マネジメント

「キットカット」にはじまり「ネスカフェ バリスタ」「ネスカフェ アンバサダー」と、マーケティング経営でアイデアがわき出ているネスレ日本。しかし、こうした組織が最初からできていたわけではない。先日、退任を発表した高岡浩三社長に振り返ってもらった。聞き手=古賀寛明 Photo=北田正明

 

高岡浩三・ネスレ日本社長兼CEOプロフィール

高岡浩三・ネスレ日本

(たかおか・こうぞう)1960年大阪府生まれ。神戸大学経営学部卒業後、ネスレ日本に入社。各種ブランドマネージャーを経て、ネスレコンフェクショナリー・マーケティング本部長、同社社長、ネスレ日本副社長飲料事業本部長を経て、2010年ネスレ日本社長兼CEOに就任。

 

高岡浩三氏はどうやってネスレ日本を変革したか

 

かつては保守的な会社だったネスレ日本

―― さまざまなヒットを生んでいるネスレ日本ですが、かつては保守的な会社だったそうですね。

高岡 私が入社したのが1983年。外資系企業ですから実力のある若い人が抜擢され、仕事ができなかったらすぐにクビになるのかと、入社した時は思っていました。

 しかし、入ってみたら組合活動が活発で、年功序列も強い、一般的な日本企業よりも保守的(笑)。ただ、「ネスカフェ」だけは飛ぶように売れていました。生産が追い付かなく、11月になると商品がなくなるほどです。

 しかし、「ネスカフェ」のピークが87年。ブランドで売っている時代でしたから、徐々に売り上げは下がっていきました。

 ただ、当時からいずれ日本人の社長をつくりたいというプロジェクトもありましたし、私も海外に1年行かせてもらうなど、英語のトレーニングも充実していましたから、良い会社であったのは事実です。とはいえ私が社長に就任した2010年当時も社内がワンチームだったかといえば、そうではありません。部門間の軋轢があって、いわゆるサイロ化していました。

 例えば、営業はマーケティングが悪いから売れないといい、マーケティングは、問題はプロモーションではなく営業の実行力だという。製造は製造で……。皆が自分のところは置いといて、すべて他部署が悪いのだと言っていたのです。

変革はたったひと言「すべて自分の責任」

―― どのようなことを行って変革したのですか。

高岡 組織を変えようと思って最初にやったことは、「全部自分の責任にしろ。一切、他部署のせいにするな」と言ったんです。

 もし仮に責任がないと思っても、「自分がこうしていれば良かったのではないか」と思うようにと伝えたのです。それを徹底させました。もし、それでも他部署のことを悪く言うのであれば、降格させると言っていました。

―― どれくらいで変わりましたか。

高岡 ルールを徹底して1年くらいで変わりました。それからです、どんな問題が起こっても自分が悪いと思うので、みんなが謙虚になってワンチームのようになったのです。 相手に攻撃されれば腹も立ちますから余計に言い争うのですが、みんなが自分が悪いと言いだしますと、「いやいや、自分がこうすれば良かったんだ」という話になります。役員や中間管理職がそういう風に変われば、全社員が変わる。それが会社変革の一番の要因です。そしてその他に、何か組織変革を行ったかといえば何もしていません。

 サイロ化が諸悪の根源だと思っています。例えばある部署でコンプラ上の問題が起こり、報告が遅れたとします。法務部からすれば「早めに言ってくれよ」となりますが、私は法務部が悪いと言います。普通に考えれば、問題を起こし報告が遅い部署が悪い。でも、法務部は仕事を行うなかで気づくべきだったんじゃないか、そこまで言い切るのです。

 そういうことを続けていくと、相手が気づいていない問題が発見されることも出てきますし、相手を気遣えるようになってミスも減る。カバーし合う良いサイクルが生まれます。それがチームワークです。それ以前は「他部署のことだから余計なことは言うな」が当たり前。この変化はものすごく大きなものでしたね。

―― リーダーとして心掛けていることはありますか。

高岡 一番大事なのはコミュニケーションです。当たり前すぎて「コミュニケーションね」と聞き流す方が多いのですが、どれだけ社員に対して分かりやすく話されているでしょうか。

