆円」とはるかに上を目指している。聞き手=関 慎夫 Photo=横溝 敦(『経済界』2019年12月号より転載

 

及川智正・農業総合研究所社長プロフィール

及川智正氏

おいかわ・ともまさ 1975年東京生まれ。97年東京農業大学農学部を卒業し巴商会に入社。2003年和歌山県で新規就農し、3年後エフ・アグリシステムに入社、農産物販売に従事。07年農業総合研究所を起業、16年農業ベンチャー初の上場(東証マザーズ)を果たした。

 

及川智正氏が起業するまでの歩み

 

―― 及川さんは「持続可能な農産業を実現し、生活者を豊かにする」とのビジョンを掲げ、スーパーマーケットなどに農産物の直売所を設置、生産者と生活者を直接結び付ける流通を手掛けています。この事業を始めたきっかけはなんですか。

及川 私の父は農家の次男で、小さい頃は農作業を手伝っていたそうです。そういう話を聞いて育ったためか、農業に興味を覚え、東京農業大学へ進学しました。

 卒論では、将来の日本の農業の予測をしたのですが、どうやっても悪い結果しか出ない。明るい未来を描くには、農産業を根本的に変える必要があることに気づくのですが、その手段が分からない。就職氷河期だったこともあり、農業関連企業には入れず、ガス会社で営業の仕事に就きました。

 この仕事もとても勉強になりましたが、やはり農業の夢断ちがたく、妻の実家が農家だったこともあり、会社を辞め、和歌山県でキュウリを中心とした生産に従事しました。

 ここでは3年間働きましたが、もともと農業の仕組みを変えたいと思って始めた仕事です。そこで次に農産物販売の現場を知ろうと、大阪市の青果店で、生産者から直接野菜を仕入れ、販売する仕事に就いたのです。生産と販売を経験し、この2つの交わる「流通」を変える仕事に就こうと考え、和歌山に戻ったのです。

―― 起業のために戻ったのですか。

及川 最初は起業しようとは考えていなくて、農産物流通の仕事を探してハローワークに通いました。でも見つかるのは農協と市場という既存の流通システムだけです。それでは農業を変えることはできないと考え、なけなしの50万円で12年前に農業総合研究所を立ち上げました。

 最初はコンサルとして、生産者が販路を拡大したらそれに見合うフィーをいただこうと考えていましたが、うまくいきませんでした。生産者にはコンサルにお金を払うという発想がなかったのです。

 その代わり、世話になったお礼として野菜や果物を大量にくれる。そこでその野菜を大阪の駅前で売るということを続けていたところ、あそこに野菜を預けるとほかより高く売ってくれると評判になりました。これが今のビジネスに結び付いています。

 

生産現場と販売現場の両方を知る強み

 

―― その仕組みを教えてください。

及川 従来の農協を通じて市場に卸す流通では、価格を自分たちで決めることができません。一方、直売所(道の駅)で売れば、価格は自由に決めることができますが、そんなに数は出ないし、売れるのは土日ぐらいです。そこで当社は新しい流通プラットフォームをつくったのです。

 生産者は、当社の集荷施設に農産物を運び、価格を自由に設定する。その農産物は、当社が契約した都市部のスーパーマーケットなどのインショップ形式の直売所で委託販売します。このプラットフォームなら、生産者が農産物を規格にとらわれず自由に生産し、販売価格や販売先も決めて出荷することができます。

 市場流通の場合、出荷してから売り場に並ぶまで数日必要ですが、このシステムなら原則翌日には販売できます。しかも生産者の手取りは、市場流通よりも多く配分されます。つまりこのプラットフォームは、市場流通と直売所の販売のいいとこどりをしたシステムです。

―― 最初は生産者を集めるのも、直売所を開拓するのも大変だったのではないですか。

及川 直売所の設置をお願いしても、資本金50万円の会社が信用されるはずがありません。スーパーや生産者のところへ足を運んで、協力してもらう。この時役に立ったのが、「生産と販売」両方の経験です。それぞれに対して同じ目線で会話ができる。それが私の強みです。

 最初は売り場2店舗、生産者20名で始めたこのプラットフォームは、今では約1400店舗、生産者8600名(※2019年8月末時点)にまで拡大、農産物の流通量は約100億円となりました。2016年6月には東証マザーズに上場も果たしました。

 

流通総額1兆円を目指して積極投資

 

―― 今後の展開を教えてください。

及川 シェア10%と1%です。日本のスーパーマーケットの店舗数は2万店舗ほどですから、その10%で2千店舗に直売所を導入する。野菜、果物、お米、お肉、お魚を合わせて末端の消費額が約100兆円といわれていますから、当社の流通総額はその1%の1兆円にまでもっていく。これを私が60歳を迎える2035年までに達成する。しかもこれはゴールではなく、最低限、このくらいはやらなくてはいけないというスタートだと考えています。

―― 2千店舗の直売所導入はともかく、流通総額1兆円は現在の100倍ですからハードルが高そうです。

及川 今は直売所事業が中心ですが、今後は外食などB2Bの流通も拡大していきます。

 確かにあと16年で100倍に拡大するには努力が必要です。でも起業から12年で、ゼロのものを100億円にまで伸ばしてきました。最初の3年間は、ほとんど寝ないで仕事漬けです。その苦労を考えれば、100億円を1兆円にするほうがむずかしいとは思えません。

 そのためにも、今後も積極的に投資を行っていきます。取り扱っているのが農産物だというだけで、当社の本質はITベンチャーです。生産者がより使いやすいプラットフォームにするために、物流、IT、人材への投資を続けます。

