箱根駅伝連覇を成し遂げた青学大の“ハッピー大作戦”
往路・復路ともに1度も先頭を譲らない“完全優勝”で青山学院大学が箱根駅伝を連覇した。
10区間中6区間で青学大から区間賞が出た。10人のメンバー中3年生以下が6人。青学大の黄金時代は、当分続くのではないか。
監督の原晋は選手を乗せるのがうまい。昨年が“ワクワク大作戦”なら、今年は“ハッピー大作戦”だ。なぜハッピーなのか?
「昨年11月の全日本駅伝で東洋大に負け、11月から12月はドヨーンとしたムードに覆われていた。これじゃいけないと思って“ハッピー大作戦”と名付けたんです」
原は夫人とともに町田市内の寮で、選手と一緒に寝起きしている。選手のちょっとした仕草も見逃さない。
「ウチのチームは5時に起床して寮から800メートル先の市民球場に集合するのが朝の日課なんですが、玄関で靴ひもを結んでいる姿や、球場まで歩いている姿を見るだけで“今日は疲れているな”とか“生き生きしているじゃないか”といった具合に彼らの微妙な変化を感じ取ることができる。ここから一日が始まるんです」
時には夫人から報告が入ることもある。
「女房は練習には来ないんですが、彼女の言っていることは不思議なほど、よく当たるんです。“あれ、A君は調子よさそうね”とか“B君、元気ないわね”といった具合に。
彼女に言わせると、ちょっとした振る舞いや表情から調子の良し悪しを見てとることができるというんです。
特に朝はよく分かると。前日に厳しいトレーニングをしていたりすると余裕のない選手もいる。逆に調子のいい選手は晴れやかな表情をしているんでしょうね」
チームをまとめる上で欠かせないのが学生主務とマネジャーだ。ある意味、選手以上に「乗せることが大事」と原は言う。
「ウチには学生同士の意見交換会がある。僕に直接言えないことでも、学生主務やマネジャーになら相談できるでしょう。
もし僕が12月に入って主務やマネジャーを怒り飛ばしていたら、確実に彼らのテンションは下がりますよ。そして、それは選手たちにも伝染していきます。
だから口やかましく指導するのは11月まで。12月に入ったら、できるだけ彼らを乗せるようにする。彼らのテンションが上がれば、選手たちの士気も上がりますから。最高の状態で箱根を迎えさせてやりたいんです」
箱根駅伝を制した青学大選手の美しいフォームはなぜ生まれたか
連覇の陰にはフィジカルトレーナーの存在もあった。原が「この人のお陰」と全幅の信頼を置くのがテニスのクルム伊達公子のパーソナル・トレーナーを務めたことで知られる中野ジェームズ修一だ。
中野が駅伝チームにかかわるようになってから、故障者が激減した。選手が自らの体を知るようになったからである。
原は語る。
「中野さんは理論の説明の仕方がうまい。ストレッチひとつとっても、どこの筋肉にどう有効かということを丁寧に説明してくれる。今では学生全員が中野さんの理論を共有している。強さを継承していく上での土壌づくりができていると実感します」
青学大の選手に共通して言えるのはフォームの美しさだ。特に腕の振りがいい。これこそが“中野式体幹トレーニング”の賜物である。
原と中野の共著『青トレ』(徳間書店)に、中野の次のようなコメントが紹介されている。
〈―― つまり、腕振りがうまく推進力につながっているということでしょうか。
中野 そうです。肩甲骨を動かすことによって推進力が生み出されます。ですが、体幹ができていないと、肩甲骨を動かそうとすると体がブレて、股関節や膝などを痛めてしまうんです。なので、体幹を安定させることと肩甲骨などを動かすことは、同時に進めていかないといけないんです。ですから、準備運動を変えることとコアトレーニングは同時進行で行ってきました〉
かつては、どこの陸上部でも「シンキャーク(伸脚)」「アキレスケーン(アキレス腱)」「クッシーン(屈伸)」といった具合に同じような準備運動を行っていた。
しかし、原に言わせれば、「それは時代遅れの儀式」。
関節の可動域を広げることこそが準備運動の本来の目的だというのである。また、そうすることで故障リスクが減る。
抜きつ抜かれつ、が駅伝の魅力のひとつだが、今年の箱根には、それがなかった。逆に言えば、それ程までに青学大の力が抜きん出ていたということだろう。
だが原が最強軍団をつくり上げるまでに10年の年月を要したことを忘れてはならない。(文中敬称略)
(にのみや・せいじゅん)1960年愛媛県生まれ。スポーツ紙、流通紙記者を経て、スポーツジャーナリストとして独立。『勝者の思考法』『スポーツ名勝負物語』『天才たちのプロ野球』『プロ野球の職人たち』『プロ野球「衝撃の昭和史」』など著書多数。HP「スポーツコミュニケーションズ」が連日更新中。最新刊は『広島カープ最強のベストナイン』。
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