 「なぜ、こんなことを考えているのか」「なぜ、こんなことを行うのか」

 そういったことを丁寧に、分かりやすく言う。伝える努力をこれまで惜しまずにやってきたつもりです。講演で良い話をしても、自社の社員に伝わっていなければ意味がありません。

 だから部署を問わず、今はほぼ正社員になっていますが、かつては派遣社員や契約社員も多くいましたからステータスはどうであれ、分かってもらうために、どうすれば伝わるか、ということを常に考えていました。

人の想いが社長のベース

―― その後、「キットカット」が爆発的に売れるのですか。

高岡 いや、「キットカット」は社長になる前、不二家さんとの合弁会社、ネスレコンフェクショナリー(当時)で社長を務めた時のことです。でも、その経験が社長として大事なことを教わるきっかけになりました。

 ネスレコンフェクショナリーではマーケティング本部長を5年、後半の5年間で社長を務めました。

 社員が250人ほどいたのですが、その3分の2ほどが不二家さんからの出向者。「キットカット」はもともとネスレが買収した英国の会社がつくっていたものでしたが、ネスレが買収するまで、日本での販売は不二家さんが担っていました。従って、新たな合弁会社でも営業の責任者は不二家さん側。文字通り彼らが支えていたのです。

 ところが給与面ではネスレのホワイトカラーはみな大卒、不二家さんの方はほとんどが高卒ということもありネスレ側の方が良かった。もちろん今はそのようなことはありませんが、当時は不二家出身の支店長でもネスレから来た課長クラスの方が自分よりも給料が多いので、複雑な思いがあったと思います。

 そんな中でマーケティング本部長や社長を務めたことはすごく勉強になりました。トップの仕事はいろいろありますが、ひとりでやることは限られて、ほとんどがチームで行います。チームが機能するにはチームに入り込まないといけません。彼らがどんなことを思っているのか、彼らの痛みや辛さ、そういうことを分かっていないと新たな手は打てない。

 自分の意思とは関係なく出向させられている人たちの痛みなんて、一緒にお酒を飲みながら話さないと分からないですよ(私はお酒を飲めませんが、積極的に居酒屋にも足を運んで彼らと向き合いました)。でも、その悔しさなどのエネルギーが、今の「キットカット」を作ってきたのだと思ったのです。

 最初は私もコーヒーしか知らない若造だと思われていました。でも、膝を突き合わせて相手の話を聞くうちにだんだん打ち解けていきました。

 偏差値の高い大卒社員が、仕事ができるとは限らないと言いだしたのも、そういう経験からです。人事も仕事ができる、できないで選別しましたし、学歴で見ることなくフェアにしました。これも社長だからフェアに行うことができました。

 ところがその後、不二家さんが金融支援を受けることになり、出向中の社員さんたちは帰る場所がなくなってしまいました。ネスレ側が株を引き取って子会社にしましたが、もし、不二家さんに帰りたいと言う方がいらっしゃったら、直接お願いしに行こうと考えていたのです。

 不二家さんの出身者は百数十人いましたが、全員が残るとおっしゃって下さいました。それはうれしくて泣きましたし、人の想いというのは勉強になりました。今も独自のOB会があり私も毎年参加しています。

 その経験があったからこそ、「ネスカフェ アンバサダー」のチームを契約社員だった社員を中心に始めました。社員の表彰を行うと元契約社員のシングルマザーの方がだいたいMVPです。ハングリー精神は、能力以外の要素としてあるんだなと、ネスレコンフェクショナリーの社長時代に学びましたね。

 

ネスレ日本のイノベーションアワードが始まった経緯とその効果

 

人材育成のために始めたイノベーションアワード

―― 高岡さんが学んだ大事なことを現在どう伝えていますか。

高岡 社長になった時、10年もできるかなと思っていました。業績が悪ければ降格になりますが、当時業績が悪かったので。これ以上悪くはならないにしても、どう伸ばしていけばいいのかは分かりません。

