マネジメント

2019年に60周年を迎えた吉本新喜劇。新喜劇の座長は現在の4人を含めこれまでも数多くいたが、女性のレギュラー座長は酒井座長ひとりしかいない。17年に30歳で就任した彼女は、伝統ある組織を率いるためにどんなことを心掛けているのだろうか。文=古賀寛明(『経済界』2020年3月号より転載

 

酒井藍氏プロフィール

酒井 藍(吉本新喜劇座長)

さかい・あい 1986年、奈良県出身。専門学校を卒業後、奈良県警察採用。2007年に吉本新喜劇の「金の卵オーディション3個目」に合格し新喜劇へ。17年座長に就任。

 

酒井座長の「引っ張らない」リーダーシップとは

 

「イキらず、驕らず、高ぶらず」

 「わたし自身、海外公演は初めての経験でしたから、字幕をつけていただいていたとはいえ、中国の皆さんにポカーンとされてしまわないか、不安しかありませんでした。でも、字幕を追いながらストーリーを理解して笑っていただけましたし、まずはホッとしています」

 19年11月、中国の上海市で開催された上海国際コメディフェスティバルに吉本新喜劇が招待された。

 海外での新喜劇公演はこれまでもあったが、その観客のほとんどは現地在住の日本人。海外公演とはいえ、吉本新喜劇の「待っていました」というべき定番な笑いを分かっている。

 ところが今回、中国サイドからの招待ということもあり、観客の7、8割が現地の中国人。吉本新喜劇で育ったわけでもなく、鉄板の「乳首ドリル」も通用しない。

 しかし公演は大成功。とはいえ、冒頭の公演後の酒井座長のコメントには喜びよりも不安、成功よりも安堵が先行する。

 見た目こそほんわかした雰囲気だが、笑いの総本山である新喜劇の座長を務めるだけに、見た目の印象とは違うものがあるはずとインタビューを試みたが、話している限りでは雰囲気からも言葉からも強さや厳しさを感じることはない。

 では、どのように座員をまとめているのか、彼女自身に自らのリーダーシップについて尋ねてみると、

 「私自身は引っ張っていく座長ではないんです。むしろ『緊張しています』と舞台前には周囲に正直に伝えているくらいで、逆にまわりが『大丈夫やで。よっしゃ一緒にいこう』という風にしてくれています。ですから座長として心掛けているのはいつも、皆さんと同じ目線で、イキらず、驕らず、高ぶらず、ということです」。

周囲からの厚い信頼

 思わず「大丈夫かな」と思ってしまうが、座長として既に2年、座員をはじめとする周囲からの信頼は厚い。それは、周囲の言葉からも分かる。

 例えば、上海公演は特別公演として、先輩座長のすっちーとのW座長体制で行っているが、その先輩座長は

 「前日の夜に、お客さんの多くが中国の方と聞いたので、急きょ字幕の変更を行っていたんです。僕は途中で酔っ払って踊っていたんですが、その傍らで藍ちゃんは通訳の方と作業をずっと続けて完成させてくれました。感謝しかないです」という。

 その言葉からも酒井座長が仕事への情熱を背中で見せるタイプだと分かる。それが彼女のリーダーシップなのだろう。

 確かに酒井座長の吉本新喜劇に対する情熱は本物だ。高校卒業後、吉本新喜劇へ入りたかったが、親の反対で一度は警察官になる。

 しかし、どうしても夢を諦めきれずに新喜劇のオーディションを受け見事合格した。その理由を、

 「ずっと吉本新喜劇に入るのが夢だったからです。新喜劇は楽しいだけじゃないんです。はじめに楽しくて、そして悲しくて、最後に大笑いする。そこがとても素敵だと思ったんです。諦めなかったのも警察時代に観劇後、笑い過ぎてお腹が筋肉痛になって(笑)。その時、とても幸せに感じましたし、ストレスも無くなりました。それで私も皆さんのストレスを発散させたいなぁと思ったからなんです」(酒井座長)

 だから新喜劇に入り、座長になった今も、仕事に関しての妥協はない。

酒井 藍(吉本新喜劇座長)

吉本新喜劇の一幕

リーダーシップの源泉は新喜劇への愛と人間性

 「日常生活は我慢しますが、新喜劇は、面白かったと言われるのが何よりです。ただ、舞台の雰囲気はお客さんにも伝わりますからモチベーションが下がらないように言い方には気をつけています。仮に直してほしいところがあっても、『現状はこうですが、例えばこういうのはどうですか』というような、提案形ですすめています」と酒井座長は語る。

 座長には責任も伴う。

 「座長になる前は与えられた台本で、自分のところを確実に笑ってもらうことだけを考えていましたが、座長は台本づくりから関わるのでその劇の評価は自分の責任です。怖さは増しました」

 一方で、先輩たちの苦労も分かったことで、

 「座長の皆さんたちが、ここまで考えられていたのかと思いましたし、それを感じさせない姿に、心から頑張らないかんと思っています」と、先輩からの刺激が彼女をよりストイックにさせている。

警察官時代に学んだリーダーシップの在り方

 酒井座長のリーダーシップのスタイルは、ビジネス界でも「サーバントリーダー」や「フォロワーシップ」と呼ばれ、リーダーに依存しない組織をつくるといわれている。では、彼女はどこでそういった考え方を身に付けたのか。

 「警察時代に違う部署の上司が、かなりイキっている人で、よく人の話を聞きもせんと、偉そうに怒ってはる人だったんです。そしたら乗るべきパトカーから置いて行かれたり(笑)、いろいろバチが当たっていて、それで偉そうにはせんとこうと」

 彼女の場合、リーダーシップというよりも人柄の良さ、人間性が周囲からの支持を集められる要因なのだろう。

 ストレスをどう解消しているのか聞いてみると、

 「新喜劇をやっている時と、新喜劇のことを考えている時は何もかも忘れられるので、新喜劇が切り替えになっています。あっ、めっちゃ今、イキったこと言いましたね。きっとバチ当たります(笑)」と、仕事にストイックでありながら、好感のもてる人間性が見えてくる。

 新喜劇は笑いだけでなく心にも刺さるもの。だから、気遣いができて、何より面白いリーダーを必要としているのだ。 

酒井 藍(吉本新喜劇座長)

上海の人々の心をつかんだ今回の特別講演


 
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