 もちろん規模拡大が目的ではありません。新しい農産物流通を定着させるにはこの程度の規模が必要だということです。農業は儲からないと言われます。でもそれは今までの流通にも問題があった。そこを改善することで、当社のミッションである「ビジネスとして魅力ある農産業の確立」を実現したいと思います。

関連記事

好評連載

銀行交渉術の裏ワザ

一覧へ

融資における金利固定化(金利スワップ)の方法

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第20回)

銀行交渉術の裏ワザ

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第19回)

定期的に銀行と接触を持つ方法 ~円滑な融資のために~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第18回)

メインバンクとの付き合い方

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第17回)

銀行融資の裏側 ~金利引き上げの口実とその対処法~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第16回)

融資は決算書と日常取引に大きく影響を受ける

元榮太一郎の企業法務教室

一覧へ

社内メールの管理方法

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第20回)

企業法務教室

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第19回)

タカタ事件とダスキン事件に学ぶ 不祥事対応の原則

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第18回)

ブラック企業と労災認定

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第17回)

電話等のコミュニケーション・ツールを使った取締役会の適法性

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第16回)

女性の出産と雇用の問題

本郷孔洋の税務・会計心得帳

一覧へ

税務は人生のごとく「結ばれたり、離れたり」

[連載] 税務・会計心得帳(最終回)

税務・会計心得帳

[連載] 税務・会計心得帳(第18回)

グループ法人税制の勘どころ

[連載] 税務・会計心得帳(第17回)

自己信託のススメ

[連載] 税務・会計心得帳(第16回)

税務の心得 ~所得税の節税ポイント~

[連載] 税務・会計心得帳(第15回)

税務の心得 ~固定資産税の取り戻し方~

子育てに学ぶ人材育成

一覧へ

意欲不足が気になる社員の指導法

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第20回)

子どもに学ぶ人材マネジメント

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第19回)

子育てで重要な「言葉」とは?

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第18回)

女性社員を上手く育成することで企業を強くする

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第17回)

人材育成のコツ ~部下の感情とどうつきあうか~

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第16回)

人材育成 ~“将来有望”な社員の育て方~

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

売上実績トップ企業に聞く「住宅リフォームの最新トレンドと課題」―榎戸欽治・ニッカホーム会長

素人にはなかなか分かりにくい住宅リフォームの世界。最近の業界動向と事業戦略について、売り上げ規模で全国ナンバーワンを誇るニッカホーム創業者の榎戸欽治会長に聞いた。(聞き手=吉田浩)榎戸欽治氏プロフィールリフォーム業界におけるニッカホームの競争力水廻りと木工事を絡めた中型リフ…

榎戸欽治・ニッカホーム会長

家族葬のファミーユが目指す「生活者目線で故人に寄り添う」葬儀の形

不動産のノウハウや技術を生かしサステナブルインフラへ―いちご

新社長登場

一覧へ

カリスマ創業者の後任として描く「新しいマネックス証券像」― マネックス証券社長 清明祐子

2019年4月、国内インターネット専業証券で初の女性社長が誕生した。創業者であり、カリスマ社長と呼ばれた松本大前社長から後任を託されたのが清明祐子氏。清明氏は09年にマネックスグループに入社し、子会社社長やグループ役員を経て、マネックス証券の社長に就任した。清明社長はカリスマの後任としてどんな会社をつくってい…

マネックス証券社長 清明祐子

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

「事業部門の連携を活性化させ営業利益100億円を目指す」 内藤宏治(ウシオ電機社長 )

イノベーターズ

一覧へ

シリコンバレーへの挑戦が生んだ「起業家と投資家が待ち望んだサービス」― 戸村光・ハックジャパンCEO

起業家のスタンスとして、画期的な技術やビジネスモデルを社会で活かすことを目的としたイノベーション先行型もあれば、社会課題解決を最優先とし、そこに必要な技術やノウハウを当てはめていくやり方もある。ハックジャパンCEOの戸村光氏の場合は後者。対象となる課題は「身の周りの気付いたことすべて」だ。(取材・文=吉田浩)…

戸村光・ハックジャパンCEO

「測量美術」が起こす道路工事のイノベーション―草木茂雄・エムアールサポート社長

IT化で変革する産業廃棄物処理の世界―福田隆(トライシクルCEO)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年12月号
[特集] 沸騰する食ビジネス!!
  • ・食ビジネスが熱い!! 未来型食品が社会課題を解決する
  • ・市場規模70兆円! 食ビジネスが過熱するわけ
  • ・完全バランス栄養食で誰もがラクして健康になれる
  • ・人工光型植物工場で世界の食と農に新しい常識を
  • ・宇宙食ビジネスで勝ちに行く 10年後に5千億円市場創出へ
  • ・“大人の給食”で栄養の基盤をつくる
  • ・人工肉で糖質制限者に無制限のおいしさを
  • ・テクノロジーで高品質なジビエ調達が可能に
  • ・昆虫食ビジネスの時代到来
[Special Interview]

 伊藤秀二(カルビー社長)

 掘り出そうカルビーの未来

[NEWS REPORT]

◆エンジニアへの高額給与で 富士通は生まれ変われるか

◆豊田章男・自工会会長が挑む東京モーターショー100万人

◆消費増税で現金主義は終焉 キャッシュレス時代が到来した

◆加速するeスポーツ市場! インテルが東京で世界大会を開催

[総力特集]

経済界創刊55周年記念 新しい日本のかたち

東京1964からの55年と東京2020以降の日本の姿

ページ上部へ戻る