 それまで日本社長を経験した人はスイス本社の役員に昇格していましたから、そんな人ができなかったものを自分ができる自信があるわけもなく。

 ただ、もし10年できれば、後任は自分で育てなければならないとは思っていました。決定権は今でも日本にはなくスイスの役員会で決まりますし、日本社長のポジションを狙っている本社のスタッフも多い。そういった意味では、彼らと遜色ない成功した人を育てるのは難しいですが、人を育てて何ぼ。サラリーマンですが、自分がやってきたことを否定できるような人を育てられることが花道だと考えていました。

 そのために始めたのが社長1年目からスタートしたイノベーションアワードです。これは1年に1度すべての社員からイノベーションのアイデアを募集する仕組みで、いかに顧客が認識していない問題をとらえることができるかが試されます。

 他にもいろいろやってみましたが、このイノベーションアワードがわれながら、最大のイノベーションだったなと思います。人を育成するためのひとつのツールとして機能しています。

高岡浩三・ネスレ日本社長

「イノベーションアワードが最大のイノベーションだった」と語る高岡氏

マーケティングはリーダーを育てる

―― イノベーションアワードは、アイデアをトライして実際に少しうまくいくことが必要なんですよね。

高岡 そうです。アイデアコンテストではないのです。しかも個人で行うので、成果を証明しようとすれば他の人の助けを借りなければいけません。仕事ではありませんので、よほどリーダーシップと他人を説得する人徳やパッションが必要なのです。

 このイノベーションアワードにかかる費用を捻出するために、社内研修費用を限りなく抑えて、全部イノベーションアワードに持っていきました。後悔はないです。研修よりもはるかに効果がありましたからね。

―― 実践に勝るものはないと。

高岡 ビジネスは実際にやってみないと分かりません。上司もこれが良い、悪いという判断ができるわけではありませんから。部下が少しでも実践して、結果が出ているものを吸い上げていく仕組みです。

 ですから大企業ではなかなかマネできません。小さい会社だとできるのでしょうが、大きい会社ほどできない。そういう中でアイデアというか、小さな成功体験を翌年から会社を挙げて行い、売り上げと利益に貢献してきたものをイノベーションとして誇れると思っています。

―― 1回目の応募は少なかったそうですね。

高岡 79件かな。頭にきましたよ。社員、契約社員含めて当時3千人いたんです。それで79件。現在は2500人で5千件以上来ていますからね。

 最初は絶対日本人社長だから舐められていると思って、次の年から評価の上で非常に重要視していると伝え、どれだけ他の成績が良かったとしても翌年のイノベーションアワードに参加しなければ絶対に昇格させないと言ったら、次はその10倍、750件くらいになったんですね。

―― 意外に強権ですね(笑)。

高岡 もちろん(笑)。社長はそれしかない。そこは強く言わないと真剣になりませんから。

―― 一番うまくいった理由は。

高岡 最初の年はそんな感じでしたが、なぜ増えたかと言えば、1等を取れば会社が本気で戦略化するからです。確かに賞金で100万円もらえるのですが、お金よりも会社の新しいプロジェクトになる、しかもそのプロジェクトリーダーを任せられるというのが魅力。それがうまくいった理由だと思いますね。

 

ネスレ日本社長を退任し社長のコンサルへ

 

―― 先日、社長を退かれて新たな道を行くと発表されましたが、今度はどんなことをされるのですか。

高岡 今年60歳になるので、ひとつの区切りだったということで新たな道を歩み始めることにしました。そして何より以前から自分がやりたいことがありまして、既に数年前に自分の会社を設立していました。

 ネスレはスイスに本社があり、あの国を長い間見てきましたが、小国なのに一人当りのGDPの高さを見ても経済は強いし、教育水準も高い。デジタル化も進んでいます。

 ところが振り返ってみると日本はいずれも弱体化していて、デジタル化も遅れています。そのデジタルトランスフォーメーションの導入に困っている社長さんのお手伝いをしたいと考えています。私も「ネスカフェ アンバサダー」などで実際にデジタルトランスフォーメーションを経験していますからね。

 社員はひとりもおらず、私だけです。じつはこのスタイルは、海外で結構流行っています。社長のアドバイスは、社長経験者だからこそできますからね。いやぁ、今から楽しみです(笑)。

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